恋戦隊LOVE&PEACE | ナノ
一切の迷いもなく:01


 「最近、継ちゃんの出席率がいいんだよねぇ」
 何気ない猿飛の呟きに紅子はひきつった笑いを浮かべたが、猿飛は気づいていないようだった。

 「そう思わない?」
 「そ、そうだね」

 別に黒峰が心を入れ替えたとか急に正義に目覚めた訳ではない。単に紅子の反応を面白がっているだけなのだろうが、それを言えないまま廊下を歩いた。
 明日はハートスーツの新機能の説明をするので、必ず出席をするように、特に、黒峰。とわざわざ名指しで青山が予告していたが、ここ最近の出席率なら名指しではなくとも黒峰は出席したに違いない。

 「まぁ、今日のミーティングならいつもの継ちゃんでも出席したと思うけど」

 そうなの、と問う紅子にそうだよ、と猿飛は返事を返した。

 「機能のアップデートとかの話には必ず出席するからね。今回は特に、新機能でしょ? 出席しない訳がないよ」
 「ふうん……」

 ただ無責任という訳でもないのかと黒峰の事を見直したとき、背後から接近した影が紅子の腰を抱いた。

 「!」
 「継ちゃん! やめてよ!」

 猿飛がすごい剣幕で紅子の腰を抱く黒峰に抗議する。しかし黒峰はどこ吹く風、と言った様子で意に介さない。

 「く、黒峰さん!」

 紅子は黒峰の手を引きはがすとこころもち猿飛のそばに寄った。

 「朝からセクハラはやめて下さい!」
 「そうだよ。爽やかな朝の気分が台無しじゃない!」
 「……爽やか?」

 黒峰は不思議そうな顔で二人を見ている。

 「外は大雨だぞ」
 「……そういう問題じゃないんだって」

 脱力したようにため息をつく猿飛と紅子の間に割って入った黒峰は何を思ったか二人の腰を抱いた。
 紅子と猿飛の悲鳴がこだまする。

 「やめて! 気持ち悪いから離して継ちゃん!」
 「うるせぇよ。これなら文句ないだろうが」
 「あります! 大ありです!」
 「オレはそんな趣味ないよ!」

 セクハラだ精神的パワハラだと騒ぐ二人を引き連れて黒峰はブリーフィングルームに入った。
 青山はその様子をみて眉をひそめ、赤木はセクハラだといいかけて唖然としている。紅子だけならともかく、猿飛まで巻き添えにされているとセクハラ、ともいいがたいのだろう。

 「……両手に花でご機嫌だな」
 「そう見えるか?」
 「私にはそう見える」

 人の性癖についてはとやかく言わない。ハートエナジーの上昇が見られればいいのだから、と身も蓋もない事をつぶやいて青山は三人に席に着くように指示した。
 赤木は隣に座った猿飛に何かを聞いて、全否定されている様子だった。黒峰は席に着くが早いか腕組みをして深くうなだれている……寝ているのか、考えごとをしているのかはわからない。
 時計を見ていた青山が時間だ、と小さくつぶやいてミーティングが開始された。

 「以上。質問があれば受け付ける」

 一切の無駄を省いた説明によれば、ハートスーツに実装されたのは「一般市民を偽装した存在を見抜くためのモニター」だという。以前の戦闘でそのような事例が発生し、対応に苦慮したといことがあったらしい。
 紅子は知らないが、赤木や猿飛があれは大変だったよね、とぼやいている所を見ると相当に大変だったのだろう。
 はいはーい、と猿飛が元気良く手を挙げる。

 「操作方法の説明がありません、青山先生!」
 「……ハートスーツを着用した時点でモニターが起動する。着用者が操作をすることはないが……赤木は、何度か模擬体験をした方がいいだろうな」
 「なぜ俺を名指しするんだ!」
 「お前の行動は、常に予測の斜め上を行く。それと……奈月には一定期間のトレーニングを命じる」

 話の矛先が突然自分に向けられたことに驚いて紅子はきょろきょろと室内を見回した。

 「オレは?」
 「一定の反射神経と判断力があれば問題ない。猿飛は実践で慣れてもらうのが一番だろう」

 りょーかい、と軽く答えた猿飛とは対照的に赤木は不満そうだ。常に予測の斜め上、と言われた事が原因なのだろう。

 「……黒峰はどうなんだ」
 「黒峰は問題ない」

 きっぱりと言い切った青山に何でだ、と赤木が食ってかかる。熱血漢で真面目な赤木とどこか冷ややかで不真面目な黒峰が反目するのは当然のことだろうが、ここ最近は特にひどい。青山はそのとばっちりを受けているようなものだ。
 しかし青山は表情一つ変えない。

