部活のない日に、ロードワークは欠かせない。身体を休めるのも大切だけど、あまり甘やかすと動かなくなる。今日は夕方まで雨が降っていたから、路面の水が少しでも捌けるのを待って家を出たのは夜の8時半を回ったところだった。
 湿気た夜の空気を肌に感じながら住宅街を抜けて、区役所通りを回り駅の前を通りかかるまでは約三十分くらいだ。だから、黄瀬とばったりと駅前であったのは9時過ぎくらい。
 割と人が多い駅前のバスロータリーを走っていると、オレに向かってもの凄いスピードで駆け寄って来る見覚えのある姿が見えた。帽子を目深に被って縁の太いメガネをしているから顔はよくわからないけれど、恥ずかしい呼び方でオレのことを呼んでいる。しかも、声がデカイ。
「かがみーっち!!」
 こんな呼び方をするのは一人だけだ。
「き、黄瀬!?」
 本当は黄瀬を無視して走っていってしまいたかったけれど、人垣を縫って進むスペースがなかったから仕方なく足を止めてしまった。だが、それをオレは激しく後悔することになった。
「火神っち!オレのこと殴ってほしいっス!」
 何をトチ狂ったのか、唐突に現れた海常のイケメンモデルエースは自分のことをぶってくれとありえないことをのたまった。 
「はぁっ!?なんなんだよ、テメェは!いきなり来て、殴ってくれとか言い出して!頭ダイジョーブか!?」
 怒り半分、心配半分で突っ込むけど、黄瀬はオレの言葉は全く耳に入っていないらしい。
「いいから、オレのことをシバいて!あ、笠松先輩みたくして欲しいっス」
「人の話を聞けよっ!つか、なんだそのカサマツ先輩みたいにシバくっつーのは!そんなん知るかよ!」
 イラッとして怒鳴ると、周りの視線がチラチラとこちらに注がれるのがわかってオレは思わず口を噤んだ。恥ずかしい……悪目立ちしてる。
「あと、これを何も言わないで受け取って」
 人が怒っているというのに、一人で興奮している黄瀬はこっちの気持ちなんぞおかまいなしに手に持っていた紙袋をぼすっと勢い良くオレの胸に押し付けてきた。
「なんだ、こりゃ?」
 オレが首を傾げると、黄瀬の馬鹿野郎がとんでもないことを口走り始めた。
「火神っちにあげるっス。オレはそれのせいでこんな人通りの多い場所じゃとても言えないようなエロ妄想にとりつかれているっス!」
「ちょっ!おまっ!公衆の面前で何言い出しやがる!黙れ!」
「火神っち、マジでオレやばいっスよ!このままじゃ先輩の×××にオレの×××を××しちゃいそうっスよ!このままじゃオレ、自分がなにしでかすかわからないし、先輩に合わせる顔がないっスー!なんとかしなきゃ!」
 ありえねぇ。なんなだよ、コイツ!立ち止まらなきゃ良かった……無視すればよかった!
