※『ありふれた愛』後日談




「……で、結局今は二人仲良く同棲している、と」
「ああ」
学食のサラダ定食をちまちまと口に運びながら鉢屋はしかと頷いた。それを眺めていた尾浜ははあと呆れとも感嘆ともつかない息を吐く。
鉢屋の金色に近い茶色でウェーブをかけてぼさぼさと伸ばしていた髪は、今やすっぱり切られて色も柔らかい茶色に染められていた。雷蔵と同じにしたのだという鉢屋の声はなんとも甘く、その髪に触れる指先はまるで宝石を扱うかのように優しかった。

「あんな家好きでもなんでもなかったが、雷蔵が来てからはあの部屋で過ごす時間がなによりも愛おしいものになった。先週の休みには雷蔵の使う食器や枕なんかを一緒に買いに行ったんだが、雷蔵は私とお揃いの物を選んでくれたんだ。自分で食事を作るなんて死んでもごめんだと思っていたが今ではお揃いの食器を机に並べるだけで料理も頑張らなくてはと自然と力を入れてしまう。料理が美味しいと言ってくれる雷蔵の笑顔を見るとなによりも」
「ああああわかったよ!!お前が幸せなのは十二分にわかった!!」
放っておけばいつまででも話し続けそうな勢いの鉢屋に待ったをかけ、尾浜は彼を落ち着かせるために両肩をパンパンとたたいた。

「……で、どうなのよ」
「……はあ?」
尾浜が急にニヤニヤとしながら顔を寄せてくる。鉢屋は露骨に嫌そうな顔をして尾浜の顔を押しのける。それでも尾浜は笑いながらきわめて小さな声で言った。
「そろそろ同棲し始めて1ヶ月だろ、もう雷蔵とは寝たのかって聞いてんの!」
「なッ……!」
「あーでもお前たち初めて会ったときからもうずいぶんと仲良しそうだったもんなあ?……もしかしてもうあの日にはセ」
「勘右衛門!!!」

たえられなくなった鉢屋は顔を真っ赤にして声を荒げた。バンと強く机を叩いて立ち上がったせいで数人の生徒がこちらを振り返り鉢屋は気まずそうにすごすごと席に着いた。

「……てないんだ」
「え?」
それは蚊の鳴くように小さな声だった。聞き取れず聞き返した尾浜に、鉢屋は泣きそうな顔を向けた。
「……そういう関係になるどころか、私と雷蔵はまだお互いに想いを伝えあったことがない……。あの時私が引き留めたから雷蔵はうちに来てくれることになったが、雷蔵が私のことをどう思っているか、彼の口から直接聞けたことは一度もないんだ」
そこまで言った鉢屋は本当に涙をこぼしそうなほどに顔をゆがめたものだから、尾浜は慌てて鉢屋の背中を優しく撫でた。尾浜は雷蔵の気持ちなんて火を見るより明らかだろうと思っていたが鉢屋はそうではないようだった。

「ええと、確認するけど三郎、……お前は雷蔵のことが好きなんだよな?」
そう問えば鉢屋は悲しそうな顔をしながらもこくんと頷いた。
「それは友達としてではなくて、恋人になりたい『好き』で合ってるんだよな?」
重ねて問うても鉢屋は素直に頷いた。

正直、鉢屋を不破と引き合わせるまでの彼ではそれはとても考えられたものではなかったので尾浜は驚いていた。以前の彼はここまで感情的に話したり、ましてや悩みを打ち明けるなんてもってのほかだった。鉢屋をここまで変えたのは他でもない不破だ。尾浜はそんな鉢屋の変化ににまるで母親が抱くような喜びを感じつつもどこかで切なさを感じていたのも事実だった。
でも不破のことが好きで、いじらしいまでに一途な鉢屋のことを応援してやりたいと思っていたので尾浜はにっと笑ってみせた。

