バレンタインデーにちなんだイベントが終了したかと思ったら、春を落としたとか言う少しばかり間抜けな精霊が研究所に駆け込んできた。それは大変で、と話を聞き流していたら全世界分の春を落っことした、なんて言うものだから研究所は大騒ぎになった。安日区に春がこないのはともかく、世界的に春がこないのはヤバいのではないだろうか。
幸い、安日区には「普通じゃない住人」が多数存在する。
できるだけ極秘に、しかし早急に春の回収に当たらねばならないと言うことでチョコレート作りでぐったりしている生徒と教師たちにお願いして、春を探しに歩いてもらうことにした――
「時々いいものもらえます、って言ってた割にはずればかりなのは僕に対する嫌がらせ?」
博雅はいらいらした様子でボールペンをもてあそんでいる。累はその様子を横目で見ながら苦笑いを浮かべた。累は散々歩き回って黒い着物をもらったが自分には似合いそうになかったのでクローゼットに仕舞ってそのままだ。これを博雅に言ったら大荒れするだろう。
「まぁ、運任せのところがあるから仕方がないというか……どうしようもないよ」
「自分の不注意で落としたものを他人に集めさせるんだから、そのあたりは考慮して欲しいよね!」
せめてからっぽはやめろ、という博雅の呟きには多くの生徒が同意することだろう。もちろん、累も。ただ、これ以上博雅の怒りを春探しに向けていると仕事が滞ってしまう。
助手でもある累は博雅の気持ちを他へとそらすため、別の話を持ち出した。
「――そういえば、昨年の夏に現れたならず者」
「あぁ、ならず者(?)ね。なにか掴めた?」
ならず者は昨年のスタンプラリーの際に生徒達の行く手を阻んだ謎の男だ。戦いを挑んだ生徒達は返り討ちにされることが多かったのだが、戦いぶりによっては何かしらの品物を渡してくれることもあった。
擬人研究所でも存在を把握していない謎の人物だ。ニンゲンなのか獣なのかすらも定かではない。ならず者という呼び名もいつの間にかそう呼ばれるようになってしまっただけで名乗った訳ではない。だから常に疑問系だ。
ただ、生徒達の反応速度を上回るのであれば獣であると考えて良いだろうというのが博雅と累の共通した見解だ。
「中華街のお兄さんもそんな顔は知らないって言ってた」
中華街の怖いお兄さんなら何か知っているかもしれないと主張したのは博雅だ。理由は「だって二人とも不良だし?」という良くわからないものだった。
累からしてみるとならず者もお兄さんもなんだかんだ言っていい人に思える。特に中華街のお兄さんは一度見た生徒の事はしっかり覚えているし、機嫌が良ければ何かを配っていた。研究所からの依頼もどうして吾がこんな事を、とぶつぶつ言う割に引き受けてくれる。
「えー? そうなのぉー?」
どうやら春探しから話をそらすことに成功したらしい。累は内心ほっとしながら話を続けた。
「あのお兄さん、一度会った人の顔は忘れないって特技があるから本当だと思うよ。ただ、縄張りが違う、とは言ってたけどね」
お兄さんは中華街を縄張りにしている。一方、ならず者は稲荷神社に出現していた。
「……縄張りかぁ。そこを失念してたね」
僕としたことがうっかりしてたなぁとぼやきながら博雅は椅子を回転させた。それにしてもなぜ、今更ならず者の事を調査せねばならないのか。もう半年も前の事だ。
「どうして今更ならず者の事を調べる気になったの。当時は興味なかったくせして」
ため息混じりに聞いてみると博雅は椅子をぴたりと止めた。
「女の子達がさ、怖いお兄さんが硬派でカッコイイ! って騒いでるの知ってる?」
「……知らない」
「まぁ、一部の子にはツボだったみたいだけど、それを言うならならず者も似た雰囲気だったよねって話になったらしくてねぇ……」
話を聞いているうちに嫌な予感がよぎる。博雅が女子職員に人気があるのは知っているが、その為に自分を使って調査をさせたのだとしたらシオン直伝の正座でお説教コースだ。
そもそもお兄さんは硬派ではなくアウトローの類ではないか。
「ちょっと待って。私は博雅の人気取りの為に調査に出てたわけ?」
「ちっ……違うよ! いくら僕でもそこまでしないって!」
ぶんぶんと首を振って累の疑惑を否定した博雅は性格調査の為だよ、と何度も口走った。
「お兄さんといいならず者といい、性格がちょっと違うじゃない。構成を調べてみたかったんだよー……」
「なるほど?」
「ホントだって! 信じてよ!」
どんな構成比であのアウトロー的な性格が形成されたのかを知りたいし、同じアウトローでも俺様寄りと硬派寄りがあるみたいだからと必死に弁解する博雅は嘘をついているようには見えない。
「それは確かだね。今回は信じてあげる」
ほっと息をついた博雅を横目で見ながら累は怖いお兄さんが(一部の女性にではあるが)人気があったことに驚いていた。考えてみれば普段は怖いが時々笑ったりしてくれるのでその落差がいいのかもしれない。いわゆる「デレる」という奴だろうか。
「最近噂に聞くのが安日区三大男前ってやつなんだけどさー」
「何それ? 安日区は男前がごろごろしてるけど……」
擬人化した獣が住む安日区は男前と美形の宝庫だ。普通に男前と美形が歩いているので住人達はすっかり耐性ができてしまったらしく何とも思っていないようだが、安日区を訪れた人はかなりの割合で固まってしまうらしい。
「中でも、ってところでしょ。三人のうち二人はならず者とお兄さんね。あの二人はちょっと性格が珍しいってのもあると思うけど。あと一人は誰だと思う?」
職員だよ、と言われて累は様々な顔を思い出していた。男前なら掃いて捨てるほどいる。ただ、話を聞いていると性格や話をしたときの受け答えも重要な気がする。
しばらく考えて累はある職員に思い至る。
「ジョークを本気にとらえるあの人?」
「……冗談が通じないちょっとミステリアスな好青年」
最近、イベントで嫌われることが多いけどそれでも人気だよね、と博雅は付け加えて笑った。
「つまり、危険でミステリアスな香りのする俺様か硬派か好青年最強ってこと……なので今から性格の再取得始めていい?」
「は?」
思わぬ博雅の言葉に累は眉を寄せた。性格の定着など不可能な男が一体なにを言っているのだろうか。
「何言ってるの今更……」
「性格を変えたらいろいろどうにかなる気がしてきた!」
「いやいやいや! 仕事が滞るから!」
「大丈夫、累がいるし!」
「累がいるし、じゃない! そもそも性格を変えたってどうにもならないから!」
「やってみないとわかんないじゃん!」
「火を見るより明らかだからやめて! ホントやめて!」
ショップでカエルさん買ってくる! と叫んで走り出す博雅の長い髪をとっさにつかんだ累は木綿を裂くような悲鳴には耳を貸さずに、この髪をどこかにくくりつけてからショップに「初心にカエル」を隠してくださいと連絡を入れなければと考えていた……
end
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