 「モニターの開発には黒峰に協力してもらった。現時点でモニターの扱いを熟知しているのは黒峰だ……奈月、君のトレーニングは黒峰が行う。赤木の模擬体験も同様だ」

 赤木と紅子の声があがる。不満と驚きの声だ。しかし青山は有無を言わせぬ迫力で同じ言葉を繰り返した。

 「赤木の模擬体験と、奈月のトレーニングを黒峰が行う。奈月には模擬体験の見学を義務づける。猿飛は強制ではない」

 ぴしりと言われて紅子も赤木も反論ができない。黒峰はというと、うつむいたままで無反応だ。

 「黒峰!」

 青山の容赦ない声が飛ぶ。

 「聞いていたな? そういうことだ」
 「……了解」

 黒峰は無気力に答えて手を挙げた。

 「条件をつける」
 「……なんだ」
 「赤木の模擬体験は一度だけ。奈月のトレーニングは明日午後より開始、回数は五回」
 「その根拠を示せ」

 根拠、と言われて黒峰はようやく顔を上げる。

 「その回数で慣れなきゃハートレンジャーやってる意味がない……特に、赤木」

 お前はリーダーなんだ、一度できっちりカタぁつけろと挑発するような黒峰の言葉に赤木が席を立った。

 「いいだろう! お前の挑戦、受けて立つ!」
 「……挑戦?」
 「教えを請う者の態度ではないな」

 猿飛は首を傾げ、青山はため息をついている。赤木はと言えば人差し指をびしりと黒峰に突きつけていたが、当の黒峰はしらけた表情でその指先を見ていた。

 「勝負じゃねぇぞ?」
 「いいや、勝負だ!」
 「模擬体験だっつって先生が言ってただろ」

 だれが先生だ、と青山はぼやくと黒峰が示した根拠らしくない「根拠」に同意した。

 「およそ理論的とは言い難いが、黒峰の言うことももっともだ。ただし奈月については必要と見なせばトレーニングの追加を命じるが、構わないな?」
 「……ま、いいだろう」

 投げやりに返事をすると黒峰が立ち上がった。

 「じゃ、今からリーダー様の模擬体験……っていうことでいいんだよな?」

 今から? と呟いたのは青山でいいだろう! と答えたのは赤木だ。紅子は見学を義務づけられているので仕方なく立ち上がり、猿飛は面白そう、というとんでもない理由でついていった。
 トレーニングルームの半分ほどの部屋が眼下に見える。そこには赤木がハートスーツを着用して立っていた。

 「このディスプレイに赤木が見ている映像が転送される……見れば誰にでもわかるので説明は省く」

 わからなかったらどうするんだろう、という疑問がわいたが口にはしなかった。大型のディスプレイが設置しているモニタールームには青山と猿飛、紅子の三人がいる。
 黒峰はいない。下の部屋にも見あたらない。
 青山がキーを操作するとディスプレイが明るくなり、室内の光景が転送されてきた。これは見慣れた光景だ。

 「赤木」

 ヘッドセットを着用した青山が赤木に声をかける。赤木の返事は聞こえないが、青山には聞こえているのだろう。

 「これからプログラムを起動する。目前に迫る人々はホログラムだが、攻撃を加えられた際にはそれなりの衝撃があることを警告しておく」

 それでは開始する、と宣言して青山が再びキーを操作するとディスプレイには市街地の光景と逃げまどう人々の姿や声が聞こえてきた。
 猿飛が感嘆の声をあげている。

 「リアルだねぇ……」

 確かにリアルだ。なにも知らずにこの光景を見ていれば現実に起こっていることだと錯覚してしまうだろう。
 ディスプレイには逃げまどう人々に何かの数値と文字が現れては消えていく。色は緑。

 「数値はハートエナジー、ハートエナジーを換算して人間かどうかを判定している。奈月はまだ遭遇したことがないだろうが、異星人には今のところハートエナジーがないので当然ながら、敵だ」

