滴る果実


最強の姉/恋人

東京皇国から桜備大隊長を救出して数日、第8の面々が来たことによって第7の詰所はいつも以上に賑やかだ。

その声を聞きながら、台所に立つのが最近の日課になりつつある。

女主人公の前にある洗ったばかりの柿は、詰所の皆で食べてと近所から頂いた物。
秋を感じる橙色がとても鮮やかで実がぷっくりとしている。どれも美味しそうだ。

双子や第8の皆もいるし多めに切って出してあげようと、慣れた手つきで皮を剥いては一口大に切っていく。

最後の柿を切り終えると、その一つを右手で摘んでパクリと食べる。
所謂、つまみ食いというやつだ。

口に入れた柿は旬の物だけあって噛めば甘い果汁が溢れ出し、口の中を幸せにする。
また、種がない品種なのが良い。
これなら双子も食べやすいだろと思いつつ、
皆に出してからではお茶汲みなどで自分の食べる時間がないだろうから、せめてもう一口…と再び摘み口に運ぼうとすると。

「最強さんの姉ちゃんともあろう人がつまみ食いか」

急に掛かった声に女主人公の手が止まった。声のする方を見れば、いつから居たのか紫煙を燻らせる黒い男が台所の入口に凭れて立っていた。

「よォ」

そう挨拶しながら近付いて来たこのジョーカーという男は少し前に弟を通して知り合い。
最近、恋人になったばかりだった。

「ジョーカーさん」

ジョーカーは女主人公の前まで来ると、切られたばかりでまな板に載ったままの柿を見て美味そうだなと口にした。

「俺にもくれよ」

「それなら今、器に盛った物をお出ししますよ」

「いや、それで良い」

それとジョーカーが指を差す先を見ると、先程、女主人公が口に運びかけた柿が目に入る。

「流石にこれはもう手を付けてしまっているので…」

「いいじゃねェか」

手を付けた物を人にあげるのはと思い、やんわりと断るが、どういうわけかジョーカーも譲る気がないらしい。

押し問答のまま女主人公が困惑し動けずにいると、痺れを切らしたのかジョーカーの左手がスッと伸び、柿を摘んでいる方の腕をガシリと掴むと自分の顔近くまで女主人公の右手を上げる。

「えっ?…あ、あの…ジョーカーさん?」

「……」

帽子の陰で表情が読み取りにくく、腕を掴んだまま無言のジョーカーに女主人公はさらに困惑するばかりであった。

「ジョーカーさん?」

女主人公がもう一度名前を呼ぶ。
するとジョーカーは咥えていた煙草を右手に持ち替えると口を開け、女主人公の指に摘まれたままの柿にカプリと歯を立てた。

「あっ」

女主人公は驚いて思わず手を引こうとするが、掴まれた腕はビクともしなかった。
外は騒がしいはずなのに、二人っきりの台所に静かな咀嚼音だけが響く。

ジョーカーが実に噛み付く度に果汁は溢れ出し、女主人公の掌にポタポタと落ちては手首をつーっと伝っていく。

食べ終わると今度は少し腰を屈め、女主人公の腕を掴んだまま果汁が伝ったあとをべろりと舐め上げた。

「ひゃっ…!?」

「甘ェな」

そう言うと今度は舐めるだけでは飽き足りず、残った汁を吸うように女主人公の掌や指先をチュッチュッと態と音を立てながら口付けていく。

「な、何してっ……じ、ジョーカーさん、やめっ…!!」

「止めねェ」

口付けながら煽るような視線で女主人公を見れば、唇が皮膚に触れる度に顔を赤らめビクッと反応する愛らしい姿が目に映る。
その表情を自分がさせていると考えると自然と口角が上がった。

もっと彼女に自分を感じて欲しいと、ジョーカーは必死に口付けに耐える女主人公の耳元に顔を近付け、態と吐息がかかるように囁く。

「女主人公」

「んんっ…!?」

熱を含んだバリトンボイスが名前を呼べば、女主人公の身体がびくりと跳ねた。

「んっ……あ、あのっ…ジョー…カー、さん…本当に、これ以上はっ…」

「……これ以上は、なんだよ…?」

目にじんわりと涙を浮かべた女主人公が蚊の鳴くような声で、駄目です…と言った時だった。

「女主人公!遅ェぞ!さっさとヒカヒナに柿持ってこいッ!」
「早く寄越せェッ!!」

別室から聞こえた双子の声にジョーカーの手が緩み、その隙に女主人公は腕を引き抜いた。

「い、今!持っていきますっ!!」

掴まれ熱くなった箇所を手で押さえながら、羞恥心を誤魔化すように大声で双子に伝えるとジョーカーから舌打ちが聞こえた。

「まァ…今日は良いだろ、ご馳走さん」

ジョーカーはさっきまでのことがなかったように、くるりと踵を返し台所を後にしようとするが、一度入口前で立ち止まると振り返ると

「また、つまみ食いさせてくれ」

そう言い、再び煙草を咥えると手をひらひら振りながら去って行った。

ジョーカーが視界から見えなくなると、女主人公はヘタリとその場にしゃがみ込んだ。

全身が脈打つようにドキドキしている。
彼に向けられた熱っぽい目や唇が手に触れる感触、自分の名前を呼ぶ色っぽい声が頭から離れない。

次会った時にどんな顔をしてジョーカーに会えばいいのか。また、彼の言うつまみ食いの意味は、と色々考えてはまだ赤みが取れない顔を覆った。

うぅ…と口から漏れた情けない声は、紫煙で作られたByeの文字と共に部屋に消えていった。



20201121

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