「……もしも私がメノスについて行ってたら、今頃どうなってたんでしょうね」
唐突な紅子の発言にハートレンジャーの面々が固まった。
「紅子ちゃん?」
かろうじて言葉を発したのは猿飛だけで、赤木は口を開いたまま止まっているし、青山は眼鏡を調節しようとした手のまま、黒峰はコーヒーのカップを持ったままだ。
「ハートレンジャーが嫌になったのか紅子!」
はたと我に返った赤木が大声で叫ぶ。そりゃまぁねぇ、と猿飛がちらりと見たのはようやくコーヒーを飲み始めた黒峰だ。
「あんなセクハラお兄さんがいたらねぇ……」
「誰がセクハラだコラ。お前も大概だろうが」
どうしよう、どうしたらいいんだ俺は、と頭をかきむしる赤木を無視して黒峰は猿飛を睨む。
「その面でごまかしてるが、やってる事は俺と大差ないだろうが」
「いやいや、オレは言葉のセクハラはしないし?」
「俺だって白昼堂々言葉責めなんてしねぇよ」
「すでにその発言がセクハラだってば……」
すさまじい勢いで脱線していく猿飛と黒峰の会話を聞かないようにして紅子は黙々とコンソールを操作する青山に話を振ってみる。
「青山さんはどう思いますか?」
「……これが現在の奈月の戦闘力」
そう言って青山はモニターの一点を示した。
「あまり高くないんですね……当たり前ですが」
「奈月の能力は戦闘向きではないからな。どちらかと言えば後方支援に適している」
これが現在のハートレンジャーを総合したデータで、こっちが神谷在籍時のデータ、と青山はさくさくと資料を示していく。
「3Xはデータにムラがありすぎて総合的に見ることは難しいが、数値的にはハートレンジャーと互角、場合によっては上回る場合もあると考えていい」
とんとんとデスクを叩いていた青山はコンソールに素早く指を走らせた。
「これは、奈月がメノスに加担したと想定した場合の予測値」
モニタに表示されたデータは先ほど見たメノスのデータと大差ない。戦闘ではなく、後方支援向きという能力が原因なのだろう。
「ただ、ここにある要因が加わると……我々は確実にメノスに敗北を喫する」
「要因?」
青山は軽く頷くとさくさくとデータを入力していく。
「これだな」
「あ、さっきと全然違いますね……今の私達では太刀打ちできそうにないかも」
「ゼロの投入を検討すべき状況だ」
もしくは超人ボーイの手を借りるか、と青山はモニタを睨んでつぶやいた。
「その要因って、なんですか?」
「奈月がメノスに加担する事で発生すると思われる現象のひとつが、赤木の裏切り」
「……は?」
思わずどうしてですかと呟く紅子。正義感の固まりのような赤木がハートレンジャーを裏切り、地球に仇成すとは思えない。
赤木は自分の名が話題に出たことで、頭をかきむしる手を止めて顔を上げた。
髪の毛が鳥の巣にようになっている。
「俺が、なんだって?」
「奈月がメノスに加担したらお前はかなりの高確率でJガーディアンズを裏切るだろうという結果が出た」
「それはないと思いますよ」
「どうして俺がJガーディアンズを裏切ったりするんだ!」
紅子と赤木の声が重なる。青山はうんざりした表情で二人の言葉を聞いてこう言った。
「……最も誘惑に弱いのはお前だ」
「!」
「誘惑……私が?」
ちなみに、と青山はさらに何かのデータを入力していく。
「猿飛と黒峰は奈月奪還の可能性が示されている……あの二人は、ああだから」
半ば呆れたように猿飛と黒峰を見る青山。確かに「あんな」会話を交わす二人が誘惑などでどうにかなるとは思えない。
「……そ、それは認める」
赤木は苦しそうに呟く。
「じゃあ! 玲士はどうなんだよ!」
人のことばかり言って、と不満げな赤木に青山は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……誘惑には応じないが、泣き落としにかかる可能性がある。ただ、私の戦闘力も大したことはないからな? お前ほどではない」
「戦闘力云々の話ですか、それ……」
