朝も夜もありゃしない穴倉で汗と土埃に塗れ塵煙を浴び、空中に飛び散った岩盤の削りカスを肺一杯に吸い込みながら掘削して掘削して掘削して、その日一日が終わる。垢染みた身体を綺麗さっぱり洗い流す川原の水浴びだけが人生の愉しみだなんて、清廉潔白で禁欲的でまるで美談じゃないか。畜生め。
 文句を垂れながら地上に出ると、やっぱり気持ちがいい。空気が美味い。風が涼しく爽やかだ。それだけで幸せだと感じられるようになったのは小生をこんな目にあわせてくれた三成のおかげだ。礼に是非とも同じ目にあわせてやりたくなる。そうすりゃ、太陽のありがたみがわかるってもんだ。
「ほら、官兵衛さん。脱げたぜ。早く入った入った」
 小生の具足を外してくれていた人足が声をかけた。
「・・・・・・ああ。いつもすまんね」
 全くもって悲しいことだが、小生は身に着けている具足を外すことも一人でできやしない。人足に外してもらっている。身体がでかいぶん赤子より性質が悪いなんていいなさんなよ。両手がふさがってんだ、どうやっても自分で脱ぎ着なんかできっこない。小生がむさくるしい男に着物の脱ぎ着の世話までしてもらわにゃならんのは、小生から両手の自由を奪った刑部のせいだ。三成には穴倉へ追いやられ、刑部には手枷をつけられた。ああ、腹が立つ!
 小生だって努力はしたんだ。手首を拘束している木製の桎梏くらいは鋸で外せるんじゃないかと思ったが、甘かった。切れないどころか、鋸の刃が駄目になった。おまけに、鋸引きしてくれた人足が原因不明の熱で三日三晩寝込んだ。その間ずっと魘されていた。悪夢をみたんだとさ。何百、何千という蛾や蝶が身体に纏わつき、埋め尽くし、口やら鼻やら穴という穴をふさがれて窒息する夢だという。小生はぞっとしたね。それでもって、確信した。刑部のヤツの仕業だってな。
 やっこさん、鍵と鉄球くっつけてくれただけじゃまだ足りずに呪詛までかけてくれやがったのさ。
 そのせいで、小生は・・・・・・陣羽織が脱げないんだよ!くそったれ!
 素っ裸になってじゃばじゃばと音を立てて川の浅瀬に入っていく現場の連中の後について小生も川に入っていった。
 すると、川原に居た洗濯女達が仕事の手を休めわらわれと寄ってきた。こういう女達とねんごろになる人足も少なくない。
 きゃあきゃあと甲高い嬌声をあげる女たちと野太い声で囃し立てている男とたちの猥雑な風景を見ながら、なんだろうね。小生はこんな穴倉に放り込まれて鬱憤や理不尽で破裂しそうなんだが・・・・・・それはそれ、これはこれ、なんて思っちまう・・・・・・まぁ、この風景は悪くないね。
「兄さん、何か面白いもんでもあるのかい?」
 ぱしゃりと水を静かに掻き分ける気配がすると、小生の後ろには一人の色の白い洗濯女が立っていた。着物の裾を帯に挟んで、露にした脹脛やら脛やらの足の形が綺麗だった。それが川につかっていると、女肌の色が一層白く見えた。
「そんなに楽しそうに見えたかね。そんなつもりはなかったんだけどな」
 足元から視線を上げて顔を見ると、女は目を細めて笑った。猫を連想させるような目をした女だった。年は小生よりも二つ三つ上くらいか。村の女にしちゃ随分と垢抜けている。
「いえね、兄さん。あんた、今笑っていたよ。見りゃ、随分と不自由してるみたいだけど・・・・・・そんなナリでも笑っていたから、何が面白おかしかったのか興味がちょいと沸いたのさ」
 女はひょいっと首を突き出して手枷を嵌められた手首を覗き込んだ。
「何か悪いことでもやったのかい?」
「悪いことなんかしてないね。小生はちょいと、天下を取ろうと目論んだだけさ」
 女はふふふと笑った。笑うとますます猫みたいだな、この女は。動きの全てが静かで、しなりしなりとしてやがる。男好きする女ってのはこういうのを言うんだろうね。小生も嫌いじゃない。
「兄さん、あんた面白い男だねぇ」
 嘘でも冗談でもないんだがね。まぁ、信じられんだろうさ。小生だって、生かされている理由がはっきりわからんくらいだからな。
