すぅっと伸びてきた家康の手に、三成は腕をやんわりと掴まれた。
「みつなり」
 呼ばれて躊躇いがちに家康の顔を見る。話をする時に、相手の眼を見るのはお前の癖なのだなと、いつであったか、家康に言われたことがあった。自身、そのような癖には気がついていなかったが、その通りだった。今も、家康の眼を見てしまったからだ。
 しかし、今回はその癖がいけなかった。
 濃い睫に縁取られた双眸に映る情(いろ)は、三成の想像だにせぬものだった。
 瞼を半ばまでとろりと下ろし、半眼になった瞳には、清と濁とが、純と淫とが、聖と邪とが入り乱れ、交わり、混在していた。
「・・・」
 三成は声もなく、ただただその情に圧倒され、魅入られた。
 家康の手が三成の羽織の袖を引く。決して強い力ではないのに、三成はいとも簡単に引き寄せられ、家康の体の上に覆いかぶさっていった。それでも肘を突っ張らせ、飲み込まれることを避けようとした。
 しかし、それも無駄なことだった。
 三成を咥え込んだ家康の膣がぞろりと蠢いた。
 情けない呻き声を上げそうになるのを辛うじて押さえ込んだ三成は、信じ難いものを目の当たりにする。
 家康は陵辱者である三成の背中に両手を回し、両足で胴を挟み、大きくその腰をくねらせたのだ。
 ずるりと、抜け出した部分がまた深々と飲み込まれる。持っていかれそうになったのを、三成は矜持だけで堪えた。
「ああ、三成・・・みつなりぃ・・・」
 蜜蝋が溶けて零れるような声音で家康が啼く。百合の香のような匂いがあたり一面に立ち込めるような幻に取りつかれた。脳髄が痺れるように甘く、体の芯が腐りそうな毒々しい匂いだった。幻だと思った。百合の花など此処には咲いてはいないのだから。
 三成の現は、家康を犯しているということだけだった。今もって、体の中に楔を深々と打ち込んでいる。
 三成の狼藉に家康の繊細な粘膜は裂けて、血を流していた。落花無残といった体をなしている家康に苦痛はあっても愉悦はないはずだ。
 だのに、いつのまにかぬめりを帯びた襞は三成に巻きつき、やわやわと締め上げてくる。生々しく、恐ろしいほどに卑猥であった。
「ぅっ・・・!」
 三成は苦痛よりも辛い卑猥な感覚に耐えかね、小さく悲鳴を上げた。理性で本能に抗うが、それも長くはもたなかった。鬩ぎあいの末、三成は堕ちた。鉄の意志は蕩け、真鋼の刃の形を失い、赤く熔けた鉄の塊に成り果てた。
 敗北の屈辱に打ちひしがれながら、己の腰をとどめておくことが出来ず、家康の足を抱え上げ、更に深くその身体に分け入った。持ち上げられた家康の足が三成の上腕に巻きつく。それだけではない。腕も、体も、眼差しさえも、全てが三成に絡みつく。
 何故、家康は抵抗しない?必ず牙を剥くと思っていたのに・・・何故?どうして、このようなことになった・・・。何故・・・。
 次第に自問の声さえ遠くなり、後は捨て鉢なったように家康の肉体を突き上げ、揺さぶった。締め付けてくる襞を擦り上げ、熱く潤む最奥をえぐる。
 三成は生まれて初めて肉の欲に溺れた。
「家康ぅっ・・・!家康ぅっ・・・!!」
 ここは地獄か極楽か・・・。百合の雌蕊から放たれるような強い香が一際濃くなったような気がした・・・もはや、幻とは思えぬほどに。
 自分は、触れてはならぬものに触れ、知ってはならぬものを知ってしまったのではないかと、空恐ろしくなった。
 家康の黒々とした瞳に浮かんでいた禁忌の情。
 強烈に焼きついたその色を瞼の裏に思い描いて、三成は上り詰めた。
「くぅ、家康ぅっ・・・!私は、貴様を・・・っ!!」
 無意識に口走ったが、言葉尻は声にならず、言葉にならず、己の中で形にすらならなかった。感情は三成の胸の奥で歪み、痞えた。
 今、三成はこの白とも黒ともつかないものを表す言葉を持っていなかった。
 三成は果てる瞬間、離さぬとばかりに食いしめてくる家康の中から己を引きずり出し、白濁とした飛沫を宙に放った。





*天下分け目のとき!

→禁色其の捌乃表

→禁色其の捌乃裏







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