恋戦隊LOVE&PEACE | ナノ
dune


 紅子は鬱々と眼下に広がる光景を見つめていた。蟻のように右往左往する人々、せわしなく行き交う車。
 ガラス越しに見える光景に脳裏に焼き付いた光景が重なる。
 絶望がやってくる。死がやってくる……青ざめた馬に乗り。
 ぐらり、と足元が揺れたような気がした。ガラスに手のひらを押しつけ、体を支える。揺れたのは自分の体という事に気づいたときには遅く、ゆっくりと倒れていく……暗くなる景色の中、通り過ぎる人々の中にこちらに向かって走る誰かを見たような気がした。

 悪い夢を見ていた。夢から逃げる事ができたのだと、白い天井を見つめながら思う。

 「……ここ、は?」

 確か、展望台で倒れたのではなかったか。
 紅子は起き上がり周囲を見る。そして自分がどこかのホテルの一室にいることを知った。
 一体誰がこんな親切な事を、と思ったところで紅子は自分の体をぺたぺたと触った。何も変わったところはない。下着も身につけている。
 ほっとして紅子は手を膝に落とす。そして妙におかしくなってくつくつと笑った。
 人々を、人類を破滅させようとしている存在に関与している自分がこんな事を心配するなんて。おかしすぎて涙が出てくる。
 紅子は笑いながら泣いた。

 「……気がついたのか」

 声に顔を上げる。

 「青山……玲士……」

 涙に濡れた目が眼鏡の奥の目と合う。青山は紅子の様子を見て眉をひそめた。

 「貧血で倒れたようだ。他に悪いところは見受けられなかった……もちろん、検査をしなければわからないが」
 「あなたが、ここに?」
 「そうだ。断りもなく悪かったが……今日は休日だったからな」

 病院は休診しているので、と付け加えられた言葉に紅子は日常の生活のにおいを感じた。

 「そう……」

 青山と話したのはこれが二度目だ。一度目は、紅子を「迎え」にやってきたメノスの怪人たちと出会ったとき。
 姿だけはよく見ていた……戦う姿を。

 「話をするのは二度目になるか……」
 「私を捕らえたんじゃないんですか」
 「……今日はプライベートだ。仕事ではない。それに倒れた人間を捕まえてどうこうするというのは人道的にどうかと思う」
 「人間ではないかもしれませんよ」

 口をついて出た言葉に青山は動じない。

 「君は人間だ」
 
 青山はそう断言すると手にしていたペットボトルをデスクに置いた。

 「いい機会だ。以前から君の話を聞きたいと思っていた……気分が悪くなければ、話をしないか」
 「私と?」

 うなずいて青山はソファに座る。紅子は青山の情報を頭の中で整理した。
 青山玲士。ハートブルーでありJガーディアンズを代表する科学者の一人。ハートレンジャーの策士。冷静沈着という言葉がよく似合う……そんな戦い方をしていた。
 脳裏にちらりと悪夢がよぎる。

 「奈月紅子……君に聞きたいことは二つ。一つはメノス側についた理由。そしてもう一つは、何故、君は私たちにハートエナジーを送るのか」

 嫌なら答えなくてもいい、と青山は言う。
 X城の座標やメノスの目的を問いただされるかと思っていた紅子は拍子抜けした。しかし、ハートエナジーを送っていた事を見抜かれていたことは意外だった。

 「……私がハートエナジーを送っている事に気づいているのは、あなただけなんですか?」
 「おそらくは。他のメンバーに話を聞いたわけではないから正確なところは解りかねるが」

 紅子はため息をついた。

 「よりによって、あなたが気づくなんて」
 「何?」

 理論的な思考を常とする科学者でもある青山には嘘やまやかしは通用しないだろう。
 シーツを握って紅子は口を開いた。

 「私がメノスについたのは、世界の終焉を迎えさせないため……」

 目を閉じる。瞼の裏には荒涼とした光景が広がっている。眼下に広がる世界。骸と残骸が静寂を守る、残骸に降り立つ天使もおらず、ただ、死が支配する世界。

 「世界が終わる」

 青山の声に紅子は掬いあげられるように目を開く。

 「黙示録でも始まるというのか?」
 「……それを止めたいんです」

 青山の背後に空が見える。安穏を約束する美しい夕暮れ。世界が死に絶えた後も夜と朝は変わらずやってくる。

 「君は……何の根拠をもって世界の終わりを口にしているんだ? 故意に歪められた情報を与えられている可能性もあるだろう」

 情報の出所は、と青山が言いかけた言葉を紅子は遮る。

 「私はあなた方……Jガーディアンズとメノスが接触する前からそれを知っていました」
 「何?」

 青山の表情が険しくなる。足を組み、何かを思案する表情になった。

 「ゼータという少年をご存じですか」
 「……話は聞いたことがある。メノスの協力者ではなかったか」
 「その通りです」

 続きを話しかけた時、小さなアラームのような音が聞こえた。しかし青山はそれを無視して紅子に続きを促す。

 「申し訳ない。続きを聞かせてくれ」
 「……呼び出しではないのですか?」
 「大したことではない」

 そっけなく言う青山に紅子は疑いの眼差しを向けた。自分を捕らえるために時間稼ぎでもしているのではないだろうか、と。しかし青山は話の続きを待っているようにしか見えない。
 いろいろ考えていると何をどこまで話したのか忘れてしまった。

