「何見てんだ、西谷ー?」
 昼休み、二階の教室の窓から首を出してぼーっと外を眺めていた俺にクラスメイトがニヤニヤしながら話しかけてきた。
 話し方がすごく人をからかうような、スケベったらしい嫌な感じだったから俺は口をへの字に曲げた。曲げたくて曲げたわけじゃないけれど、思ったことが顔に出ちゃうんだよ。
 ああ、メンドクサイのに見られちまったなぁ、なんて苦く思っても後の祭りだ。
「別に……」
 俺が窓から首を引っ込めると、そいつはニタァっと笑った。
「あれー。ここからだと校庭が良く見えるじゃん。三年の女子が二人でバレーしてんのかー」
 俺はぎくりとした。
「何だよ西谷ー。お前、三年の清水先輩のこと見てたのかよー。あの先輩は綺麗で目立つもんなー。そら、男ならついつい見ちゃうよなぁ。何?西谷はあの美人さんのこと気になるわけ?でも、あの人身長お前より高いぞ」
 なんだ、その人を馬鹿にしたような言い方は。イラッとする。こいつ、女子の話が絡むといっつもこうだよ。ちょっと軽いけど、いつもはこんなに絡んでくるヤツじゃないのに。
「違ぇーよ。確かに潔子さんはキレイでウツクシイけどな、俺が見てたのは潔子さんじゃねぇーよ。なんで決めつけんだよ?」
「はぁ?なになに、潔子さんってなに?なんで名前で親しげに呼ぶわけ?」
「馬ッ鹿!潔子さんはな、ウチの部のマネで女神なんだよ!」
「ああ、そうか……そういや清水先輩は男バレの女子マネだったもんな。じゃあ、お前が見てたのって……あっちのすごいデカくてちょいゴツイ方?確かあずまナントカって人」
「東峰旭さんだよっ!」 
 本ッ当にムカつくな、こいつ。確かに、東峰さんは背が高い。180cmくらいあるだろう。けどな、ゴツイとか失礼な言い方すんじゃねぇよ。あの人はあれでいいんだよ。
 スパイクを打つあの人を姿をひと目みたその日からトリコになった。女子離れしたスゲェスパイクは、まるで弾丸みたいにブロックの壁に穴をこじ開けてコートに突き刺さった。ドンってスゲェ音が空気を震わせてびりびりと俺の体の芯を振るわせたのを思い出しただけで、今でも心が痺れるんだ。東峰旭っていうひとの凄さをわからない野郎はでかいとかゴツいとか勝手なことを言うけど、あの強烈なスパイクは、あの人のあの体格じゃなかったら、繰り出されるわけがないんだから。あの人はあれでいーんだよ!
「あー、あの先輩って微妙だよなぁ。ブスってわけじゃないけどさぁ、なんか独特な顔してるし、傍にいると威圧感感じそう。とにかく、どこもかしこもでかくてゴツすぎるだろ。特に、おっぱい。かなり巨乳。でも筋肉っぽくて柔らかそうな気がしない」
 ココココココ、コイツ!言うに事欠いてなんてことを!!しかも、声がデカイから教室の中は勿論、校庭にまで声が聞こえているかもしれない。
「て、てめえっ!どこ見てやがるっ!」
 思い切り睨み付けてやると、軟弱なスケベ野郎はたじたじになってそれでも校庭の東峰さんを指差して言い募りやがった。
「だ、だって、男は皆巨乳好きだろっ。お前、嫌いかよ?」
 俺はうっと言葉に一瞬詰まってしまった。
「そ、そりゃ、俺だって男なわけだからおっぱいは好きだ。それに、東峰先輩のおっぱいが硬いか柔らかいかなんて触ってみなきゃわかんねぇだろうし、別に俺はどっちだっていい……って、おい!なに言わすんだよっ。違うだろうが!そういう問題じゃねぇ!」
 ガーッとわめいたらビビッてはいるけど、口だけは減らない野郎で、まだ口を閉じない。
「い、いいや、そういう問題だろ。西谷はおっきいおっぱいが好きだから、東峰だっけ?あの先輩がいいんだろ」
 だから、お前は声がでかいんだよ!
「しつけぇ!テメェ、いい加減にしろよッ!」
 今俺がここで校庭を見てたのがまるで、東峰さんのおっぱい目当てだったってとんでもねぇ誤解されたらどうしてくれんだ!
 流石にイライラがピークに達して俺はスケベ野郎の学ランの胸倉を掴み上げてガクガク揺さぶった。
「ぐ、ぐえ……西谷、苦しいっ。そ、それにお前の声のが大きい……」
「黙れ、反省しろ!それから、」
 東峰先輩のことを二度とそんな風に言うなよ……と言おうとしてチラリと校庭を見ると、目があったんだ。
 誰とって……東峰さんと、だ。
 え?もしかして、今の話。
 聞かれてた?
 俺は思わず頭が真っ白になって、学ランの襟を掴んだ手から力が抜けてドスンとクラスメイトが尻もちをつく音をどこか遠くで聞いていた。
 



つづく

 
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