実家から届いた荷物の中に、海苔と梅干しが入っていた。以前は弁当を作っていたのでうれしい救援物資だったが、今は食堂でほとんど済ませてしまうため、出番はない。
「……でも、せっかく送ってくれたんだし」
紅子は海苔と梅干しを手にしばらく考えていた。
たしか、明日の天気は晴れだと言っていた。幸いな事に急ぎの仕事も終わっている。
通常業務があるとはいえ、比較的ゆっくりできる一日のはずだ……メノス達が騒ぎを起こさなければ。
紅子はいつもより早めに目覚ましをセットして眠りについた。
翌朝、食堂の調理スペースに紅子の姿があった。早朝という事もあって誰もいない……黙々と米を研いで炊飯器にセットし、炊きあがりを待っていると誰かが食堂に入ってきた。
この時間は食事を提供しておらず、セルフサービスのドリンク類があるだけだ。研究に携わっている職員達には昼夜の別がないので結構重宝されている、と聞いたことがあったので徹夜明けの職員だろうと思いつつ紅子は食堂を覗いてみた。
「青山さん?」
少しぼんやりしながらコーヒーを入れていたのは白衣姿の青山だった。白衣を着用するといかにも科学者、という感じに見える。
「……奈月か」
おはよう、といつものように冷静に挨拶され、紅子もおはようございます、と返す。
「研究ですか?」
「いや、最近は論文ばかり書いていたので気晴らしに開発チームに顔を出してきた」
「……気晴らし、ですか?」
「そうだ。面白いぞ?」
それが世間の常識ではないのか、とでも言いたげな青山の態度に紅子はいろいろとつっこみたくなったがやめておいた。
「おかげで徹夜してしまった……」
「いつ寝てるんですか?」
「空いた時間に睡眠をとるようにしているが、人間というのは不便だな」
「どうしてですか?」
青山は実にしみじみと、真顔で呟く。
「眠らないと生きていけないからな」
眠らなくてもいいのなら、研究も捗るだろうにと夢見るような少年のような事を口走った青山ははたと我に返る。
「もちろん、睡眠がどれだけ重要な事かは理解しているぞ?」
「ちゃんと寝てくださいね……」
このままいくと青山が睡眠不足で死んでしまいそうな気がして紅子はため息混じりに呟いた。
なぜか嬉しそうな青山はそういえば、と紅子を見る。
「奈月はこんな早朝から何をしているんだ?」
「ご飯を炊いてます」
「……?」
怪訝そうな青山は座ってコーヒーを飲んだ。
「何故だ? あと三時間もすれば食事が提供される時間だろう?」
「昨日、実家から荷物が届きまして……」
「実家から?」
「はい。その荷物の中に海苔と梅干しが入っていたのでたまには自分でおにぎりでも作ろうかな、と」
今日は天気がいいらしいので、お昼は外で食べるつもりなんです、と言って紅子は青山を見た。
興味があるのかないのかわからない表情でコーヒーを飲んでいる青山は紅子の視線に気づき、カップを置く。
そのとき、炊飯器のアラームが聞こえてきた。ご飯が炊き上がったのだろう。
「……青山さん、ご飯食べました?」
「食べたが……」
「何時間前に、ですか?」
このやりとりは猿飛と青山の間で頻繁に交わされている。
大体半日前か一日前、という答えが返ってきて猿飛が食べ物を青山に押し付けるというパターンだ。
「確か、半日前だったと思うが」
「やっぱり……おにぎり作りますから、待っててくださいね」
紅子はそう言うと青山の返事を聞かずに調理スペースに戻ってばたばたとおにぎりを作り、三つほど皿に載せてからラップをかけた。
「はい、どうぞ」
二杯目のコーヒーを飲んでいた青山は目の前に置かれた皿をじっと見ている。
「梅干しとじゃこと、あとは何も入れてないやつですけど」
「私にか?」
「はい。ご飯はちゃんと食べてください。あと、寝てくださいね」
まるで母親のようなことを言う紅子に青山はふっと笑う。
「わかった。善処しよう」
おにぎりを乗せた皿を持って嬉しげに食堂を出て行く青山を見送って紅子は調理スペースに戻った。
「……あれ?」
残りのご飯でおにぎりを作りながら紅子はあることに気付く。
(男の人におにぎりとか作ってあげるのって、初めて……?)
過去の記憶を探ってみたが、付き合っていた人にもそういうことはしたことがない、という事実に紅子は呆然とする。
「もしかして、私、結構冷たい女だった?」
おそらく問題はそこではないのだが、紅子は非常に落ち込んでしまい、その後やってきた猿飛を大いに慌てさせたことは言うまでもない。
end
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