 「……どこまで話しましたか、私」
 「何故、自分が話していることを忘れるんだ。しかもかなり重要な話ではないのか?」

 まるで学校の教師に問いつめられている気分になった紅子はすみません、と詫びてしまう。青山は咳払いをすると、ゼータの話だと呟いた。

 「ありがとうございます……えぇと」
 「私たちとメノスが接触する前から君がある情報を知っていた、というところからだ」

 的確に話の続きを指摘する青山に紅子はまた、すみませんと詫びる。そんな紅子の様子に青山の口元がほころんだ。

 「続けてくれ。君の話が聞きたい」

 わずかな笑みに紅子は目を奪われる。
 青山の笑みなど見たことがない……当たり前だろう。笑顔を見るほど紅子はこの男の事を知らないのだから。
 ただ、末路は知っている。

 「……一番はじめに私に接触してきたのは、ゼータです」

 ゼータは紅子の前に現れるなりこう言った。

 『奈月紅子、きみは世界を守ってくれるかい?』

 そして有無を言わせず紅子を連れていくつかの世界を巡り……ゼータは語った。
 世界は崩壊寸前だということ。そんな中で出現した自分のこと。熱量の法則に則り、いずれは世界が終焉するであろうということ。

 「彼は平行世界を移動します。私は彼に連れられていくつかの時代を見ました……これから10年後の世界は、どこも」

 紅子はその先の光景を語る言葉を持たない。夜毎訪れる悪夢はその光景だからだ。
 天使が終末の喇叭を吹く。天罰が、降りてくる。
 唇を噛んで紅子は黙り込んだ。

 「平行世界を移動する手段を持っている……ということは、ゼータが出現したときには既に技術が開発されていたということか?」

 青山が科学者としての顔でつぶやく。専門用語ばかりの呟きは紅子にとって呪文にしか思えない。

 「……信じていただけないのなら、結構です」

 ただ、と言う紅子を青山は無言で見つめる。

 「ゼータは私に選択肢を三つ、用意していました」
 「三つ……二つではないのか?」

 一つはメノスに与する、二つはJガーディアンズに所属する、と青山は指を折りながら言った。

 「……最後の一つは、どちらにも属さず、普通の人間として過ごす」
 「何?」
 「私は三つの選択肢を選ばず、ゼータの協力者となることを選びました。その結果、メノスに付いたことになりましたが……それが一つ目の質問の答えです」

 青山は呆然としている。

 「普通の人間として、過ごす?」
 「ハートエナジーを隠蔽しておけば私はごく普通の人間です。あなた方のサーチにもかからない……」

 紅子がメノスとJガーディアンズに存在を認知されたのはその人並みはずれたハートエナジーが原因だった。
 ハートエナジーを隠蔽し、未来の記憶を消し、残りの時間を幸せに過ごすことができる、とゼータは告げた。
 ゼータの呟きをよく覚えている。

 『僕の望みは僕の望み。きみの望みはまた違うだろう……だから強要はしない』

 残念なことに、僕はきみが嫌いではないんだ、と悲しげに笑うゼータ。

 「……君が、ゼータに目を付けられた理由は?」
 「平行世界のどこにも、私がいなかったから、と言っていました。私は時代の特異点だと」
 「興味深い話だな」
 「……え?」

 青山は眼鏡の位置を調節して学者の顔で語り始めた。

 「平行世界とは、複数の現実が存在していると言うことだ。今ここにいる私はどこかの世界でもここにいる。その、どこかの世界で私と会話しているのは君でなければならないが、そこに君はいない……君が存在するのはこの世界だけ」

 なるほど、と青山はつぶやいた。

 「理解した。私たちが思っているより、君は重要な人物らしい……しかし、なぜゼータに協力する?」
 「こういうことを私が言うと、おこがましいかもしれませんが……どちらかについて、偏った見方をしたくなかったんです」

 地球の平和を守る、と明言するJガーディアンズ。地球を滅ぼす元凶の消滅を目的とするメノス。
 地球自体を守るという目的は一致している。ただ、破滅に至る原因はJガーディアンズが所有している。一方、人類の抹殺を積極的に行う計画を立てるメノス。
 どちらの組織に正義があるのか、そもそも、正義とは何か。
 紅子は常に考えていた。だから第三者としてゼータに付いた。

 「公平に、物事を判断したいと言うことか……」
 「はい」
 「しかしゼータはメノスの協力者として我々と対峙することもある。それはどう考えているんだ?」

 君を責めている訳ではない、と青山は付け加えた。
 そっけない言葉の端々に気を遣ってくれていることがわかって紅子は嬉しかった。

 「だから私はハートエナジーをあなた方に送っていたんです……このことを知っているのはゼータだけですが。これが二つ目の質問の答えです」
 「君はいつも……」

 日が暮れて、部屋が薄暗くなる。青山の表情もよく見えない。

 「今日のように黒い服を着て、現れていたな」
 「……わかっていたんですか?」
 「ああ。しかし、初めて話したときの君は明るい色調の服を着ていたし、髪も明るい色だった。似合わないとは言わないが、何故だ?」

 思わぬ問いに紅子は沈黙する。戦いの場に現れていたことはともかく、初めて会ったときのことを覚えているとは思わなかった。

 「喪服です」

 その一言に青山が絶句する。部屋は暗くなり、青山の表情は見えない。
 髪を染め、黒い服を身につけた。夜毎夢に見る光景に耐えられなくなって。
 暗い部屋をスクリーンに悪夢が再現される。紅子はシーツを強くつかんで目を閉じた。しかし瞼の裏にも再現されるのはあの光景だ。

 「……奈月?」

 声が聞こえる。しかし声は紅子を救ってはくれない。悪夢に引きずり込まれていく。
 紅子は強いめまいを感じてベッドに倒れ込んだ。

 -続く-


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