恋戦隊LOVE&PEACE | ナノ
夢見草


 メノスの面々はイベント時期になると騒ぎを起こす。
 普通の日でも騒ぎを起こすが、イベントが絡むと何故か子供じみた騒ぎを起こすのだ。
 度々のエマージェンシーコールのおかげでここしばらく、ハートレンジャーの面々はプライベートな時間など皆無に等しかった。紅子も友人からの誘いを断り続けている。
 多分……桜が散るまではこの騒ぎが続くのだろう。そしてハートレンジャーは桜を見逃してしまうのだ。
 事後処理をしながら紅子はため息をつく。
 (……夕ご飯、外で食べよう)
 せめてものささやかな抵抗に、一人花見をしてやろうと心に決めた。
 事後処理を終えて反省会、そして解散と一連の流れには当然の事ながら黒峰はいない。それはいつもの事だ。むしろ、連日のエマージェンシーコールに応じているということが奇跡に近い。
 青山が呟いた「雪が降る」という言葉も納得がいく。
 夜風はまだ冷たい。厚手のパーカーを羽織って紅子は一人、花見へとでかけていった。
 コンビニで買ったおでんを手に、花見客でにぎわう桜並木の傍を通る。咲き始め、と言った風情の桜の下で気の早い学生や社会人が酔って騒いでいる。
 時々、声をかけられたがそのすべてを無視して紅子は桜から少し離れたベンチに座った。
 桜からは距離があるが明るいし花見客もいないし、桜も程々に見える。
 おでんを食べながら紅子はぼんやりと桜を見ていた。
 酔客の騒ぎ声が聞こえてくる。楽しそうだ。
 (……みんなとお花見すると、楽しそうだけどな)
 しかし、そんな暇はおそらくないのだろう。
 ため息をついたとき、重低音が紅子の耳に届いた。地を揺るがすようなエンジン音。
 ごっ、と風を引き連れて紅子の目の前に黒い鉄の塊が停まった。あわてておでんにふたをする。

 「黒峰さん!」

 おでんにほこりが入ります、という抗議を聞き流してヘルメットを脱いだ黒峰は紅子の隣に断りもなく座った。

 「……おでん?」

 紅子はため息をついておでんのふたを取る。

 「私の夕ご飯なんですから」

 へえ、と黒峰はおでんのカップをのぞき込み、一瞬の隙をついて紅子の手から箸を奪うとしらたきを食べてしまった。

 「わ、私のしらたき……!」

 あまりのことに絶句した紅子だが、黒峰は悪びれもせずに箸を返した。

 「こんにゃくもあるだろうが。同じモンだしいいだろ?」
 「私にとっては違うんです!」
 「……すまん、俺にはその違いがわからねぇ」

 しらたきを食べた事ではなく、こんにゃくとしらたきの違いがわからない、と詫びる黒峰に紅子はもくもくと玉子と食べた。

 「で、なんでこんなところで一人寂しくおでんなんか食ってるんだ?」
 「……一人花見です。今年は花見ができない予感がしたので」

 その予感は当たってるかもしれねぇな、と軽く笑う黒峰に紅子も聞いてみた。

 「どこに行くんですか?」
 「まぁ、ヤボ用だ」

 お前には関係ない、という答えを予想していた紅子にとっては意外な答えだった。

 「ふぅん……」

 紅子はおでんを完食するとごちそうさまでした、と両手をあわせ、ゴミ箱へ向かう。
 (用があるのに、こんなところで時間つぶしてていいのかな……)
 黒峰はベンチでぼんやり桜を眺めていた。

 「黒峰さん?」
 「あぁ?」
 「私、もう少し桜を見て帰ります」

 紅子の言葉を上の空で聞いていた黒峰はゆっくりと立ち上がる。

 「お前……夢見草を知っているか?」
 「ゆめみ、ぐさ?」

 首を傾げる紅子をにやにやしながら黒峰が見ている。

 「知らないですね……」
 「俺は今から夢見草を見に行く。見たいか?」

 美しい響きの植物と黒峰、という取り合わせが妙にそぐわない。夢見草とやらは見てみたいが黒峰のバイクに乗るとどこに連れて行かれるかわかったものではない。
 どうしようと迷っていると黒峰はさっさとバイクにまたがり、エンジンをかけた。
 夜をつんざく重低音。

 「今夜を逃すとしばらく見れねぇぞ」

 早く決めろ、と言い放つ黒峰に紅子は迷ったあげく、バイクに近づく。

 「……見たいです」

 よしよし、いい子だなと幼稚園児に対するような口調で黒峰は言うと荷台からヘルメットを出して紅子に投げてよこした。

 「落ちたらハートスーツを着用しろよ」
 「落ちないような運転をしてください!」

 黒峰にしがみついた紅子はそう怒鳴る。黒峰は実に楽しげな笑い声をあげて、バイクを急発進させた。
 乱暴なバイクの運転にさんざん翻弄されて着いた先は山の中腹、らしい。

