コンビニに立ち寄った帰り、ふと公園をみるとベンチに赤木が座っていた。
なにをしているんだろう、とよく見てみると、赤木の足下でなにやら小さなものがもぞもぞしているのが見える。赤木はその物体をじっと見ているようだった。
「……あ、子犬」
近寄っていくともぞもぞしている物体が子犬であることがわかる。色合いといい見かけといい、完璧な雑種だ。
最近は品種名がついた犬が多く、雑種を見かけることも少なくなった。
「赤木さん」
赤木は紅子の呼びかけに顔を上げて笑った。
どうしたんだ、とにこやかに問いかける赤木の隣に座って紅子はコンビニの袋を見せた。
「ちょっとお菓子を買いに」
「お菓子か」
Jガーディアンズ内にも売店はあるが、新商品はやはりコンビニの方が早く入荷する。散歩のついでに立ち寄っただけなので、なにが買いたかった訳でもなかったのだがついつい買ってしまった。
「はい。買うつもりはなかったんですけどね、つい」
「コンビニはちょっとやばいよな。俺もついつい買ってしまうことがあるよ」
「ところで……」
紅子は地面に視線を落とす。赤木も同じように視線を落とした。
視線の先では子犬がよたよたと歩いたり、足にぶつかったりしている。
「この犬は?」
「あぁ……捨てられたらしくってさ」
赤木の表情がふっと曇る。
「捨て犬ですか……」
二人の沈黙を気にした様子もなく子犬は気ままにころころと動き回っている。遠くに行きそうになると赤木が手を伸ばしてひょいと足元に戻してやる。
「どうして、こんな事するんだろうな」
「……そうですね、ほんとうに」
野良犬などさっぱり見かけることがなくなった昨今、この子犬がこの先辿る運命などわかりきっている。紅子はどんよりとした気分で子犬を見た。
赤木はなにを考えているものか、黙って子犬を見ている。いつの間にか紅子は子犬ではなく、赤木の横顔を眺めていた。
(……睫、長いなぁ)
ぼんやりとそんなことを考えていると不意に赤木が紅子を見る。
「!」
「……何だ?」
「何でもありません!」
ぶんぶんと両手を振ってごまかす紅子を不思議そうな顔で赤木が見ている。あわてて紅子は話をよそにそらした。
「あ、この犬、靴下はいてますね!」
「……くつした?」
赤木が険しい表情になる。
「紅子、犬は靴下も靴もはかないぞ」
「そういうことではなく……」
足元をふんふんと嗅ぎ回る子犬を抱き上げて紅子は赤木に前足を見せた。
「こんな風に、足元が白い犬や猫を靴下はいてる、って言うんですよ」
「へぇ……」
しげしげと子犬を見ていた赤木はちいさな頭を優しく撫でて笑った。
「足が太いから、きっと大きな犬になるぞ! うちで飼えたらいいんだけど……」
「Jガーディアンズでは駄目なんでしょうか」
「うーん……前に蛇を拾ってさ」
「蛇!」
「長官に飼いたいって頼んでみたけど、生き物を飼うのは大変だから駄目だって言われたんだよな……」
遠い目をする赤木に紅子は心の中で呟いた。
(そういう問題じゃないと思うんだけど……)
「犬を飼うのも大変だろうし……俺たちはいつなにがあるかわからないからな」
残念だけど、無理だなぁと笑う赤木の言葉に紅子は自分が身を置いている世界がどんな場所かを改めて思い知る。
「……大丈夫ですよ」
「うん?」
「大丈夫です、赤木さんも、みんなも」
そうは言ったものの、顔を上げては言えない。子犬のちいさな手を見ていた。
「……そうだな。大丈夫だ」
優しい声とともに、頭を優しく撫でられる。暖かい感触がふわりと伝わる。
「俺たちには紅子がいるからな!」
「わ、私はなにもできないです……いえ、がんばりますけど」
必要以上に挙動不審になる紅子を赤木はただ笑って見ていた。
「いいんだ、そのままで」
「え?」
「紅子はそのままでいいと思う」
思わぬ言葉にぽかんとする紅子。赤木はうまく言えないけど、と少し考えてこう言った。
「お、俺はそれで頑張れるからな。みんなそうじゃないかな……と、思う」
「赤木さん」
嬉しくて紅子はにこりと笑う。
