擬人カレシ | ナノ
エイプリルパニック


 研究所に併設されている売店にはスタイルショップと呼ばれる店が入っている。
 スタイルショップは安日区で暮らす獣達の為に作られた店で、主に衣服や小物が販売されており、普段着からどこで着用していいのか理解に苦しむ服まで幅広く取り扱っている。
 擬人化を覚えはじめた獣たちが初めて接する「人間社会」と位置付けられているため、ショップで働く職員は擬人化や獣に関する知識が要求される、と月子は認識している。
 そんな店に月子が訪れたのは自分の服を購入するためではない。布団セットの販売を始めたという話を聞いたからだ。何かと理由をつけて月子の部屋に泊まりたがるブラウは相変わらずリビングのソファで寝ているのだが、長身のブラウにソファは小さい。布団ぐらいは用意してもいいかな、と思っていた矢先の話だったので月子は渡りに船とばかりにスタイルショップを訪れていた……もちろん、ブラウには一言も話していない。
 話したが最後、にこにこ笑いながら部屋に居座ってしまうブラウの姿が簡単に予想できるからだ。
 閉店時間間際ということもあってか、店内は閑散としていた。客がいないのはともかく、店長もハヤトもいない。そしてなぜか、社会部に所属しているはずのヨハンが店番をしていた。
 いらっしゃいませと律儀に声をかけてくれたヨハンに月子も言葉を返す。

 「こんばんは……珍しいですね、ヨハンさん」

 スタイルショップの業務を手伝うことが多いヨハンだが、一人で店番という状況はかなり珍しい。月子の言葉にヨハンは苦笑いを浮かべた。

 「お二人ともシオンさんに呼び出されてしまいましたので……」

 ヨハンは「お二人」と言うが月子の予想ではメインが店長でハヤトは恐らく付き添いだ。月子も苦笑いを浮かべた。

 「……何をしたんでしょうね」
 「……さあ」

 花見で暴走したのか、ショップに奇妙な服を仕入れてしまったのか。それともまた妙なものを呼び寄せてしまったのか。スタイルショップの店長は非常に優秀な職員だと言われている一方、妙なものを呼び寄せてしまう体質だともっぱらの噂だ。天使だけでなく悪魔まで呼んでしまう体質をどう説明していいのか月子にはわからない。

 「閉店までには戻ると思いますが、何かお探しですか? 私では商品の詳しい説明ができないので、少しお待ちいただくことになるかもしれません」

 律儀に状況を説明してくれるヨハンに月子は布団セットを見に来た事を告げた。説明はともかく商品を実際に見てみたい。そう伝えるとヨハンはにっこりと笑った。

 「布団セットならこちらです」

 掛け敷き布団と枕、シーツのセットでそろいのパジャマもついていますと言いながらヨハンが布団セットの前まで案内してくれる。その上、パジャマの着心地から布団の寝心地まで詳細に説明してくれた。
 布団をなでたり叩いたりしてみながら月子は「詳しい説明ができない」というヨハンの言葉を思い出した。これが詳しくないというなら店長やハヤトはどこまでつっこんだ説明をしてくれるのだろう。

 「確かに寝心地は良さそうですね……でも、どうしてそんなに詳しいんですか?」

 素直な疑問を口にした月子にヨハンは再び苦笑いを浮かべる。

 「エイプリルフールに色々とありまして――寝心地は保証します。人にも獣にもお勧めです。ただ、白は品切れ中のようですね」
 「はあ……」

 後日、色違いの商品を入荷するらしいのでもう少し待ってみては、と穏やかに付け加えるヨハンに月子は釈然としないものを感じながらも頷いた。




 「――ああ、知ってますよ。獣達が騒いでましたから」

 嬉しそうにハンバーグを食べていたブラウにヨハンの事を話してみるとそんな返事が返ってきた。擬人化を覚える前の獣達と接している月子とは違い、ブラウは「教師」の元で生活している獣達との接触が多い。いまだに解析チーム預かりのブラウだが、安日区ではない場所で生活した獣ということで育成を終えた獣の相談に乗っているらしく、月子達人間の職員が知らない獣達の情報を多く持っている。
 正門を出たところでブラウに捕まえられ、半ば無理やりカフェに連行されてしまった月子は食事のついでに話を聞いてみることにしたのだ。

 「獣達が?」
 「はい。泣いて相談に来た狼もいましたねえ……」

 どこか遠い目をしてブラウは呟いているが、どうして獣がヨハンの事で泣いて相談にやってくるのか意味が分からない。月子は一口分だけ残っていたリゾットを食べてしまうとブラウに理由を聞いてみた。

 「ヨハンさんって見た目はちょっと怖いし獣への威嚇力も強いけど、本当は優しくて穏やかだし、狼を泣かせるようなことはしないと思うんだけど……どうしたの」
 「月子さんの言うとおりです。でも、人は知らないうちに誰かを傷つけているっていうじゃないですか。今回はまさにそんな感じなんでしょうね」

 妙に人間くさい前置きをしてブラウは言葉を続けた。

 「スタイルショップに新商品が入荷されると、教師の方々にメールでお知らせを入れていることはご存じですよね」
 「それぐらいは知ってる。ウェブ上でも告知しているのよね」

