擬人カレシ | ナノ
01


 何だ、戻ってきたんじゃないと白猫が物憂げに呟いた。山に帰ると宣言して檻を抜けた博雅を猫は止めようとしなかった。まぁ頑張ってねと呟いて眠ってしまった猫はきっと、ここから山に戻ることなどできやしないことを知っていたのだと思う。
 「箱」を出てはみたが、山の匂いを捕らえることができなかった。これではどこに山があるのかわからない。

 「……ニンゲンがないたら、どうしたらいいのかな」

 山に戻りたいのは今でも変わらないが、博雅にはそれよりも気がかりなことができた。自分よりニンゲンになることに抵抗を持たない猫ならわかるかもしれないと「箱」に戻ってきた。

 「ニンゲンが泣く? 何したの……噛みつきでもした?」
 「ち……ちがう……」

 噛みついたりはしていない。怪我をさせたわけでもないがある意味怪我はしたのだと思う。痛い、と泣いていたし。
 なぜ、どうして、と聞かれてもどう説明していいのかわからない博雅は猫の檻の前をうろうろしていた。

 「もう、面倒だなぁ……檻に入って狐に戻りなよ。その方が話が早いし」

 猫の提案に従い、檻に戻った博雅は狐の姿に戻る。服をくわえて隅に集めていると猫がやってきた。やってきた、と言っても檻ごしだが。
 博雅は猫に事の顛末を語って意見を求めてみた。ニンゲンの言葉でなければ伝えることはたやすい。猫はしばらく黙っていたが不機嫌そうに尻尾をばしばしと床に打ちつけて嫌味を山ほどぶつけてきた。
 そんなに嫌味を言われても困る。
 しかし相談相手はこの猫しかいない。嫌味の応酬をしつつもいろいろ話をしているとニンゲンは「花」が好きだと聞いたことがあると猫が言い出した。しかし「花屋」とかいう場所の花でないと駄目らしいともいう。
 とりあえず、花か花が咲くようなものをあげてみればいいんじゃないかと言うことになった。
 眠っている時にニンゲンの娘の事を思い出した。痛い、と小さく声を上げて強い力で抱きついてきた。それは心地良い感覚で、かすかに漂う甘い香りをもう一度近くに感じたいと思った。
 ニンゲンにはなりたくなかったし山に戻りたかったが、ニンゲンの姿でなければあの娘のそばに行くことはできない。それぐらいはわかっていた。
 檻を抜けて山へ入り、花をつける木を探しながら博雅は娘の事を考えていた。どこにいるかは知っている。けれど行ってもいいのだろうか。狐だと告白したから会えないかもしれない。
 感じたことのない妙な気分に襲われつつ、これぞという若木を掘り返す。どんな花にするか悩んだがくちなしがいいと思った。あの娘にはとてもよく似合うはずだ。
 くちなしの若木は山から離れるのが嫌だと駄々をこねたが、どうにか説得することができた。ニンゲンの手元に行くのだからむやみに成長しないことと言い聞かせて娘がいる箱に向かった。出てきてくれなかったらくちなしを山に戻さなければならない。
 それを察してかくちなしは「ニンゲンが狐なんかに会ってくれるはずがない」としきりにはやし立てた。
 あまりにも悔しかったので、娘が会ってくれたら必ず花を咲かせることという条件をつけた。それでもくちなしは「会ってくれるはずがない」と言い張っていた。
 娘は出てきてくちなしの若木を受け取った。くちなしは悔しそうだった。会ってくれたことが嬉しかったので帰ろうとしたら呼び止められて手招きされた。
 土だらけの自分を中に入れてくれて、泊まっていってもいいと言ってくれて、本当に嬉しかった。けれど、それを伝える術を持たなかった。
 会いたかった、としか言えない身が煩わしいと思った。

 −続く−


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