「そう言う問題だ」
そういう問題にしておいてくれと青山は言い切るが、赤木に結局は寝返るんじゃないか、と指摘されてさらに苦虫を噛み潰す。
「猿飛は奈月の戦闘服次第だな」
「戦闘服次第ってどう言うことですか?」
「……露出が多いとうっかり寝返ってしまうかもしれない、ということだ。ただしその場合は双方に戦闘力の低下が見られる」
「そんな服、着ませんから!」
赤木は真顔で何かを考えていたが突然顔を赤くした。恐らく「露出の多い戦闘服」をイメージしてしまったのだろう。
常にお年頃の赤木がどんな戦闘服を想像したのかは、紅子にはわからない。というか知りたくない。青山が想像している戦闘服も知りたくないし、猿飛がうっかり寝返ってしまう戦闘服など恐ろしくて考えられない。
紅子としては悪役らしい戦闘服で華々しく戦ってみたいのだが……
「強化外骨格 霞、みたいな戦闘服がいいな……」
ぽつりと呟いて紅子はため息をつく。
「っていうか、どうして私は誘惑したり泣き落とししたりお色気担当だったりするんですか?」
「……君の能力は後方支援だと言っただろう。メノスにはメノスのやり方があるからな」
我々についてきて良かっただろう、とよくわからない慰めを口にする青山。
そうなんですかねぇ、と煮えきらない紅子に青山はまた異なるデータを示した。
「……これは? 数値が異様に低くなっていますね?」
「奈月を奪還することに成功した場合の3Xのデータだ」
あくまで仮想だが、と青山は付け加える。
「こんなに低くなるものなんでしょうか……」
「……神谷も含めた我々の中で、奈月奪還の任務遂行率が最も高いのは黒峰だ。あいつには色仕掛けも泣き落としも通じない」
故に、と青山はとんとんとデスクを叩く。
「黒峰が手段を選ばず君を奪還するだろうことは想定内だ。そりゃもう好き勝手にやらかすだろう。あの三人の戦闘意欲なんかあっと言う間に失せるような行為を目の前で繰り広げてくれることだろうな」
非常に不本意ではあるが、我々としては黒峰を差し向けるしかないだろう。と断言する青山に紅子はめまいを覚えた。
「……我々についてきて良かったと思わないか? 奈月」
「はい! 心から思います!」
もう一度投げかけられた問いに即答する紅子。
赤木を誘惑したり青山を泣き落としてみたりするのには少し興味があるが、色仕掛けは遠慮したいし黒峰に奪還されるのも恐ろしいことこの上ない。
「しかし、何故そんなつまらないことを考える?」
「……ちょっと、格好良い悪役が登場する漫画を読んでしまったもので」
漫画、と青山が脱力したように呟く。
フィクションの世界では悪役も正義の味方もこの上なく輝いているが、現実はこんなものだ。
すみませんでした、と紅子が詫びたとき、黒峰と猿飛がやってきた。ようやく話の決着がついたのだろう。
どんな決着がついたのかを知ろうとは思わないが。
「で、何だって?」
「……黒峰さんが最終兵器だってことを再確認しました」
なんだそりゃ、と妙な顔をする黒峰。青山は素知らぬ顔でモニタのデータを削除した。
「継ちゃんが最終兵器ねぇ。ま、そうかもね……で、リーダーはなんで煮えてるの?」
「煮えてる?」
四人は一斉に赤木を見てぎょっとした。
「私、お水持ってきます!」
あわてて駆け出す紅子に猿飛が、氷水にしてね、と声をかける。
漫画のような輝きはないが、こんな正義の味方がいてもいいかもしれない、と思いつつ食堂に走る紅子にふっと黒い影が追いついた。
「おい、何で俺が最終兵器なんだ?」
「黒峰さん!」
そういうところが既に最終兵器です! と叫んで紅子は足を早めるが黒峰はまるで紅子の影のように付かず離れずの距離を保ってついてくる。
紅子は身の危険をひしひしと感じながら、メノスに加担した方がよかったかもしれない、とほんの少しだけ思った。
end
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