ペテン師の手口


人気のない路地裏で真新しい煙草を咥えようとしたところ、背中に何かがぶつかった。
「おっと」
という低い声を耳に、衝撃でよろけた足が半歩前に出る。なんだ? とぶつかってきた正体を肩越しに見ると、咥え煙草をした男が立っていた。
左目をバンダナで覆ったその男は、行きつけのギャンブル場で何度か見たことのある人物だった。
「悪いな、左側が見えにくくってよ」
男がバンダナに覆われた左目を指差しながら言う。
謝罪の様子からして、ぶつかってきたのはこの男らしい。だが、謝罪とは裏腹に男からは悪びれた様子は微塵も感じられなかった。その証拠に男の口元はニヤニヤと笑っている。
本当はその左目も見えているんじゃないのか? と懐疑的にに思いながらも「いや、大丈夫だ」とだけ返した。
そんなことより、一刻も早く煙草が吸いたい。手持ちの煙草を咥え、ライターを取り出そうと尻のポケットに手を入れる。
「…………ん?」
思わず声が漏れた。なぜなら、いつも尻ポケットに入れてあるはずのライターが見つからないのだ。
無意識にどこかにしまったのだろうかと服中のポケットというポケットを叩くも小さな硬い感触はどこにもなかった。折角、友人がくれた名前入りライターだったのに……、と肩を落としかけた時だ。
「火が必要そうだなァ」
私の様子をずっと見ていたのだろう、先程の男が声を掛けてきた。男の怪しさは払拭できていないが、このままでは満足に煙草すら吸えない。仕方がないと割り切ると男に応えた。
「あぁ、すまないが火をーー」
貸してくれ、と言い終わるよりも前に男が指を鳴らす。すると、乾いたパチンという音と共に、咥えていた煙草の先にポッと火が灯った。一瞬、呆気にとられてから慌てたように煙草を一口吸い、そして吐き出す。
「驚いた、まるで手品だ……」
テレビや遠目でしか見たことのない発火能力。それを初めて目の当たりにして、思わず独り言が溢れた。静かな興奮を覚えては、高鳴る気持ちを鎮めようと二度目はゆっくりと味わって吸う。
「発火能力で吸う煙草なんて贅沢だな、いくら払えばいい?」
「なァに、ぶつかっちまった詫びさ。だが、どうしてもってんなら、この後一杯どうだ?」
予想もしなかった男からの誘いに何故だか嫌な気はしなかった。何より、男が能力者だということに興味が湧いた。
「そうだな……」
いつもより美味く感じる煙草をまだ吸っていたい気持ちはあったが人に見られながらの喫煙は落ち着かない。最後の一口を空に向かってふぅと吐き出すと、名残惜しさを感じながら煙草を携帯灰皿に押し付け中に放り込んだ。
「なら、酒の肴にさっきの手品をもう一度見たいんだが、ライターくん」
勝手につけたあだ名で呼ぶと男は「ハハッ!」と愉快そうに笑った。
「じゃあ、決まりだな。良い店を知ってんだ」
ついてきな、と男が顎で路地の先を指して歩き出す。後に続こうとしたところで、男が急に立ち止まり振り返った。
「それから、俺はライターじゃなくてジョーカーってんだ」
『ジョーカー』を強調してきたあたり、あだ名は気に入らなかったらしい。今しがた知った男の名前を呟くように繰り返せば、ジョーカーは満足そうに目を細めた。
言動ならず名前までも胡散臭い男だ、と思ったものの、再びあの美味い煙草が吸えるかもしれない、と考え直せば、私の足は自ずとジョーカーを追いかけていた。

*

それから二年が経ち、失くしたことですら忘れた頃に私のライターは見つかった。しかも、驚くべきことに出てきたのはジョーカーのコートからだった。
本人を問い詰めればジョーカーはあの日、以前から気になっていた私を口説くために態とぶつかり、その隙にライターを盗んでいたらしい。
種明かしをされた私は苦笑するしかなかった。なぜならこの時、私は既にジョーカーの恋人になっていたのだ……。



20220130
まんまと騙され、捕まった。

(text)
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