 青山の説明が終わるかどうかのうちに逃げまどう少年に赤い数値が表示された。赤木はなんの迷いもなく少年に拳をふるう。
 紅子は思わず目を閉じた。仮想現実とわかっていても、子供に手を挙げることはためらわれる。しかし、あの赤木が迷うことなく拳をふるった。
 人間とは思われない絶叫とともに子供が消える。
 その後も老婆や妊婦などに赤い文字が表示され、赤木は情け容赦なく、という言葉にふさわしく戦いを続けていく。

 「……どうして弱い人ばかりが敵なんですか」
 「そりゃねぇ……戦いづらい相手を選んで擬態するでしょ、敵も」

 猿飛はのんびりした口調でそう答える。

 「死ぬか生きるかだからね」

 さらに言葉を続けようとした猿飛が声を上げた。

 「紅子ちゃんじゃない?」

 ディスプレイに逃げまどう人々の中に紅子の姿があった。必死の形相で助けを求めている。数値は正常、文字の色も緑だ。
 紅子ちゃんもプログラムに組み入れたの? という問いに返事はない。青山は無言でディスプレイを見つめていた。
 赤木の視線が一瞬紅子を追い、再び前を向いたときディスプレイ全面が赤く染まって視界が激しく揺れる。

 「え?」

 紅子は目をこらす。
 青山はふむ、と呟いて腕を組み、猿飛は面白そうな表情でディスプレイに見入っていた。
 市街地の映像が一瞬にして消え、部屋の床が近くなるが再び正面が見えた。
 赤く染まったディスプレイにはハートピンクただ一人が映し出されている。もちろん、紅子がモニタールームにいる以上、あのハートピンクはホログラムか何かのはずだ。しかし赤木は直接的な攻撃を背後から受けていた。
 ハートピンクはふっと姿勢を低くするとディスプレイから姿を消した。また、視界が揺れる。
 モニタールームからは赤木が見ている映像しか見えないが、それでもハートピンクの動きは素早く、繰り出される攻撃も鋭いことはよくわかる。

 「リーダーと互角なんてプログラム、組めるの?」
 「……やろうと思えば、できる」
 「リーダー、ちょっと迷ってるね」
 「らしくないな」

 呆然とディスプレイを見ている紅子をよそに、青山と猿飛が会話を続けている。
 そのうちに、迷いを吹っ切ったらしい赤木がハートピンクの鳩尾に拳を叩き込んだ。
 ディスプレイが赤から通常の色へと変化し、数メートル飛ばされたハートピンクのスーツが解除されて紅子がぐったりと床に倒れ伏している光景が映し出される。
 思わず紅子は自分の姿を確認する。ここに映し出されている自分は自分ではない。
 では、あの紅子は一体誰なのか……
 赤木は倒れた紅子に走りよっているらしい。ぐったりした姿が近くなる。
 さらに紅子の姿が近くなったとき、ディスプレイが再び赤く染まった。気を失っていたと見えた紅子が目を開き、飛び起きて見事なハイキックを決める……
 ディスプレイがブラックアウトした。

 「そこまで」

 青山がヘッドセットを通して声を伝えた。

 「黒峰、赤木と一緒にこちらへ」

 黒峰? と猿飛が驚いたような声を上げる。

 「あの紅子ちゃん、継ちゃんだったの?」
 「模擬体験は黒峰が行うと言っただろう」

 それはそうだけど、なんか納得いかないよとぼやく猿飛。そのうちに黒峰が赤木を引きずるようにしてモニタールームへとやってきた。

 「俺はもう帰るぞ」

 赤木をモニタールームに押し込んで黒峰は一方的に宣言する。

 「……エマージェンシーコールには迅速に対応するように」
 「了解」

 相変わらずやる気がなさそうに返事をして黒峰はモニタールームを去っていった。赤木はよろよろと歩くと床にへたりこむ。

 「赤木さん?」

 駆け寄る紅子を力なく見上げて赤木は深いため息をついた。

 「……いつの間にか、強くなってたんだな」
 「え?」

 紅子に負けるなんて、そりゃあ迷いもあったけど、俺は、と赤木はぶつぶつと呟き続ける。

 「えーと……赤木さん? 私はずっとここで……」
 「俺は、リーダー失格だ……」
 
 紅子は慌てて青山と猿飛に助けを求めようと振り返ったが二人とも何かのデータを熱心に見ている。

 「青山さん! 猿飛くん!」

 助けてくださいよ! という紅子の悲愴な声がモニタールームに響いた。

 -続く-


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