(親愛なる君へ)
目を覚ましたブラウはぼんやりと朝の光を見つめていた。
戦場での話題は自然と家族や恋人のことになった。家族も恋人もいないから、楽しげな話を聞いているだけだった。
一度、恋人はいないのかと聞かれたので考えたあげくに会いたい人がいるとだけ答えた。
ニンゲンの女性だ。名前も知らない。
手紙を書いている者もいた。
おまえも書けばいいのにと言われたので書いてみることにした。
初めの手紙はその日あった事を書き連ねた。
彼女がどこにいるかなど、知らない。届かない手紙を書き終えて外に出ると月が出ていた。
月は国が変わるごとに存在するのではなく、この世界に一つしかないのだと知った。それなら、彼女も同じ月を見ているのかもしれない。
空も続いているのだと知った。それなら、彼女も同じ空の下にいることになる。
そう思うと少しだけ嬉しかった。
届かない手紙は燃やすことにした。立ち上る煙が空を渡っていつか、彼女の元に届くかもしれない。
手紙を書いては燃やし、彼女はどうしているのだろうとばかり思っていた。
時々、獣に戻って逃げ去りたいと思うことがあったが彼女が遠くなるような気がしてできなかった。
ある日、狐から手紙が届いた。
彼女は月子という名で、研究所で働くことになったという知らせだった。手紙を書くのなら渡すことができるとも書いていたが、他人の手を介して渡すことがどうしても嫌だった。
だから届かぬ手紙を書いては燃やし続けた。
書き出しはいつも同じだ――親愛なる君へ。
名前を知ってからもそれは変えなかった。
名前を書いてしまうと同じ名前の誰かに届いてしまうかもしれない。
ブラウにとってニンゲンの知り合いは世界に一人だけだし、もう一度会いたいと思うのも一人だけだった。
たった一人の彼女に届けばいい。
――彼女がいつでも笑っていればいいと思う。
研究所から逃げた時に出会ったのが彼女だ。
戦場から逃げようと思った時に思い出すのは彼女の笑い声だ。
どうしても彼女に会いたかった。だから逃げなかった。
再会した彼女は無事で良かったと言い、獣の自分を抱きしめてくれた。話をしてみたいと言った。
とても幸せだった。それだけでいいと思った……しかし、それ以上の物を求めてしまうのは何故だろう。
彼女の傍で眠ることができたらきっと悪夢は見ない。
戦場の騒音を忘れることができる。
その望みはいつかかなうのだろうか。
end
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