「お前らはさ、順番があべこべになっちゃったんだよ。気持ちばっかり先行してややこしいことになってる。そういうのはな、本人に直接話すのが一番だよ!」
「は!?」
「行こう鉢屋!直接雷蔵に好きだっていってやれ!」
「むっ、無理だっ!それができないからこうして恥を忍んでお前に相談したんだろうがッ!」
「大丈夫大丈夫。俺に任せとけって!」
颯爽とポケットから携帯を取り出した尾浜に鉢屋は本気で慌てだした。力づくで携帯を奪おうと奮闘するもそれは無駄な努力に終わる。取っ組み合っている最中に授業を終えた竹谷と不破が二人の方へと歩いてきたからだった。
いつもならここでぱっと嬉しそうな顔をして不破に駆け寄るのが常であった鉢屋も今日ばかりはそうもいかない。

「よお、二人とも何騒いでンの?」
「?あれ、三郎どっか行くの?トイレ?」
さりげなくその場を離れようとした鉢屋は、不破に名前を呼ばれてびくりと肩を跳ねあがらせた。ぎこちなく振り返りおどおどと視線を彷徨わせる。

「……もしかしておなかでも痛い?つらいなら家まで送ろうか?」
近づいてきた不破はそっと鉢屋の手を取って心配そうに顔を覗き込んだ。二人の距離がいちいち近いことにはもう皆慣れっこだったため誰も何も言わなかったが鉢屋だけは心臓をバクバクとさせていた。

心配してもらえて嬉しい、不破が傍にいるだけでふわふわと浮かんでしまいそうなほど幸せだ。それだけにこの状況を失うことは鉢屋にとって絶望的なことだった。ふと顔を上げると後ろで声を出さずにファイト!と口パクでこちらに声援を送る尾浜の姿が見えた。どういう状況かわかっていないらしい竹谷はとりあえず頑張れ!と謎のガッツポーズをして見せる。
竹谷のガッツポーズは特に大した応援にもならなかったが、鉢屋は心を決めて不破に向き直った。

「……雷蔵、あのな……」
「ん、なんだい三郎」
不破の笑顔は砂糖菓子のように甘く柔らかだった。思わず力が抜けていきそうなのをぐっとこらえ、鉢屋は不破を見た。


「私、……今まで一度も言ったことがなかったが、その、君のことが、す、す……」
「……三郎、」
なかなか言い出せず言いよどむ鉢屋に、不破は名前を呼んだ。顔を真っ赤にしてかすかに震える鉢屋の目には涙がいっぱいたまっていた。

と、ほんの一瞬だけ鉢屋の唇に何かが触れた。それは本当に一瞬のうちの出来事で周りも、そして当の本人である鉢屋ですら最初は何が起きたのかわからなかった。鉢屋から顔を離した不破が頬を染めて、「……あのね、」と口を開く。


「今まで言ったことなかったけど、僕、三郎のことが好き。三郎、僕のこと…好きかい?」

そう言った不破の声は、ほんの少しだけ震えていた。鉢屋はわなわなとふるえていたもののついに抑えきれず雷蔵!と叫んで不破に飛びついた。

「好き、好きだ。雷蔵、らいぞう、一番好きだよ、愛してる」
不破にぎゅうぎゅうと抱き着きながら鉢屋は何度も好きだといった。不破の肩口に顔をうずめてうりうりと擦り付ける様子は子供のようで不破はくすぐったいと笑った。




「うんうん、めでたしめでたし」
一方周りを気にすることなくいちゃつき始めた鉢屋と不破のすぐ後ろでは竹谷と尾浜が何かをやり遂げたような顔をして立っていた。

二人は人知れず、鉢屋と不破の一部始終を見ていた学食スペースの住人たちのきゃあきゃあと騒ぎ立てる声や、これからきっと大学一有名なカップルになるであろう友人らの良い当て馬になる未来なんかには、目も耳もかさないぞと固く心に誓っていたのであった。



はいはいごちそうさまでした!




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