 「……ここ、どこですか?」

 黒峰がバイクを停めたのはどこぞの金持ちの屋敷前、という風情だった。どう見ても個人宅だ。
 ヘルメットを荷台に納め、黒峰は紅子の問いに答えず開け放たれた門から庭へと入っていく。

 「黒峰さん!」

 紅子もあわてて後を追った。
 明かりがほとんどない庭を黒峰はすいすいと歩いていく。黒ずくめの人影を追うのはなかなかに困難で、紅子は懸命に黒峰を追った。
 しばらく歩くとぼんやりと明かりが見え始める。黒峰の姿もぼんやりと見えた。
 何かが燃えているにおいがする。

 「こっちだ」

 黒峰は紅子の手首をつかむとぐいと引っ張った。
 紅子の視界に飛び込んできたのは、篝火に浮かびあがる白い色だった。優雅に垂れる枝にびっしりと花がついている……

 「しだれ桜……ですか?」
 「そうだ」

 しだれ桜なら紅子も見たことがある。しかしこのようにしだれ桜だけを植えている庭を紅子は見たことがない。
 まるで滝のようだと、紅子は目の前の光景を見つめていた。そしてあることを思いついてパーカーのポケットをがさがさと探した。

 「……なにしてんだ」

 あきれたような黒峰の声がする。

 「写真を撮っておこうかと……こんなの初めて見たので……」

 携帯電話を探すがどんなに探しても財布しかみつからない。ため息をつく紅子に黒峰があきれ顔で呟いた。

 「無粋な女だな」
 「だって、きれいだから残しておきたいと思ったんです」
 「お前が忘れなければいいだけの話だ」

 友達にも見せたいし、と言いかけた紅子は黒峰を見上げる。
 黒峰はじっと桜を見ていた。

 「……」

 その顔を見ていると、写真を撮ることがなんだかばからしくなって紅子はため息をつく。

 「紅子」

 名字ではなく名を呼ばれて紅子はなぜか慌てた。そんな事など知ったことではないという様子で黒峰は紅子の体を引き寄せる。

 「あれが夢見草だ」

 強い力で腰を抱かれて紅子は身動きがとれない。耳元で囁く声に紅子は黒峰を仰ぎ見た。
 すぐ近くに黒峰の顔があるが、桜だけを見ている。
 いやに早くなる鼓動が伝わらないかと紅子は急に恥ずかしくなった。

 「……しだれ桜が、ですか?」
 「桜の異名だ。夢見草、または忘草」
 「いろんな事、知ってるんですね」
 「お前が浅学なだけだろう」

 容赦ない指摘に紅子はうぅ、とうめく。

 「まぁ、見ておけ。ここの桜は滅多に見れるものじゃない」

 夢見草、忘草、という言葉にもっともふさわしくない男はなにを考えているのかわからない表情で桜を見ていた。
 (いつもこれぐらい物静かならいいのに……)

 「何か妙な事考えてるな、お前」

 嫌そうな顔で黒峰が呟く。サングラス越しに目があった。

 「あ、いえ別に」
 「……帰るぞ」

 黒峰は紅子の手首をつかむと来た道を戻っていく。はたと紅子は立ち止まった。

 「どうした?」
 「どうして夢見草や忘草、なんて言うんでしょうね」

 振り返ると揺れる篝火の中、白い花がぼんやりと浮いて見える。

 「……桜の下に死体が埋まってるからだろ」
 「え?」
 「桜に抱かれた骸は幸せな夢を見るだろうさ」

 手を強く引かれて紅子はよろけるように黒峰の傍に立つ。

 「幸せな夢を見たくはないか?」

 薄闇の中、黒峰の顔が近くなる。目を真っ直ぐに見つめられて紅子は言葉を失った。

 「ゆ、夢……?」

 強い力で抱きすくめられる。じわりと力が強くなり、息苦しいほどだ。

 「お前が望むなら何処へでも連れていく。だから、紅子、お前は」

 俺に夢を見せてくれ、と黒峰が低い声で囁いたような気がした。


 轟音と共に走り去っていくバイクを見送って紅子はJガーディアンズに戻るために歩き始めた。

 「……どこへでも?」

 望むなら、何処へでも。
 黒峰はそう言った。
 夢見草。忘草。夢を見せてくれ、という言葉。
 桜に抱かれて見るのは幸せな夢だ。

 「わからないよ」

 困惑して紅子は呟く。それでも、黒峰が何かを求めていることだけはわかる。
 焦燥感にも似た思いを抱えて紅子は夜の道を歩いた。
 いつかあの男に連れ去られてしまう。遠くへと。
 行き着く先は、どこだろうか。
 
 end 


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