「紅子、俺は……」
赤木が何かを言いかけたとき、子供の声が飛んできた。
「駄目だよ!」
はっとして紅子と赤木は声の方を見る。兄妹だと思われる子供が二人、必死になって駆け寄ってくるところだった。
顔を見合わせる紅子と赤木。
「その犬、連れていっちゃ駄目!」
子犬は紅子の膝の上でおとなしくしている。
「……この犬、どうするの?」
紅子は優しく兄妹に聞いてみた。
「うちで飼うんだ! おかあさんにもいいって言ってもらえた!」
「そう」
子犬を抱いたまま赤木を見る。赤木は少し険しい顔で子供たちを見ていた。
(赤木さん、どうしたんだろう……)
「ちゃんと世話するって約束できるのか?」
見も知らぬ人にそう問われて子供たちは顔を見合わせる。
「散歩とか掃除とか、お母さんまかせにしたりしないか?」
「し……しないよ!」
妹を背後にかばって兄がそう答える。
「そうか」
赤木はその答えを聞いて笑うと紅子の膝から子犬を抱き上げて、兄に渡した。
「……いいの?」
「俺たちのかわりに君たちが大切にしてくれるんだろ?」
「う、うん」
ぱたぱたと尻尾を振る子犬を妹がきらきらした目で見つめている。
「犬は家族になってくれる。ずっと一緒にいてやってくれ」
「家族? 犬なのに?」
「ああ」
兄妹はひそひそと何かを話していたが、眩しいばかりの笑顔でわかった、と返事をした。そして赤木と紅子にぺこりと頭を下げると子犬を抱えて公園を出ていく。
「……あ」
公園の出口には両親らしき人が立っており、赤木と紅子に会釈する。
あわてて紅子は立ち上がり、会釈を返した。
赤木は兄妹と両親がにぎやかに去っていくのをずっと見ている。
「……よかったですね」
立ち尽くしている赤木の隣でそう呟くと赤木は先ほどの子供たちに負けないような笑顔を浮かべた。
「俺はさ」
「はい」
「どこの国でも家族があんな風に、幸せに暮らしていけるようになればいいと思ってる」
「……そうですね」
その言葉に胸が痛くなった。
「その為に、今できることをしようと思うんだ」
「はい」
「だから、紅子は今のままでいいから、その……傍にいてくれないかな」
思わぬ言葉に紅子は赤木をじっと見つめた。あっと言う間に耳まで赤くなった赤木に紅子は微笑む。
「……できるかぎりは」
今、はいと返事ができない理由は自分の中にある。赤木は今のままでいいと言うが、紅子としてはそういう訳にもいかない。
申し訳なく思ったが赤木はいつもと変わらない笑顔でありがとう、と言ってくれた。
「……戻りましょうか」
「そうだな! 子犬の家も決まったことだし……」
「あの」
並んで歩きながら紅子は聞いてみた。
「子犬の家が決まらなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「……こ、公園でこっそり飼おうと思ってたんだ」
里親を捜すとか、動物病院に預けるという答えを想像していた紅子は思ってもいない答えについ笑ってしまった。
「小学生みたいですよ」
「そうかな……」
これでも真面目に考えたんだ、とぼやきながら赤木はがりがりと頭をかきむしる。
「良かったですね、おうちが見つかって」
「ああ。きっとあの子たちなら大切にしてくれるよ」
「公園に行ったら、会えますかね……」
「会えるかもしれないな。近くに住んでいるみたいだし」
「……時々、会いに行きましょうね、一緒に」
思わぬ言葉だったのか、赤木は顔を真っ赤にして固まってしまう。
「あ、赤木さん?」
「……先に戻ってるぞ!」
じゃあな! と言い残して赤木はすさまじい速度で走り去ってしまった。
紅子はあっと言う間に小さくなる赤木の姿を見つめ、くすりと笑う。
(傍にいてほしいって言うのは恥ずかしくなかったのかな……)
いつか会えるだろう子犬と子供たち、そして赤木の事を考えながら紅子は帰路についた。
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