擬人カレシ | ナノ
01


 (親愛なる君へ)

 家族はみんな動物が好きだった。雀のヒナが巣から落ちれば飛べるようになるまで保護したし、通いの野良猫が何匹もいた。
 今も実家では犬を飼っている。年に数回しか帰省しない月子をしっかり覚えている、とても賢い雑種犬だ。代を重ねた通いの野良猫たちともうまくやっているらしい。
 だから月子は今の仕事がとても好きだ……どんなに忙しくて体力を使う仕事でも。

 月子が教室に入ると獣たちが一斉に駆け寄ってくる。おはようございますという声に混じって獣の鳴き声が聞こえるのはご愛敬というところだろう。
 国家プロジェクトの一つとして進められているのが「人語を解する獣の擬人化」だ。通称、擬人研究所に勤める月子は「ニンゲンになりたい獣」の情操教育を担当している。
 獣たちは入所してしばらくは月子の元で初期教育を受ける。教育と言っても人間社会で言うところの「幼稚園」のようなものだから歌を歌ったり本を読んだりという程度のものだ。
 団体行動に慣れさせたり協調性を養ったりと言う目的もあるが、擬人化するに当たって情緒不安定という問題が浮上したことから設けられた担当で研究所の中では最も歴史が浅い担当なのだと聞いたことがある。
 当然、過去のデータも少ないため手探りな部分も多く苦労も絶えない……ただ、獣たちが月子の事を先生と呼んで親しんでくれるのはとても楽しく、嬉しい。
 元々動物と話ができたらいいのにと考えていた子供だったから、ある意味夢がかなったとも言える。
 わらわらと寄ってきた獣は狐が多い。今期は狐と犬が多かった為か兎と猫はいない。おそらく次は兎と猫だらけになるのだろう。頭を撫でてやったり背中を撫でたりしながら教室の隅に目をやると、いつものように狼がぽつんと座っていた。
 狼は年間を通して少ない。今年に入って初めての狼ではないだろうか……月子は狼に歩み寄ると頭を撫でる。狼は本を読みたいと言い、狐たちはピクニックに行きたいと口々に騒いだ。
 犬はどちらでもいい、などと話している。その様子を微笑ましく見守りながら月子は狼とも犬ともつかない獣の事を思い出していた。
 今になって思えば大した事ではないのだが当時大学生だった月子にとっては重大な出来事で、退学して実家に戻ろうかとまで思い詰めていた時に出会った。とても頭が良く、ある程度の言葉は理解できていたと思う。
 話をしてみたかった。そんなことを今でも思うことがある――

 風の噂に彼氏が浮気をしていると聞いた。それとなく確かめてみるとあっさり認めて開き直ったので大喧嘩になり、別れたのが一週間前のことだ。それだけならともかく、就職の事だとか友人とのいざこざが重なって月子は疲れはててしまった。
 眠ることができず、秋の風が吹く夜更けに外に出てあてもなく歩いていると公園を見つけた。公園でブランコに乗って鎖がきしむ音を聞いていると一人でいることがとても寂しく、空しく思えて実家に戻りたくなってきた。
 きっと実家に戻れば家の手伝いで就職のことなど気にしなくてもよくなるだろうし、農業を手伝っているうちに見合いかなにかで結婚が決まるはずだ。現に妹は今年嫁いでいる。
 楽ではないだろうがそれも悪くないと思う。この一週間何度も何度も考えたことだ。
 ブランコをこぎながら大学を辞めることをひたすら考えていると何かが植え込みを飛び越えて公園のグラウンドに降り立った。
 ちょっとした高さの植え込みを軽々と飛び越えた何かはどうやら大型の犬のようでグラウンドを駆け回っている。しばらくその様子を眺めていたが、気ままに駆けまわる姿に誘われて月子はブランコを降りるとグラウンドへと歩いた。
 犬は月子に気づく様子もなく駆けている。実家の周囲ならともかくこのあたりで野犬がうろついているはずがない。
 きっとどこかで飼われている大型犬が脱走して夜更けの散歩を楽しんでいるのだろう。軽く手を叩いてみると犬はその音に注意を喚起されたのかぴたりと動きを止め、じっと月子を見ていた。
 犬は逃げる様子もないが近寄ってくるわけでもない。月子は犬に近づくと無駄とは思いつつ聞いてみた。

 「飼い主さんは?」

 月子の問いかけに犬は少しだけ首を傾げる。首輪はつけていないようだったが見た感じとても立派な犬だったので首輪をつけるような飼われ方をしていないのかもしれない。
 黒みがかった毛皮がとてもきれいだった。

 「……どこから来たの?」

 その問いかけに犬は飛び越えてきた植え込みの方を見る。まるであそこから来たのだと言わんばかりだ。瞳は澄んだ水色でハスキー犬のようにも見える。

 「そっか、あっちから来たの」

 右手を伸ばしてみると犬は警戒する様子も唸るようなこともなかった。人慣れしているのだろう。そのままあごの下を撫でると犬は目を閉じて少しだけ首を伸ばす。

 「逃げてきたの? 戻らなきゃだめだよ」

 思ったよりもおとなしい犬の様子に月子はつい左手も伸ばして犬の頭を撫でた。
 しばらく犬の顔をマッサージしたり首周りを撫でたりしていたが犬はうなり声一つ上げることもなくされるがままになっていた。やがて行儀よく座っていた犬は地面に伏せてしまう。月子もつられて座り込んだ。

 「高そうな犬だね、おまえ」

 そんな言葉に犬はちらりと月子を見たがすぐに目を閉じてしまう。犬には自身の価格など関係ないだろう……月子の靴にあごを乗せた犬はお愛想のように何度か尻尾を振った。

 「――犬は犬で、大変なのかな」

 頭を撫でながら思わず呟いたとき、何かの鳴き声がかすかに聞こえたような気がした。
 実家でもこんな声は聞いたことがない。思わず顔を上げた月子よりもわずかに早く犬は顔を上げてゆっくりと起きあがった。
 声に呼ばれたかのように犬は植え込みの方へと歩いていく。月子のことなどもう忘れてしまったかのようだ。
 犬に別れ際の挨拶など望む方がおかしい。しかし月子は何かにすがりたい気分だった。

 「ねえ!」

 声を上げて立ち上がる月子に犬は歩みを止め、振り返った。

 「おまえ、いつもこの公園に来るの?」

 半ば走るように犬に近づくと犬は首を傾げて月子をじっと見る。
 再び獣の声がした。
 今度は気のせいではない。犬は耳を動かして声を拾っていたようだが、月子の手の甲を一舐めすると駆け出し、植え込みを飛び越えて姿を消した。

 −続く−


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