忍者の沽券に関わる、とカウンターの中で語気も荒く語っているのはこの店の主、猿飛だ。
その剣幕に赤木も青山もただおとなしく話を聞いているしかない。
……もちろん、紅子も。
赤木と青山が反論できないのだから紅子などが付け入る隙などあるわけがない。
「けど、それは今に始まった事じゃないだろ?」
「……赤木の言う通りだ」
赤木の言葉に青山も同意する。というか、傍で聞いている限りでは二人ともどうでもいいと思っているのだろう。
紅子も結構、どうでもいい。
黒峰がどこから日本刀を取り出そうが暗器を取り出そうがそれが活躍してくれるのなら異論はない。ただ、勝手に部屋に侵入される事だけはごめんだが。
しかし、猿飛としてはそういうわけにはいかないようだった。一流の忍びの者として見ている限り、黒峰がどこからか取り出す刃物類や武器はどうやら忍びの「常識の範疇」を越えているらしいのだ。
特に、日本刀を取り出すあたりは物理的に問題があるらしい。あの長さの物を誰にも悟られずに、しかもライダースに隠して携帯するなど無理な話だという。
紅子だってそう思うが、現に黒峰が日本刀を手にしていた場面を目撃しているので何とも言いようがない。
「いいや、納得いかない! だから、今日こそオレは確かめてみようと思う!」
高らかに宣言した猿飛は印を結ぶと何かの呪文のような文言を唱える。
ふわりと霧のような物が舞って、カウンターの中には紅子が現れていた。
赤木は自分の隣にいる紅子とカウンターの中で婉然と笑う紅子を見比べて頭を抱えている。しかし青山は至極冷静に呟いた。
「変化か、猿飛」
まぁね、といたずらっぽく笑った紅子の顔をした猿飛が紅子に向かってウインクした。
自分の顔にウインクされて、呆然としていた紅子は我に返る。
「……さ、猿飛くんってそんなことまでできちゃうの?」
「んー……まぁね? それより紅子ちゃん、オレの術に惚れた?」
自分の顔でそんなことを言われても困る。
曖昧な笑いで言葉を受け流すと猿飛は気を悪くした風もなく、にっこりと笑った。
「ということで、本物は隣の紅子ちゃんだからね、リーダー」
「あ、あぁ……わかった」
赤木はそれでも半信半疑といった様子でカウンターと隣を見比べている。無理もない。紅子ですら鏡を見ているような気分がするのだから。
「じゃ、紅子ちゃんはちょっと隠れといてね!」
「……え?」
カウンターから出た猿飛は紅子をスツールから引きずりおろすとぐいぐいと手を引いてカウンターの内側へと連れていき、突き当たりの死角に座らせた。
その一部始終を見ていた青山の声が紅子の耳に届く。
「私も黒峰の隠蔽能力には興味がある。見学させてもらおう」
「そう? じゃあ玲ちゃんも紅子ちゃんのところにいたらいいよ」
そんな会話が交わされたかと思うと、青山は自ら紅子の元にやってきて同じように身を潜めた。
「……どうしたんですか、急に」
「逃げてきた」
青山はぼそっと呟く。その言葉の意味はすぐに理解できた。
「ということで、リーダーはオレの合図があったら継ちゃんを押さえ込んでね!」
「どうして俺が!」
「だって、紅子ちゃんには隠れてもらわないとだし、玲ちゃんは見学したいって言ってるんだから、仕方ないじゃない」
「い……嫌だ! 俺も見学したい!」
「遅いよ、リーダー」
赤木は嫌だとごねたが猿飛は頑として聞き入れない。青山はこの展開を見越して「逃げてきた」のだろう。状況判断の早さと的確さはさすが、としか言いようがなく、紅子は苦笑いを浮かべて青山を見た。
「黒峰を取り押さえるなど、私には無理だ」
「……なるほど」
不平を申し立てる赤木はカウンターにはやってこなかったので、紅子達とは違う場所に隠れたらしい。
そっと腰を浮かせて状況を見てみると、猿飛は紅子の格好でカウンターの上のドリンクをすべて片づけて新しいカクテルを一つだけ作った。
どうやら、悪趣味というかえげつない罠が仕掛けられたようだ。
猿飛が紅子のふりをしてスツールに座ってしばらくすると、扉が開く音がした。
紅子は慌てて物陰に隠れる。青山は興味なさげに様子を見ていた。
「……奈月一人か? 猿飛は」
「ついさっき、買い物にでかけましたよ? すぐに戻ってくるって言ってました」
