はじめてのプレゼント


「……買ってしまった」
店を出てから数秒も経たずに後悔した。
僕の右手には綺麗な紙袋。その中には丁寧にラッピングされた箱が入っている。
最後の最後まで悩み、とうとう買ってしまったこのプレゼントは、きっと今年も渡せないだろう。なんせ、これを渡すはずの相手は言葉の通り『行方不明』なのだから……。
「用意するなんて言わなきゃよかった……」
口から重い溜め息が出た。
ことの始まりは、今から十二年前に遡る――。

「……え? 今日って52の誕生日なの?」
52から告げられた内容に、僕は目をぱちくりとさせた。なんでも、今日が52の誕生日だと言うのだ。
「それは、おめでとう……」
「あァ」
とりあえずお祝いの言葉を言ってはみたものの、誕生日が今日だという事実に驚きが勝ってしまい、僕の口からは抑揚のない声が出てしまった。
「知らなかった」
「今、初めて言ったからな」
「だからって当日に言わなくても」
大聖堂に僕たち二人だけの声が静かに響く。
「だってお前、全然会いに来ないだろ」
「仕方ないだろ? 仕事でもない限りこんな場所には来られないんだから」
というのも、僕の所属は第一特殊消防隊だ。今日はたまたまバーンズ大隊長の付き添いで教皇庁に来ているが、本来は一隊員が易々と来られるような場所ではないのだ。
「で……、何かないのか?」
「何が?」
「何って、誕生日なんだぜ? 何かプレゼントはねェのか?」
その発言に、どうして誕生日を教えてきたのかを理解した。52は僕に誕生日プレゼントをたかるつもりだ。
「そんなこと、急に言われても……」
当日に言われたんじゃ用意できる物も用意できないだろ。困ったなと、試しに両手で隊服のポケットを軽く叩いてみるが手応えはない。念の為、ポケットの中に手を突っ込んで探ってみるが、当然中には何も入っていなかった。
「ごめん、あいにく今は何も持ってないんだ。次会う時までに用意しておくよ」
何も持っていなければ流石の52も諦めるだろう。次までに何か買っておこう、そう思った時だった。
「なら、それでいい」
52の指が僕の顔を差す。
「それ?」
52の差しているものが分からず、僕は首を傾げる。すると、52は流れるような動きで差していた指を僕の顎にかけた。次の瞬間、52の顔が近付き、僕の唇に温かいものが当たる。
チュッ――。
唇からリップ音がすると同時に、52の顔が離れていった。
「なっ……!?」
口からは驚きの声。心臓からはドッドッドッとまるで和太鼓を叩いてるかのような大きな音がする。顔が、熱い。
「なななな、なにすんだよッ!?」
「そんなに驚くことかよ」
「お、おおお、驚くに決まってるだろ!? 初めてなんだからッ……!!」
隊服の袖で口をゴシゴシと強く拭う。布が擦れて痛いけれど、唇に残っている感触を上書きできるだけマシだ。擦りながら52を見ると、僕のファーストキスが意外だったのか、52は珍しくきょとんとした顔をしていた。だが、それも一瞬のことで、今度は意地悪くニヤニヤと笑いはじめた。
「へェ、初めてだったのか。そりゃあ悪かったな」
「ッ……絶対悪いと思ってないだろッ!?」
「悪かったって。なんだったら次は、責任をとってお前のハジメテでも貰ってやるよ」
頬杖をつきながら52が僕を嘲笑うように言う。それを聞いた僕は、あまりに身勝手すぎる52の言動に大聖堂ということも忘れ、腹の底から叫んだ。
「次なんてあるか、バカ――――――ッ!!」

――こうして、52の誕生日である六月十四日は僕にとって忘れられない日になってしまった。
実はあの後、別でプレゼントを用意したが、僕がそれを渡すことはなかった。52が聖陽の影から抜け出したのだ。
次なんてあるか、という僕の言葉は現実になった。人は失って初めて大切なものに気付く、とはよくいったもので。僕が52を好きだと自覚したのは、彼が逃亡した知らせを受けた時だった。
それでも、いつか彼がふらりと現れ「プレゼントは用意できたか?」なんて言ってきそうな気がして、それを考えると今でもプレゼントを用意してしまう。今年で最後にしよう、そう自分を言い聞かせ続けては、渡せないプレゼントだけが増えていった。
今まで買ったプレゼントは全て、自室にあるダンボールの中で眠っている。そして、今日買ったプレゼントもまた、一週間後には他のプレゼントと同様、ダンボールの中に仕舞われるだろう。僕の諦めきれない気持ちと一緒に……。
人体自然発火現象が起きるこんな世界だ。いつ誰が死んでも可笑しくはない。もしかしたら彼はもう、と諦めていた時、彼が生きていることを知った。それは、今年開催された消防官新人大会だった。施設内に現れた侵入者として作られたモンタージュがまさしく大人になった52だったのだ。
生きていたんだという喜びとともに、悲しみが込み上げてきた。やっぱり、彼は僕に会いに来なかっただけなんだと。そして、その事実だけが僕の胸に黒くこびりついた。
彼への想いも、プレゼントも何もかも捨てられたら楽なのに……。
そんなことを考えながらふと顔を上げると、見知らぬ場所に立っていた。どうやら考え事をしていた間に、どこかの裏路地に迷い込んだらしい。目の前にはブロック塀、左右にはビルの壁。行き止まりだった。
「最悪だ……」
自分が情けなくなる。いい歳して考え事をしていた所為で道に迷うなんて。そもそも、なんで僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ! こうなったのも全部アイツの所為だ! 沸々と湧き上がってくる苛立ちに、ここに居るはずもないモンタージュ男を呪った。
今日一番の大きな溜め息を吐き、踵を返そうとしたところで不意に人の気配を感じた。気配は、僕の真後ろからだ。威圧的で嫌な気配に背中で静かに冷や汗をかく。
報告で聞いた白装束だろうか――。
恐る恐る後ろに向き直り、僕は目を見開いた。
そこには手配書で見た男が立っていた。ガタイも背も大きくなった、モンタージュより何倍もカッコいい――。
「ふぁいぶ、つぅー……」
口から名前がポロッと溢れると、煙草を咥える52の口元が上がった。
「よォ、久しぶりだなァ」
昔より低くなっている声、大人の色気が増している姿に思わずドキリとする。そこで、先程買ったプレゼントの存在を思い出した。いきなりの再会に緊張と羞恥心が襲ってきて、持っていた紙袋をそっと身体の後ろに隠した。だって、ダンボール行きを想像していたのに、まさか本人が現れるなんて。
「僕に、なんの用?」
彼に気持ちを悟られないよう、目を逸らし態と冷たく言い放つ。本当は今まで何処で何していたんだとか、元気だったかとか、聞きたいことは山ほどあった。けれど、今だに渡せもしないプレゼントを買っているなんて、バカみたいな自分を彼に知られたくない。
「なんの用って、誕生日プレゼントを貰いに来たんだよ」
じゃあ、なんでずっと来なかったんだ。そう喉から出かかった言葉を必死で飲み込んだ。紙袋の持ち手を握る力がこもる。
「お前に渡す物なんてない」
「おいおい、久しぶりに会ったっていうのにやけに冷てェな。もしかして、あのことまだ怒ってんのか?」
もう時効だろォ、と呆れた口調で52が言う。
「別に、怒ってるわけじゃない」
「だったら、ちゃんと目を見て話せ」
そう言って、52が僕に手を伸ばしてきた。
その姿にファーストキスの記憶が重なって、咄嗟に体を引く。そのまま距離をとるのにニ、三歩下がると踵が壁に当たった。行き止まりだ。首を回して後方を確認するが、逃げられそうな場所はない。
「逃げんじゃねェよ」
耳元でする声にはっと振り返ると、至近距離に52の顔があった。52は口から紫煙をふうっと吐き出し、僕に向かって吹きかける。
「うっ……!」
いきなりのことで、僕は紫煙を思いっきり吸い込んでしまった。煙たさにゲホゲホと咽せていると、途端に強い眠気が襲ってきた。
視界がぐらりと揺れる。何をされたのか分からず、それを考える思考もどういうわけか霞んでいく。手から紙袋がするりと抜け落ちた。とてつもなく眠い。ふらっと傾いた体は後ろの壁にもたれ掛かると、引力に従ってズルズルと滑り落ち、そのまま地面に倒れ込んだ。
プレゼントは無事だろうか。
「昔、言っただろ?」
52の声に、残っている僅かな力で顔を上げる。
「次は『お前のはじめてを貰う』って」
閉じかけた瞼の隙間から、昔と同じように意地悪く笑っている52の姿が見えた。変わっていないその表情を見届けると、僕の意識は闇へと落ちていった――。


20210624
Happy birthday !
Joker & 52 !
(text)
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