俺と目があった東峰さんは、オーバーハンドでボールを受けようとしている姿勢のまま固まっていた。
 潔子さんがアンダーで上げたボールがふわっと宙に浮んでゆっくりと東峰さんの額めがけて落ちてきて、ポコっとおでこにあたった。俺があっ!て声を上げると東峰さんは慌てて目を逸らしておでこを抑えて、潔子さんに何か言ってから校舎の方へ一目散に走っていった。
 二階を見上げた潔子さんと目が会う前に、体が勝手に動いていて、尻もちついてる邪魔なヤツをひょいっとまたいで教室を飛び出してた。
 なんか誤解された!つか、ヘンな感じになっちゃったような気がする。このままじゃ、なんか気持ち悪い!とにかく東峰さんに会って、話をしなきゃ。
 会えるかなんかわかんないのに、俺はとにかく一階に向かった。二年生の下駄箱のところを見に行ったんだけど、いなかった。でも、東峰さんの下駄箱をのぞきこむと、女子にしては大きなスニーカーがしまわれていて、その代わりに上履きがなくなっていた。きっと校舎の中に入ったんだろう。そうしたら、教室に戻ったのかな?
 東峰さんのクラスへ行こうかと考えながら、なんとなく昇降口を通り過ぎて使われていない空き教室が並ぶ奥まった廊下に足を踏み入れたら……生徒のいたずら防止のために鍵がかかっているはずの教室のドアがバレーボール一個半分くらい開いてるのを見つけてしまった。
 どうして開いてんだろうと単純に考えて中をのぞくと、薄暗いガランとした殺風景な教室の窓にかかった黒い遮光カーテンの裾を弄っている丸まった大きな背中を見つけつけた。白い体育着からのぞく襟足に、簡単に束ねて丸めた艶々した黒い髪の後れ毛に俺は胸を強く突かれたみたいに息が詰まって、すぐに声をかけられなくなった。それに、なんだか変な感じ。なんだ、これ?
 一瞬、フセーミャクかと思ったけど、深呼吸をしたらすぐに直ったから、気を取り直してガラリとドアを開けた。
 気配に驚いて、びくっと靭い肩を跳ね上げて振り返る東峰さんの表情に、今度は俺が驚いた。
 だって、真っ赤になって今にも泣き出しそうな顔をしていたから……。
 また心臓だか肺だかがきゅっと痛くなったけどそれを無視して、俺は東峰さんに駆け寄った。
「泣かないでください」
 大きな体にくっつくくらいの距離から、東峰さんを見上げて赤くなってる目元に手を伸ばしてそっと撫でた。手のひらに触れた肌の汗を含んだみたいなしっとりした質感とか思ったよりアツい温度とかが、すごく気持ちいい。きっとさっきみたいに東峰さんを見つめたり、東峰さんのことを考えたりするときとかにきっと、この感触を思い出すんだろうな。
 東峰さんは、唇をぎゅっと噛んだまま眦が下がった目を見開いて固まってしまったけど、前髪の上げられたおでこやら少だけ頬骨が高いほっぺたを何度も撫でていると少しずつ力が抜けてきたみたいだった。 噛んだままの唇が白くなっているのが見えて、俺は人差し指と中指でそこをなぞると、硬く強張っていたそこがふわりと解けるみたいに緩んだ。一瞬にして、白い唇に血が通うのがはっきりわかった。太めの眉尻も下がり、目蓋も少し閉じかかっていて、東峰先輩の両の目はとろんとしていた。厚ぼったい唇がゆるっと開いて、舌のあかい色がのぞいているのが見えた。その小さな隙間から、音もなく吐息が漏れてそれが俺の耳を掠める。
 俺は無意識にゴキュッと変な音を立てて生唾を飲みこんでいた。
 な、なんだ……この人?なんだか、こう、飲み込まれちまいそうな感じがするっ。東峰さんってすごい、いろっぽい?ああ、そうだ。東峰さんって、コートじゃ勇ましいけど、素だとスゲェ艶っぽい人なんだな……。


つづく

 
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