 隣を通っていたサラリーマンやさっきからこっちをチラチラ見ていた女子大生がぎょっとした顔でオレらを見ている。しかも、黄瀬の後ろで立ち話をしてたどっかの学校の制服着た奴らがこっちを見ながらニヤニヤ笑って『あいつら、なんで駅前で堂々と猥談してんの?』『頭ヤバくね?』とか後ろ指さしてる。それなにの、そんなことにも気づかない黄瀬はまだ興奮して一人でなにやら喋っている。
「テメェいい加減にしろ!なんでオレを引き止めた!嫌がらせか!?オレまで変な目で見られんじゃねぇか!ざけんなぁ!」
 ドカッ!と一発尻に蹴りを入れてから、押し付けられた紙袋を返すことすら忘れて、そのまま全力疾走で黄瀬から逃げ出した。




−−中略−−




「最悪のロードワークだった……」
 吼えながら追いかけてくる犬を脚力でもって振り切ると、なんとか自宅マンションに辿り着いたオレはそのままバスルームに直行した。押し付けられるがままに持ち帰ってしまった紙袋を洗面台に置いてすぐにシャツを脱ぎ始めた。脱いだものを全て洗濯機の中につっこんだところで、そーいやあの中には何が入ってんだ?と紙袋の中身が気になった。
 黄瀬がなんであんなとこにいたのかもわからなければ、どうしてコレをオレに渡したのかもわからかったからな。普通なら、あの場で聞くのが自然なんだけど、会話にすらなんなかったし。
 素っ裸の間抜けな格好のまま、黒い紙袋の中から綺麗にラッピングされたバッシュの箱くらいの大きさの包みを取り出す。
「これ黄瀬のファンからのプレゼントとかじゃねぇだろうな?」
 コレはオレが開けちまっていいのか?でも、黄瀬はとにかく受け取れって言ってたしな。まさか、黄瀬がオレにプレゼントを贈るなんてこともねぇだろうし。
「うーん、とりあえず開けてみっか」
 見たことのないロゴがプリントされた金色のシールをソロソロと剥がし、包装紙を開いてギフトボックスの蓋をあけるといくつか入っている銀色のビニールパッケージのひとつを摘み出して、封を切る。そして、中からずるりと引っ張り出したモノを見て、オレの息が一瞬止まった。
 それはサイズの違うスーパーボールみたいなのが7、8個数珠つなぎに繋がったスケルトンピンクの物体だった。オレは目ん玉をひん剥いたまま、ギフトボックスとソレをいっぺんに取り落とした。ボトリという音と、ジャラっという音がしていたたまれなくなった。
「な、なんなんだよ、コレ!アダルトグッズじゃねぇかよっ!しかも、アナッ……!」
 アナルビーズとかっ!ど、どーゆー意味なんだ、コレは!?あああああ、あの野郎は何が言いたいんだっ!?
 赤くなったり青くなったりしていたオレは動揺のあまり、床にアナルビーズを放置したまま脱衣所と隣接しているバスルームに飛び込んだ。
 急かされるようにシャワーヘッドを取って、勢い良くコックを捻ると冷水が頭のテッペンに降り注いできた。けど、それすら気にならなかった。さっき見たアナルビーズが眼に焼きついて離れない。
背中がを流れ落ちているのがシャワーの水なのか冷や汗なのかよくわからなかった。
黄瀬はどうしてオレにこんなものを寄越したんだろう。そもそも、黄瀬が自分でアナルビーズを買ったのか?これを持ってるとエロ妄想がなんとかかんとかって言ってたような気がしたけど。わけがわかんねぇ。確か、ギフトボックスの中には他にも他にも色々入っていたみたいにだったけど、全部こんなんばっかなのか?それにしてもアナルビーズなんて一般向けじゃねぇ。こんなマニアックなものを一緒に入れるなんて……まぁ、コレは女だって使うけどな。ゲイオンリーのグッズってわけじゃねぇし。でも、恋人がいるわけでもない男のオレにこれを渡したわけで……まさか、アイツはオレがどうやって一人でマスターベーションしてるか知ってるのか?それでこれを渡したのか?