 スタイルショップは獣と獣とともに生活している教師を主な対象としている。だから店舗も商店街やショッピングモールではなく研究所の売店に併設されている一店舗のみだ。当然、メールもウェブも獣や教師に向けて作成されるため、研究所の職員でも告知を目にすることは少ない。月子も噂に聞くぐらいの程度だ。
 月子の相づちに頷いたブラウは何かをたくらんでいるような笑みを浮かべる。

 「エイプリルフールに寝具の限定販売が行われたそうなんですが、その際配信されたメールにヨハンさんの寝起きドッキリ動画が添付されていたそうなんです」
 「……は?」

 紅茶を飲みかけた手を止めた月子は思わず大きめの声で呟いた。

 「寝起きドッキリ動画って一体何なの……」
 「言葉の通り、ヨハンさんの寝起き動画です。まあ、ヨハンさんの寝顔とか布団をひっぺがした瞬間だとかの映像が配信されたようで、先生がヨハンさんばっかり見てるって獣達が騒いでいたんです。限定販売された寝具はそのときに使われたものらしく、スタイルショップに先生方が殺到したそうですよ」
 「あー……」

 ブラウの説明に「エイプリルフールにちょっと」と苦笑いをしていたヨハンを思い出して月子は納得する。実際に使っていたからあんなに詳しく説明することができたのだろうし、自分の寝起き動画が配信されたとなればさすがのヨハンも苦笑いの一つや二つは浮かべたくもなるだろう。

 「ヨハンさんは先生方にも人気があるからね……」

 ぽつりと漏らした月子の言葉にブラウも頷いて同意する。スタイルショップやイベントの手伝いに姿を見せるヨハンは教師たちに妙な人気があることは研究所内でも有名だ。月子も詳しくは知らないが、実は物騒な過去があるのではないかと噂になっているらしい。

 「獣達から聞かれたんですが、ヨハンさんのどのあたりが皆さんの心を掴むんでしょう。獣達は皆「先生」に好かれようと必死なので気になっているようです」
 「……優しかったり穏やかなのに、過去に何かあったんじゃないかと思わせるギャップがあるから、かもね。ほら、顔に傷が残っていたりするし」

 穏やかな表情に似合わない大きな傷はある意味ヨハンのトレードマークになっている。傷の理由は誰にも語らないらしく、そのことがヨハンの過去について様々な噂が流れる原因にもなっているようだ。月子はそんなに気にしたことはないが、世間にはギャップ萌えとかいう言葉もあるらしいので理由の一つとして挙げてみた。それがすべてではないだろうが理由の一つではあるだろう。
 ブラウは神妙な顔で月子の話を聞いていたが、納得したように頷いた。

 「今度聞かれたらそう答えてみます……意外性っていうことですね」

 話が一段落ついたところで月子は紅茶を口にした。ブラウも納得したらしくコーヒーを飲んでいる。ヨハンには気の毒だが、スタイルショップに教師たちが殺到したというのだから宣伝は大成功と言ってもいいのだろう。
 そんなことを考えていた月子は泣きながら相談にやってきたという狼の話を思い出した。狼が泣くというのは穏やかではない。

 「ねえ。狼はどうして泣きながら相談しにきたの?」

 そう聞いてみると今度はブラウが苦笑いを浮かべた。

 「……先生がヨハンさんの嫁になりたいと口走っていた、それがショックでどうしていいのかわからないと言っていました。ニンゲンには良くあることで本気ではないはずだと慰めたのですが、あまりにも落ち込んでいたのが気になったのでシオンさんに報告しておきましたけど」

 人は知らないうちに誰かを傷つけている、とはよく言ったものだ。恐らくそんなことを口走っていた教師も本心からではないのだろうし、擬人化して長い獣ほど「すれて」いるので聞き流すこともできるだろうが、研究所を出て間もない獣であれば真に受けることだってあるだろう。
 シオンが店長とハヤトを呼び出した理由が何となくわかったような気がして月子はため息をつく。そんな月子に苦笑いを浮かべていたブラウはおそるおそると言った雰囲気で問いかけた。

 「あの、月子さんはそんなこと言いませんよね……」

 目の前に座っているのはれっきとした成人男性だが、狼犬であれば耳を伏せて上目遣いで様子をうかがっているのだろうと思わせるブラウの様子に月子は先ほどの考えを改める。人の姿になっても獣はどこか一途なところを残しているのだろう。研究所にはそれも報告しておいた方がいいのかもしれないと思いつつ月子はブラウに笑いかけた。

 「どうかなあ。ヨハンさん素敵だしね」
 「……そんなこと、信じませんからね」

 月子をすねたような目つきで眺めたブラウは小さな声で呟くとコーヒーを飲み干す。ブラウにはいつもやられっぱなしなので少しだけ「仕返し」をしてみたくなっただけだ。
 悲しげに鼻を鳴らしてうなだれそうな勢いのブラウを見ながら、ブラウに似合う色の布団セットが入荷されればいいんだけど、と月子は考えていた。

 end


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