なので、黒峰さんの飲み物はしばらく待ってください、だそうですと猿飛は淀みなく嘘を言う。百歩譲って姿はともかく、声まで同じというのはどう言うことだろうか。
例によって例のごとく、という発言の黒峰と、紅子のふりをした猿飛の掛け合いは自分ならこう返すだろうと思われる発言ばかりで、紅子は少々怖くなってきた。
……猿飛の観察力に。
「……なんだか、怖くなってきました」
「何がだ」
「猿飛くんの観察力に」
青山は声を潜めてしれっと呟く。
「攻略対象を観察するのは基本だからな」
「攻略対象……」
それは自分の事か、と思っていると悲鳴が聞こえた。これもお決まりの流れで、どうやら黒峰が紅子(猿飛)の胸をつかんだらしい。
やめてください、と言う声が続いて聞こえる。
「……奈月、おまえ」
何かに疑問を抱いたような黒峰の声が聞こえた瞬間、猿飛は紅子の声のまま叫んだ。
「リーダー!」
「何だと……!」
赤木をリーダーと呼ぶのはただ一人、猿飛だけだ。
すさまじい物音と怒号が飛び交い、恐る恐るカウンターから顔を出すと、黒峰が紅子と赤木に組み敷かれているという現実離れした光景が飛び込んできた。
「うわー……夢みたい」
「あまり考えたくない光景ではあるな」
深々とため息をついた青山が首をゆっくりと降る。その間にも黒峰と猿飛の攻防は続いていた。
「てめぇ! 猿飛だな!」
男に押し倒される趣味も、裸にひんむかれる趣味もねぇ!
と叫んで黒峰は腕を押さえ込んだ赤木を振り払おうとするが赤木は離れようとしない。
「赤木! 離しやがれ……殺されてぇのか!」
「悪いな、黒峰……カレーを一ヶ月タダで食べさせてくれるって言うから……」
「おまえはどこの貧乏高校生だ!」
「もう、継ちゃんおとなしくしててよ」
「だから男にむかれる趣味はねぇって言ってんだろ!」
「えー、今は紅子ちゃんだし? 継ちゃんだって胸つかんだじゃない」
「……なんかおかしいとは思ったんだよ、奈月はもう少し貧相な胸してるからな!」
大騒ぎの中、聞き捨てならない言葉が黒峰の口から飛び出し、こっそり状況を観察していた紅子は思わず立ち上がってしまう。
「なんてこと言うんですか!」
「何だ、いたのかよ? おい猿飛、奈月にならむかせてやっても良いからよ、交代しろ、交代」
「ダメ!」
「だめだ!」
「嫌です!」
赤木と素の猿飛の声がシンクロする。紅子もきっぱりと拒否した。
「そうかよ、なら絶対に脱がねぇからな?」
何をされるかはわからないが、服を脱がされそうだと言うことはしっかり理解している黒峰がきっぱりと宣言する。
その言葉に黒峰の上に馬乗りになっていた猿飛が元の姿に戻って言い放った。
「いーや! 継ちゃんには脱いでもらうよ? そしてオレにその秘密を開示してもらう!」
「秘密……?」
「どこにどれだけ武器隠してんの? 特にあの日本刀! 物理的におかしいから!」
「それはな!」
黒峰がついに赤木を振り切って叫んだ。
「チョイ悪ヒーロー様の特権だ!」
「なにそれ!」
全く説得力のない言葉に脱力する紅子。猿飛は納得いかない! と叫んでいる。
そのうちに赤木が疲れはてた様子でやってきた。
「……お疲れさまでした」
うん、とうなずいた赤木は恨めしそうに青山を見る。
「……玲士も分かってるなら、教えてくれよ」
「黒峰の相手なら赤木が適任かと思ってな」
あっさりとした言葉に赤木がへたりこんだ。
「そういう問題じゃないだろ……」
「ところで、カレーは途中放棄しても提供されるのか?」
脱ぐの脱がないのと言い争う黒峰と猿飛の声は赤木の絶叫にかき消されてしまう。
「提供される! そう俺は信じている!」
「奈月、交代しろ! 俺の服を脱がせる楽しいお仕事が待ってるぜ?」
「だから、ダメだって言ってるでしょ!」
「……四次元ポケットではなかったのか」
世界を守るヒーローたちの叫びや呟きを聞いて、紅子はこんな姿を世間のお子さまたちに決して見せてはならないと固く決意した。
「スーパー戦隊シリーズは、あきらめてもらおう……」
赤木が聞いたら泣いてしまいそうな紅子の呟きは、幸いな事に様々な騒音でかき消されてしまった。
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