笑う門には福来る


※BL(紅ジョ)っぽい描写あり
※下ネタあり
※何でも許せる方限定




恋人/IF

新年早々、ジョーカーは第7特殊消防隊詰所に向かって歩いていた。詰所に居る恋人の女主人公に新年の挨拶をする為だ。いつもは浅草の住民で賑わっている街は、新年の観光スポットということもあり、今日は観光客でごった返している。

人混みを避けたジョーカーが路地裏に入ると、そこは猫一匹いない静かな小道だった。大通りの騒がしい場所から一転。粛々とした澄んだ空気が神聖さを醸し出し、その独特の雰囲気が新年を迎えたことを感じさせる。日が出ている時間とはいえ、まだ肌寒い季節に部屋着のような格好で来たことをジョーカーは少しだけ後悔した。


*


詰所に着くと、その入口には立派な門松があり、「七」と書かれた暖簾の上中央にはしめ縄が飾られていた。正月仕様の見慣れない風景に、ジョーカーは違和感を感じながらも暖簾を潜る。ガラガラと音を立てながら扉を開ければ丁度、見知った人間が玄関を上がっているところだった。その人物とは、第7特殊消防隊大隊長にして、最強の消防官と呼ばれる新門紅丸だ。彼も今日は隊服ではなく、正月らしく袴姿になっていた。扉の音に気付いた紅丸がジョーカーに振り返ると、その顔はにまにまとしている。既に何処かで酒を口にしたようだ。

「よォ、最強さん。今年もよろしく頼むぜェ」

ジョーカーが軽く挨拶をすれば、目だけ笑ったままの紅丸が「あぁ」と返す。ジョーカーはその表情に一瞬笑いそうになるが、なんとか耐えると頭の天辺から足の爪先まで紅丸を見た。

「しっかし最強さん、随分と粧し込んで……」

「ッるせ、新年の挨拶回りとか色々あんだよ」

「破壊王も大変なんだなァ」

「言っとくが、姉貴も今日は着飾ってるぞ」

「お、そりゃあ楽しみだ」

紅丸からの姉に関する情報にジョーカーの表情が明るくなる。そう、何を隠そうジョーカーの恋人とは紅丸の実姉なのだ。元が良いな女主人公が着飾った姿はめちゃくちゃ綺麗だろうな、早く会いてェ(あわよくば姫始めでも)とジョーカーは思った。浮き立つ足で「邪魔するぜ」と玄関を上がると、紅丸によって呼び止められる。

「ちょっと待て」

「あ?んだよ」

「姉貴に会いに来たんだろ?」

「だったら何だ」

「ついて来い」

返事を聞かずスタスタと歩き出した紅丸をジョーカーが仕方なく追うと、着いた先は紅丸の自室だった。そして、紅丸が部屋に着くなり笑った顔で一言。

「脱げ」

「は?」

「脱げ」

「は?」

「いいから、さっさと脱げ」

紅丸の突拍子のない言葉にジョーカーの頭に一瞬、少年時代の苦々しい思い出がよぎる。それと同時に「最強さんが俺を?」と一人困惑した。

「……話が読めねェな。俺を抱こうって気か?確かに今日はゴムを持って来てるが、それはお前の姉ちゃんと姫始めする為であって、お前さんとは――」

「そうじゃねェよ。それから姉貴を抱く気満々で来てんじゃねェ」

「じゃあ、なんだよ?」

「姉貴が着飾ってんだ、お前だけ部屋着って訳にもいかねぇだろ」

姉貴に恥をかかせるんじゃねェ、と言うと紅丸は予め用意していた桐衣装箱の蓋を開けた。

「なら、最初っからそう言えよ」

「最悪のことを想像しちまったじゃねェか」とジョーカーがこぼせば、「うるせェ、ほらさっさと脱げ」と紅丸がひと蹴りする。

紅丸は桐衣装箱の一番上に乗っていた帯を両手で取り出すと、それを見せるようにジョーカーに向き直った。

「テメェを着飾ってやるよ」

姉を取られた腹いせなのか、「粧し込んで」と言った台詞が気に入らなかったのか、三日月目で笑う将来の義弟がジョーカーは怖く感じた。(後にその姿が短鞭をしならせるSM嬢のようだったとジョーカーは語る。)


