寒夜


寒さに我慢できず、枕と毛布を掴んで二段ベッドから飛び降りたのは就寝時間をしばらく過ぎてのことだった。素足でペタリと着地した土の床はベッド以上に冷え切っていて、その冷たさに身体が一瞬でぶるりと震えた。冷気から逃げるように急いでベッドの下段に上がり込むと、膨らむ毛布に向かって小声で呼び掛ける。
「男主人公」
すると、毛布がもぞもぞと動き、寝ていたであろう男主人公が寝ぼけ眼をこすりながら顔を覗かせた。
「ふぁいぶつー、どうしたのぉ……?」
「寒ィ」
間延びした男主人公の質問に間髪入れず答える。男主人公は説明にもなっていない俺の言葉を聞くと、毛布ごと自分の身体を奥にずらし、空いたスペースをポンポンと叩いた。
「おいで、52」
その台詞を合図に、男主人公の横に体を滑り込ませる。ベッドは今いた男主人公のおかげで温かかった。持ち込んだ枕と毛布をささっと整え、ぴったりと身体を男主人公にくっつける。男主人公は俗に言う子供体温で、どういうわけか歳下の俺よりも体温が高かった。
「今日も寒いね」
「あァ」
早くも瞼を閉じた男主人公の顔は、話せば吐息の当たる距離にあった。それなのに、照れた様子もなければ、一向に俺を恋愛対象として見ない男主人公に内心重い溜息を吐く。子供とは言え俺だって男だ。添い寝をするのに下心がないわけじゃない。
「明日も早いし、もう寝よう」
俺の気持ちも知らずに男主人公が「おやすみ」と告げた。しばらくすると、男主人公からはすうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。寝ているのをいいことにその寝顔を眺めていると、視線の先は男主人公の唇へと引き寄せられた。形の整った綺麗なそれを見つめては、寝返って俺の唇に当たればいいのに、なんていう都合のいい妄想を繰り返す。そして、その度に告白ひとつできない自分が嫌になっていく。
「さっさと俺の気持ちに気付けよ」
ぼそりと吐き出した言葉は、男主人公の耳に届くはずもなく部屋の冷気へと消えていった。そして今日も男主人公の体温を肌に感じながら、悶々とした夜を過ごすのだ。


*


「寒ィ……」
部屋の寒さに目を覚ましたのは朝方のことだった。夜から朝にかけて冷え込むこのレンガ造りの秘密基地では、数日前から暖房器具が勝手に消える不具合が起きていた。そして、寝る時には隣にいたはずの温もりも、いつの間にか離れてしまったらしい。寒さに起こされた苛立ちも相まって、自然と小さな舌打ちが零れる。
温もりはベッドの端っこで丸くなっていた。すぐさま近付き、後ろから抱きしめる。頸に鼻を押し当て匂いを確かめるように大きく深呼吸をすれば、柔らかい髪がさらりと流れ、その隙間から昨夜付けた赤い華がちらりと覗いた。色白の肌によく映えたそれを右目に写しては、温かいスープを飲み干した時のような満足感と幸福感がじんわりと胸の中に広がっていく。
すると突然、抱きしめたそれが腕の中でもぞもぞと動いた。
「んー……、ジョーカー……?」
どうやら起こしてしまったようだ。俺を呼ぶ声が掠れているのは寝起きでなのか、それとも昨夜のお楽しみでなのかは分からない。
「男主人公、寒ィ」
「暖房、また切れたの?」
「そうみたいだな」
「つけないの?」
「面倒くせェ」
「じゃあ、僕が……」
つけてくるよ、と俺の拘束を解き男主人公が上体を起こす。だが、そのまま行かせるつもりはなかった。ベッドから降りようとする男主人公の腕を掴むと勢いよく引き寄せた。
「ぅわっ!?」
驚く声を耳にしながら、男主人公を正面から抱きしめる。
「ここにいろ」
なされるがまま両腕にすっぽりと収まった男主人公が怪訝そうに俺を見上げた。
「ねぇ、暖房は?」
「んなもんいらねェよ」
そう、これまで何台もの暖房器具を使ってきたが、当然男主人公の温もりに勝るものはひとつもなかった。それはこの先もずっと変わらない。
「お前がいれば、それでいい」
どうせまた二人で汗かくんだ、とは口にせず、甘く蕩けるようなキスを男主人公に送った。


20211113
どんな冬の寒さも、この熱情には敵わない。
(text)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -