泥のような疲労に引きずられて眠りに落ちてゆく。
彼女がいるというのにそれを止めることができない意思の弱さが腹立たしくもあり、部屋を出て行こうとしない彼女にも苛立ちを感じた。
意思ではどうにもならない睡魔に意識を任せようとしたとき、何かが入り込んでくるのを感じた。
なじみのある何か……青山は僅かに残る意識の内でそれが何であるかを必死で分析し、急激に覚醒した。
彼女の声が聞こえる。
これは彼女の波長だ。大切にしてきたもの、失いかけたもの……再び戻ってきたもの。
私は、あなたが、と言いよどんだ言葉の続きはどこかへ消えてしまったかのようだ。
その言葉の続きが聞きたい。彼女が選んだ結末を聞きたい。
だから青山は目を開いた。
重ねられた手から緩やかに流れ込む波長が僅かに乱れ、彼女は戸惑って泣いた。
時折、物思いにふける彼女を見かけることがあった。
食堂で、屋上で、テラスで……
そんな彼女に声をかけないというのが、暗黙のルールとなっていた。教育担当として近くにいる自分は誰よりも多くそんな場面を目撃してきた。
時は何もかもを思い出という名の元に薄れさせる。青山は我慢強くそれを待っていた。
彼女が自分から何かを言うまで何も言うまいと思っていた。
一連の騒動の決着はまだついていない。彼女が終わらせていない出来事をどうして第三者が終らせることができるだろう。
いつになるかわからないというのに、青山はいつまでも待つつもりでいた。
何の根拠もなければ裏づけもない。誰かを納得させるだけの材料もない。事実、どうするつもりなのか、どうなるのかと問われた青山は明確な答えを返すことができなかった。
ただ、待っているとしか言えなかった。
彼女の言葉を、彼女が選ぶ結末を。それがどんなものでも受け入れるつもりでいた……一度だけ。
二度目はない。きっと二度目は彼女の言葉など待たない。強制的に何もかも決着をつけるだろうと予測できた。
顔を伏せ、泣きじゃくりながら彼女は何度も詫びた。詫びることなどない。
彼女は彼女の信念に従って行動したのだし、自分は自分の信念に従って行動しただけだ。それに、戻ってきた。
だから気に病むことはないと告げた。
涙をぬぐいながら顔を上げた彼女は赤い目で驚いたように自分を見て、どうしてと呟いた。何故優しいのかと。
優しくなどない。待っているだけだ。二度目はないから同じ事をするのなら覚悟を決めろと言って手を伸ばした。
結末を彼女の言葉で聞きたかった。きっと彼女は自分の中で決着をつけて、それを告げにやってきた。自惚れなのかもしれないがそうとしか思えない。
彼女から感じる波長は自分の波長に同期して乱れることがない。
抱き寄せて髪を撫でるとどこか苦しげな声で結末が告げられた。ただ一言、あなたが好きですと。
その一言で何もかもどうでも良くなった。騒動の中でどれだけ自分が悩み、苦しんだかも、走り去る彼女の背中を見ていることしかできなかった時の失望や絶望も。
戻ってきて、自分を選んだのだから何も言うことはない。そんなことは彼女が知らなくてもいいことだ。それも時が薄れさせてくれる……彼女が傍にいる限りは懐かしく思うことさえあるだろう。
そんなことよりも彼女に触れていたかった。触れてもいいかと聞くと彼女は頷いて目を閉じた。
「……ずっと、君が好きだった」
end
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