*


「おぉ!こうやって着てみると良いもんだな!」

紅丸に着付けてもらった自身の袴姿を見ながらジョーカーが嬉しそうな声を上げた。姿鏡に写るジョーカーは灰色の袴と深い臙脂色の着物を身に纏い、その肩には白い羽織が掛かっている。和装でも愛用の帽子は忘れていない。

「紺炉の若い頃のやつだが、裾の長さは大丈夫そうだな」

「着物のことはよく分からねェがサンキュー、最強さん」

「姉貴の前で早々と脱ぐんじゃねェぞ」

「それは約束できねェなァ」

ニタニタと笑いながら語尾にハートが付きそうな声色で言うと、ジョーカーは紅丸の部屋を後にした。向かう先は勿論、女主人公だ。まずは紅丸の部屋から近い自室に行ってみようと足を踏み出した時だった。タイミングよく、廊下の角から女主人公が出てきたのだ。

「お、今年も……ッ」

「今年もよろしくな」と言おうとしたが、ジョーカーは現れた女主人公の姿に息を止めた。

女主人公が纏う桜色の小紋は、彼女が持つ優しい雰囲気によく合い、唇にはいつもと違い鮮やかな口紅が塗られていた。髪も愛用の玉簪ではなく、藤色の花があしらわれた簪を挿している。

まるで人形みてェだ……とジョーカーは思った。それほどまでに美しかったのだ。

しばらく見惚れてから、ジョーカーはハッと我に返る。声を掛けようとしたが、その前に女主人公が動いた。だが、どういうわけか、彼女はジョーカーから目を背けるなり自分の顔を覆って逃げてしまったのだ。

「なっ!おい……ッ!」

ジョーカーの制止する声も聞かず、タタタッと走ると女主人公は廊下の角へと姿を消してしまった。そして、ジョーカーは不安に思う。

(俺は『また』何かしちまったのか……?)

と――。


*


ジョーカーは地下で育ったとはいえ、それなりに常識はある方ではあった。しかしそれは、あくまで皇国式の常識だ。原国主義者の多い浅草では独自の文化が今も残っており、それは同時に「浅草独自の仕来り」もあるということでもあった。

そして『また』というのはジョーカーが以前、女主人公が喜ぶだろうと軽い気持ちで彼女に簪を贈った時のこと。簪を見た女主人公が驚いた様子で「これはプロポーズですか?」と言ったのだ。勿論、浅草では簪が婚約指輪と同じくらいの意味がある物だと知らないジョーカーは、ただの贈り物で婚約話にまで飛んでしまった彼女に驚きと疑問を抱いた。幸いにも、それに気付いた女主人公は「男が女に簪を贈る意味」の説明をした。そしてその時、浅草には皇国とは別に浅草独自の仕来りがあることに、初めてジョーカーが気付いたのだ。当然ジョーカーにプロポーズの意思はなく、彼女に正直な気持ちを話せば誤解は解けてその話は片付いた。(後に、話の一部だけを聞き早とちりした紅丸に、ジョーカーは殺されそうになった)

文化の違いと無知によって問題を起こしてしまったジョーカーには前科があり、今回の件も『また』と思わずにはいられなかったのだ。


*


ここに居ても仕方がない。ジョーカーは女主人公に会いに行くことにした。どちらにしろ今日ここに来た目的は女主人公なのだ。決断すれば行動に移すのは早かった。そう新しくはない廊下を歩いて、女主人公の部屋に向かう。部屋の前に着くと襖は案の定、閉まっていた。ただ、誰かがいる気配だけは感じる。

「おーい」

ジョーカーが間延びした声で呼び掛けるが、待てども待てども中から返事はない。

「おーい、入るぞォ?」

再度、声を掛けるも部屋からはうんともすんとも返事はなかった。ジョーカーが痺れを切らすと(恋人の部屋に許可なく入るのは気が引けたが)目の前の襖をスッと開けた。そして、女主人公の部屋に足を踏み入れると、そこに女主人公は居た。部屋の片隅で顔を覆いながら体育座りで丸くなっている。

(さて、どうしたものか……)

