恋戦隊LOVE&PEACE | ナノ
greed


 竹林がざわめく音がする。緩やかに吹く風はわずかに冷たく、庭を吹き抜け、おそらく禅堂へ流れていくのだろう。
 風に吹かれて庭を眺めていた紅子はそっと禅堂を覗く。
 室内では猿飛が座禅を組んでいる。普段のにぎやかな明るさや人なつっこい雰囲気はまるで感じられず、すっと背を伸ばして座る形はとても美しい。
 先程までは紅子も隣でおつきあいしていたのだが、警策を与えられること三度、という集中力のなさを発揮して縁側に逃げてきた。
 隣で座る猿飛が気になってどうしても集中できなかった。あまりに美しく座っているものだから気になって気になって仕方がない。かといってちらちらと様子を伺うわけにもいかず、結果、集中が途切れるという有様だった。
 普段から近くにいるのでそんなに意識をしたことがなかったが、こうして離れて見ているとこれが私の恋人ですか? と誰かに聞きたくなってくる。
 深い青に包まれる庭に向きなおり、風の音に耳を傾ける。ざわめく音が次第に増幅され、音を聞いている自分が内にいるのか外にいるのかがわからなくなってきた。
 ざざっ、とひときわ大きな音がしたような気がして紅子は我に返る。

 「……座禅組むより集中してなかった?」

 目の前の、かなり近い位置に猿飛の顔があった。驚いて声を上げそうになったがここが寺であることを思いだし、なんとか声を飲み込む。
 
 「そ、そんなことないよ」
 「そうかなぁ」

 疑わしげな目で紅子を見ていた猿飛はふっと笑うと庭に目をやった。
 禅堂の明かりが夜に包まれようとする庭を照らしている。

 「……ごめん、こんな事につきあわせちゃって」

 猿飛は苦笑いを浮かべるが庭を見たままだ。

 「ううん。座禅なんてしたことなかったし」

 一体何があって突然座禅を組むつもりになったのかはわからないが、何か訳があるのだろう。
 猿飛には秘密が多い……紅子が知る猿飛が全てではない。正直寂しいと思うが、いつかは話してくれるだろう。
 紅子は猿飛の横顔を眺めていた。何かを思い詰めるような目で庭を眺めるその姿にどうしたのと問いそうになる。
 帰ろうか、と言って紅子を見る猿飛はいつもの笑顔を浮かべていた。

 「紅子ちゃんさ、どうして、とか何で、とかあまり言わないよねぇ」

 境内を歩きながら猿飛はぽつりと呟いた。

 「そうかもしれないね」

 道路から離れた境内は静かで、木々のざわめきと足音しか聞こえない。だから猿飛の言葉もよく聞こえた。

 「……何で?」

 声音はいつものように柔らかいが、口調が違う。何かを考えているのだろう。その何かが何なのかは紅子にはわからないが。

 「何でって……聞いても散々はぐらかされた事があるから」

 その言葉に猿飛の表情がゆるんだ。くすくすと笑って紅子に体を寄せる。

 「もしかして、あの頃のこと結構根に持ってたりする?」
 「……ちょっとはね」

 出会った頃は秘密だらけと言った有様の猿飛に困惑する事が多かった。今なら様々なしがらみの中で生きてきたのだから、と納得もできるが何も知らなかった頃はそう思うこともできず、一人で悩んだり怒ったりしていた。
 ……猿飛は自分の隣にいることを選んだために、様々な物を手放さなければならなかった。
 本当に自分なんかでよかったのだろうか、と思う事がある。猿飛が手放した物と同じ価値が自分にはあるのだろうか。ごめんごめん、と笑う猿飛を見つめて紅子は言う。

 「いつかきっと、話してくれると思ってるから聞かない」
 「……紅子ちゃん?」
 「話したくない事を無理に聞いても、仕方ないもの。でも、猿飛くんは話してくれると信じてるから……猿飛くん?」

 紅子の顔を凝視していた猿飛は顔を赤くして口元に手を当てた。

 「どうかした?」
 「……いや、なんか……やばいかも」

 なにか妙な事を言っただろうかと考える紅子に猿飛は笑いかける。

 「座禅組みに来たのは、自分の中でもやもやが溜まっててね。なにもかもからっぽにしたいと思ったからなんだ。本当は一人で来るつもりだったんだけど……紅子ちゃんと離れるのが嫌だったから」
 「……もやもやは晴れたの?」
 「座禅では晴れなかったけど、さっきの言葉聞いたら晴れた……」

 紅子の手を取った猿飛はその手に柔らかく唇を押しつけた。

 「オレ、できるだけ話すようにするから、紅子ちゃんも聞いて? 話せないことは話せないって言うし……でもいつか、全て話すから」
 「……うん」

 手を繋いで歩きながら猿飛はふっと笑う。

 「全て話したらよその男なんか見れなくなるけど、いい?」
 「え?」
 「俺の事を知るって事は、そう言うこと。引き返すなら今のうちだけど……どうする、紅子?」

 この声で、この口調で選択を迫られてやめておくなんて言えるはずがない。時折垣間見せる強引で独占欲の強い男の顔は、嫌いではなかった。

 「……ずるい」
 「そう?」
 「やめておきますなんて言えない事、わかってるくせに」
 「わからないから聞いたんだよ? それに、俺もたまには不安になるからね。聞いておかないと逃げられるような気がする」
 「逃げたり……しないよ」

 そう、と猿飛は呟いて手を強く握る。

 「……紅子を選んで良かった」

 その言葉に紅子は泣きそうになった。何かを言うと声が揺れそうで、その事を悟られたくなくて黙って歩く。
 猿飛も黙っていた。

 「基地まで送ろうか?」

 境内を抜けて、遠く車が走る音が聞こえてくる。その音に誘われたような言葉に紅子はゆるくかぶりを振った。
 いつも近くにいるけれど、今夜は傍にいたい。泣いてしまうかもしれないけれど、猿飛は笑ってくれるだろうか。

 「奇遇だね。俺も帰すつもりはなかったんだ」

 そう呟く横顔からは、あの思い詰めたような視線は消えていた。

 end


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