「気に入ったよ」
「そりゃどうも」
 いい女に好かれるのは悪くない。小生はそこらへんの嗜好は極々平凡な男だ。そう、至ってまともさ。
「どれ、あたしが身体を洗ってあげよう」
「こう言っちゃなんだが、小生は小汚いぞ」
「見りゃあわかるよ。いいからお座りよ」
 女に陣羽織の裾を引かれて、そのまま小生は鉄球の横に座り込んだ。やってくれるっていうんだから、お願いするとするか。自分で言うのもなんだが、小生はかなり汚いだろう。それをやってくれるっていうんだから、ありがたいじゃないか。お高い武家女と違って、村の女達はこういうところは実に大らかなもんだ。
 女は桂包を解いた布を濡らし、小生の身体を隅々まで丁寧に洗っていった。女の小さな手がここかしこを擦っていくのは、まぁ気持ちいいもんだ。
「髪も洗ってあげるよ。さ、身体を前に倒して」
 女は背中を押して前屈させると小生の元結を解いて、髪を漱ぐ。ばしゃばしゃと水をかけては洗って水をかけては洗う。
「痒いところはあるかい?」
 全部だと答えると女は笑って何度も繰り返し洗ってくれた。なやっぱり、いいもんだな。女っていうのは。ささくれ立った気持ちが癒される。
「さ、終わったよ」
 小生が顔を上げると、女が長く伸びた前髪を根本からぎゅっと絞ると水滴がぽたぽたと滴った。粗方水気が切れると、女は指を額の根本に差し入れて前髪を後頭部へと撫で付けた。
 これが・・・・・・少し前にあったことを思い起こさせた。晒しできつく巻かれた指が、こうして小生の前髪を掻き揚げたんだ。そして、憎まれ口を叩く。目は口ほどにもモノを言う、だから隠しておるんであろう?馬鹿にしたように、頭巾の間から覗かせた心底楽しげに病人特有の濁った紫の目を細めてにたにたと笑う。そんなものが、前髪を掻き揚げられた小生の目に映ったんだ・・・・・・胸糞悪い。けれど、小生は気になったんだよ。あの晒しで幾重にも巻かれた指先は、どこまでが生身でどこまでが晒しかってな。そうしたらえらく不安になった。不安になって、ついその手を掴んだら思い切り振り払われた。振り払った手を刑部は自分の胸元に引き寄せ抱きしめるとぶるぶると震えて、恨めしそうに小生を睨んだ。離せとも、触るなと言わずに、ただ怯えていた。それが忘れられない。
「おやまぁ、兄さん・・・・・・随分男前じゃないか。長い髪もこうみるとなかなか似合ってるよ」
 驚いたような声が上がって、そこで初めて過去から今へと意識が引き戻された。なんだってあんなことを思い出したんだ、小生は・・・・・・くそっ。
 開けた視界にいたのは女だった。目があって、女は小生の顔に頬を寄せて唇の両端を吊り上げてにっと笑った。紅などささずとも仄かに赤い蠱惑的なその唇の上には小さな黒子あった。
「兄さん、あんたの一張羅、ぼろぼろじゃないか・・・・・・繕ってあげるよ。うちにおいで?」
 女が小首を傾げて聞いてきた。その後ろに、川辺ではあまりみない蝶が一匹、秋津に混じって飛んでいるのが見えて、何故か躊躇っちまった。
「ねぇ、やもめは嫌いかい?」
 女が小生の濡れて肩に張り付いた髪をつつっと撫でる。
 誘われて小生は戒められた手首を振ってみせた。じゃらりと鎖が音をたてる。
「嫌いじゃないが、小生は枷つきだぞ。期待に添えるかね?」
 女は帯を解き、小袖を脱ぐと小生の肩に掛けた。熟れた白い女体を惜しげもなく晒しながら、きらきらと光る川面にざぶりと身を沈めた。
 さらさらと流れる川の水に水浴びをする女の長い黒髪が柔らかく靡く様を小生は黙って見つめていた。




*ここまで読んでくださってありがとうございます。続きはかんべえさんが姐さんの家に行って色々お話してねんごろになるんだけど・・・・・・一応は官吉です。続きはもしかするとオフになるかもしれませんし、このまま更新するかもしれませんし、ちょっと不明です。でも、書きたいとは思っています。



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