ジョーカーは後頭部をポリポリとかいてから女主人公に近付いた。立ったまま「なァ……」と呼び掛けると、女主人公の肩がビクッと跳ねた。

「俺が何かしたのか……?」

寂しげにジョーカーが質問をすれば、女主人公は顔を覆ったままふるふると首を横に振った。

「じゃあ、なんだってんだよ?」

「……」

「黙ってちゃ分かんねェだろ?」

「…………せん」

「あ?……悪ィ、聞こえなかった」

「袴姿のジョーカーさんが……格好良すぎて見られません……」

「…………は?」

女主人公の口から漏れた微かな声がジョーカーの耳に入ると、彼はその返答にポカンとした。カッコヨスギテミラレナイ? を頭の中で何度も繰り返して、漸く意味を理解する。そして、よくよく女主人公を見れば、着物から覗く肌が茹でタコのように赤くなっていた。ジョーカーは逃げられた理由が分かると「ハハッ」と笑った。

安心したジョーカーが女主人公の前で胡座をかくと、自身の太ももに頬杖を付いた。フッと笑ってから空いているもう片方の手で、垂れた女主人公の揉み上げを赤い耳にかける。覆った視界の中、急に触られたことに驚いた女主人公は更に身を丸めて小さくなった。その姿が可愛らしく、ジョーカーは喉でクククッと笑うと、優しい目で女主人公を見つめた。

「いつまでそうしてるんだァ?」

「……」

黙り込んでしまった女主人公に何をしたら顔を見せてくれるだろうと考えてから、ふと浮かんだ言葉を口にする。

「おせち、自分で作ったのか?」

『おせち』という言葉に女主人公がぴくっと反応する。そして、こくりと頷いた。皆に手料理を振る舞うのが好きな彼女のことだ、正月の料理も手作りしているだろうとジョーカーは踏んだのだ。

「俺の分は?」

ジョーカーが尋ねれば、女主人公は再びこくりと頷く。女主人公は好きな料理の話題で気が緩んだのか、ジョーカーには顔を覆う手も心なしか緩んだように見えた。

「あんたの作ったおせちが食いてェな」

「……」

しかしそれ以上、女主人公が動くことはなかった。ジョーカーは好きな女を相手に無理矢理は違ェしな……と悩んだ。しばらく考え、女主人公が自分から顔を見せてくれそうな台詞を口にした。

「今すぐ顔を見せねェと、布団に連れ込んでもっと恥ずかしいことするぜ?」

「ッ――!?」

ジョーカーの言葉に女主人公が簪飾りを揺らしながら勢いよく顔を上げる。その顔は先程、着物から覗いた肌に比べると更に赤さが増していた。恥ずかしさからなのか女主人公の目には薄っすらと涙が出ている。

「駄目ッ……で、す……」

か細い声で女主人公が言う。ジョーカーはやっと見れた顔にニヤッと笑うと、女主人公の両腕を捕らえた。

「あっ……!」

「やっと顔を見せたな」

再び顔を隠そうとする女主人公をジョーカーが許すはずもない。掴んだ女主人公の両腕を自身の手ごと左右に広げると顔を近付け、口紅がついた唇にそっとキスをした。

チュッと可愛いらしい音と同時に唇が離れると、ジョーカーの顔を見た女主人公が「ふふっ」と笑った。しかし、女主人公はそれだけでは止まらず、今度は笑いを耐えるようにくつくつと笑い始めた。さっきまで恥ずかしそうにしていたのに、急になんだ? とジョーカーは疑問を抱いたが、面白そうに笑う女主人公を見て、女主人公が楽しそうなら良いかと疑問を放り投げた。女主人公はしばらく笑うとやっと落ち着いてきたのか、申し訳なさそうに笑った理由を口にした。

「すみません、私の口紅がジョーカーさんの唇についてしまって……」

どうやらキスをした際にジョーカーの唇に女主人公の口紅が移り、その姿がツボに入ってしまったらしい。女主人公はジョーカーの唇を見ては「ふふっ」とまた笑った。

ジョーカーはまだまだ笑いの収まらなさそうな女主人公を見て、床までの道のりは長そうだと思い、もう一度女主人公の唇にキスをした。今度は笑い過ぎている女主人公の口を塞ぐ為に――。


20210108
Happy New Year 2021

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