「あ……」
体が震えて 、まだシャワーが冷水のままだということに気がついた。 随分冷えてしまって、肌が粟立っちまっていた。乳首も勃ちあがっていて、オレは慌ててシャワーの温度を調整して温水に切り替えた。
ゆっくりと水音が上っていって、肌に心地いい温度になっても乳首は柔らかくならなかった。
なんだかむずむずして思わず伸ばしそうになった手を、はっとして引っ込めて髪と体を洗った。それでも、気を反らすことができなくて、ボディソープで体を洗っている時に指先に乳首が引っ掛かって、声が上がってしまった。そっから、もう我慢できなくて。
「あ、ぅん……」
ぷっちりと赤く色づいている突起をきゅっと摘まんで、転がした。結構キツめの快感が乳首からペニスに伝わる。目を閉じて左右とも飽きるまで いじる。真っ暗になった瞼の裏にマジックみたいなパスを出すあまり大きくない手と黒いリストバンドが印象的な白い手首が浮かびあがってきて、ぶわっとペニスが膨らんだ。
 それは紛れもなく、オレの影を自称する相棒の黒子のもので。
「うぅっ、勃っちゃった。こんなん、ダメなのに……」
そろそろと黒子より一回り大きい自分の掌でいつもよりゆっくりと握る。
黒子はバスケのパートナーで、こんなことで世話になるのはおかしいのはわかってる。だって黒子のことを恋愛対象として好きかといわれたら、わかんねぇし。そもそも恋愛っていえるような恋愛したことなんかねぇんだ。興味ねぇし。でも、恋愛なんていうよくわからないもんとは別にして、男の体には性的な欲求が凄ぇリアルに存在する。それを自分の体で自覚したのはエレメンタリースクールを卒業する少し前くらいに、チームメイトにAVをみせられて、体がムズムズした時だった。当時のオレは割りと仲の良かったチアガールの彼女がいる5才年上のストバス仲間に相談してみたんだ。そしたら、マスターベーションのやり方を凄く詳しく教えてくれた。けど、これが悪かった。そいつはルックスが良くて女からワーキャー言われてたけど、すっごいマニアックなヤツで普通にペニスを擦るやり方(これだけでも何通りもあった)から食い物や日用品を使った方法に、乳首をいじる方法まで色々教えられた。
なかでも、一番最悪っつーか取り返しのつかないのが……マスターベーションするときはケツをいじるのが当たり前だって教えられたんだ。その場にはタツヤもいたけど、なんにも言わないで肩を竦めてただけだったし、オレはそれを信じちまったんだよ。
だから……。
「ん、あぁ」
オレは息を吐いてボディーソープで濡らした指を尻のすぼまりにあててゆっくりとマッサージを始めた。本当はそれ用の粘度の高いローションがいいんだけど、さすがに風呂場には置いてない。
ペニスの頭を重点的に擦りながら、指を一本じりじりと入れていく。自分でするのに慣れてるけど、いつだって最初に入れるのは慎重だ。何度したって、そんなに緩くはなんねぇし勢いよく入れたら痛ぇ。
試合の時に、オレの名前を呼ぶ黒子の少し息の上がった感じの掠れた低い声を思い出す。試合の時には意識しないけど、あれは結構セクシーだと思う。
「ろ、こぉ……」
入れてしまえばそれなりに動かしても大丈夫だから、オレは好きなように指を使った。
名前呼びながら浅いところを擦るとすごく興奮するとか、ねぇよな。自分でも軽くヒく。こんなん、駄目だってわかってる。なにより、アイツに失礼だ。どうして、こんなにオレは黒子に欲情するんだろ……。
「あ、う・・・・・・熱ぃ」
やけに顔が火照る。なんか、今日はいつもよりいやらしい気分になってる。指も気持ちいいんだけど……さっき見たアナルビーズがずっと気になっていて。オレはローションだけは通販で買ったことがあるけど他のアダルト系グッズを買う気にはなれなかった。だって、オレがそんなん買おうとしたら色々問題あるだろ。そもそも、道具まで手をだしたらヤバイよ、オレって凄く思ったし。それに、どうしても使ってみたったわけじゃねぇから無理に手に入れようとも思わなかったけどさ……でも、手の届くところにグッズがあると思うと我慢ができなくなる。
  ケツでマスターベーションするのはあまり一般的じゃねぇってことは今ではわかってる。でも……。
  オレは小さく息を吐いて指を抜くと、ふらふらと脱衣所に出ると濡れたまま座り込んで転がっているアナルビーズを掴んだ。





*TS3で発行した黒火本のプレビューです。

back top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -