擬人カレシ | ナノ
天使さまと悪魔さん


 安日区には様々な「不思議」が存在する。
 ハロウィンタウンと交流があったり地下帝国が存在したり季節の精霊が助けを求めてきたり……ニンゲンの姿の獣が生活する都市だから多少の不思議があってもおかしくはない。

 「……で、そちらの方は」

 累はとりあえず質問してみることにした。
 擬人研究所研究棟、解析チーム助手室には二人の客が訪れていた。
 片方の客は研究所の職員であれば誰でも知っている……安日区に住み着いている天使だ。なんでも休暇中だとかでニンゲンに擬態してはあちこちをふらふらしているところを頻繁に目撃されている。
 問題は天使が連れている男だ。ニンゲンに擬態し、天使に似た多次元の気配を漂わせているが天使の同僚というわけではなさそうだ。
 ニンゲンではない事はどこからどうみても明らかだ。獣の本能がそう囁いている。
 全身から不満げな雰囲気を発しつつ投げやりに座ってそっぽを向いている男は累の問いかけに視線だけを動かしてため息をつく。
 天使はにこにこと笑っていた。

 「こいつ? 悪魔」

 表情一つ変えずに天使は累の問いに答える。あまりにもあっさりした様子にそうでしたかと答えた累はもう一度聞き返す。

 「……悪魔?」

 天使なら住人や獣に害を与えることはない。罰なら与えるかもしれないがそれは当人たちの行いに対する報いだ。しかし悪魔はニンゲンを誘惑するのが仕事のような存在で、それを生き甲斐?に感じているところがあるからたちが悪い。そんなやっかいな存在を連れ込まれては困る。
 天使はうなずくと不機嫌そうに座っている男をちらりと見た。悪魔の男は相変わらず不機嫌そうに天使をにらみつける。

 「またどうして悪魔なんて……」
 「うるせぇ変態女装化け猫!」

 累の言葉をドスの利いた声で遮った悪魔はデスクを平手で叩いた。

 「俺は心ゆくまで酒呑んでプリンを食いたかっただけだ! やっとこっちに出てこれたと思ったら何で天使のヤロウが居やがんだよ、あぁ?」
 「だからー、僕は休暇中で安日区に滞在中なんだって。キミよりも早くここには居たの。いわば僕のあとをキミが追ってきた感じ?」
 「誰が貴様のあとなんか追うか!」
 「それに酒とプリンが目的なんて言うけどさ、キミの事だからニンゲンを誘惑しちゃったりもするだろうし? キミ女好きだからね」
 「おいおい勘違いすんな……勝手に女の方から寄ってくんだよ。ニンゲンの女ってのは昔から変わんねぇよな」

 なぜかデスクを隔ててぎゃあぎゃあとにぎやかに言い争いをしている天使と悪魔を眺めて累はため息をついた。なにを媒介にしたかは知らないがどうやら安日区には地獄へのルートも存在するらしい。ここまでくるともうなんでもありなような気がしてくる。

 「あの。お取り込み中のところ申し訳ありませんが」

 咳払いをした累はにぎやかな言い争いの間に割って入った。悪魔が安日区にやってきた経緯はともかく、なぜ天使が悪魔を連れて研究所にやってきたのかがわからない。まさか研究所で預かってほしいと言いだしたりはしないだろうかと気になっていた。

 「天使さまはなぜその、悪魔さんを連れて研究所に?」
 「うん。見学にね」

 のんきな天使の言葉に累は言葉が出ない。悪魔はと言えばなにやらぶつぶつと悪態をついているようだがこの世界では聞こえない言語らしい。

 「見学ですか」

 ようやく呟いた累ににこにことした笑顔を崩さないまま天使がうなずく。

 「地獄に送り返すにしても他のルートが見つからなくってねぇ……しばらくは安日区に留めなきゃならないから、ついでに現代人間界の勉強でもさせようかと思って」
 「嘘付け。どうせ暇つぶしだろうが」
 「もう、うるさいなー。キミが使ったルートは使いたくないの!」

 そんな訳でまずは研究所から見学をと天使は説明してくれたが、できれば悪魔なんてやっかいな存在には早々にお引き取り願いたい。そんな事は累が言わずとも責任者の誰かが天使に進言しているだろうから口にはしなかったが天使も悪魔も累の考えている事は察したようだ。

 「……久しぶりでこっちに出てこれたって言うのによ」
 「こいつの事は僕が責任もって管理するから大丈夫だよ」

 二つの言葉が同時に累の耳に届き、デスクを挟んで天使と悪魔がにらみ合っている。ニンゲンに擬態した天使は華奢で体格の良い男に擬態した悪魔にはかないそうにないのだが、二人の様子を見ている限り力関係は天使の方が上らしい。
 しばらく天使と悪魔の様子を眺めていた累の脳裏に一つの言葉がよぎったがこの二人に言ったところで同意は得られないだろうし、天罰を落とされたり呪われたりしても困るので黙っておくことにした。
 暇そうに見えるかもしれないがこれでも忙しい身だ。早く仕事を終えて今日こそは実弥にメールの一つでも送信したい。
 天使と悪魔はにぎやかに言い争いをしたあげくに出て行った。出て行く時に悪魔が近寄んじゃねぇと騒いでいたのが印象的だった。
 累はパソコンに向き直り、仕事を再開する前に気になっている事を検索して考え込む。気にした事はなかったが天使という存在には性別が存在しないらしい。次元が異なる存在なのだからそれは当たり前だろう。では、ニンゲンに擬態した天使の「肉体の性別」はどちらなのだろうか。悪魔はどう見ても男だ。

 「何か……尻に敷かれてるって感じだったなー」

 仕事そっちのけでしばらく考え込んでいた累はため息をつく。これ以上「不思議」が増えてしまうとやっかいごとが舞い込む頻度が高くなるような気がする。もっとも天使と悪魔以上の「不思議」と言えば神の出現ぐらいしか思いつかない。
 そうなると不思議の一言では片づけられない事態に陥るだろうから、このあたりで落ち着いてもらいたいものだと思った。

 end


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