三成は渾身の力を込めて、家康を薙ぎ払った。剣圧に家康の身体が宙に浮き、そして仰向けに地べたに叩きつけられる。斬った手ごたえはなく、堅い鉄を打った振動だけが刃を伝い柄に流れ込む。
 受身も取れずに地に背中を強か打ちつけた家康は息を詰まらせ悶えている。傍らに立つと、家康は身体を起こそうとしたが、三成はその胸を踏みつぶしそれを制した。
 家康があっと小さく声を上げた。
 三成にとって、それはいつもの所作だった。仰向けに転がした敵の胸を踏み自由を奪い、首を斬る。
 だが、いつもと違っていたのは草履の底に感じた感触だった。胴あてに乗せた踵がぐにゃりと沈み込むような何ともいえない感覚。三成は反射的に一瞬足を引きそうになったが、寸前で足を留めた。
 自分の足裏にあるやわやわとした肉叢(ししむら)の存在が何か思い当たって、舌打ちした。少しでも狼狽した己が心底腹立たしい。
 三成は右足に更に体重をかけ、家康の胸を踏んだ。肋(あばら)の一本も折れたかもしれない。家康が息を詰まらせ喘いだ。
「お前は、清廉潔白で、真っ直ぐで、純粋な男だ。本当は、わかっいるんだろう?」
「黙れ・・・貴様の言葉など、聞くに値しない。ただ、誓え!将としての己を捨て、私の前に金輪際現れぬと!」
 冷たくそう言い捨てると、家康はボロボロになっている両手を三成の足に伸ばし、触れた。
 そして、言い募る
「みつなり・・・操立てした男がいるならば・・・他の男にその操を汚されるのは、女性(にょしょう)にとってはひときわ辛いこと・・・」
 「・・・」
 これは、誰だ?
 この女は、誰だ?
 見たこともないような弱弱しく憐れがましい姿を晒して、三成の踏みつけられているのは、一体誰だ?
 これが、あの徳川家康か?
 己の肉体と拳のみを武器とし、馬に跨り大群を指揮し、三河のもののふに崇め奉られながら颯爽と戦場を駆けた武士か?同じ豊臣の将として己と供に戦場を駆けてきた同胞(はらかた)だろうか?
 息をするのも忘れて、三成は手にしていた白を家康の首の右脇に突き立てた。刃が、人を斬るのとは違う大地を穿つ鈍い振動を柄を握る手に伝えた。更に、足元に転がっていた合口を拾い上げ続けて左脇にも突き立てる。手を離した合口の黒漆塗りの柄に家紋が金泥で描かれていた。三成が相対していた敵将の兜にあった紋と同じものだった。
 三成は家康の上に馬乗りになり、首に手をかけた。
「言え、家康。言わねば、貴様にあるのは死のみだ」
 掌に力を込める。
「それはできん・・・ワシは、ようやく、朧気ながらも、成したいことを、成すべきこと見つけたんだ」
「・・・では、死ぬか?」
「ワシは・・・死ん、でも・・・誓わんぞ・・・。それに、戦場にいれば、必ず・・・お前と合間見えよう!」
「貴様ァッ!」 
 縊り殺さん勢いで、三成は五指に力を込めて家康の首を絞めた。
「く、あぁ!」
 苦悶に顔を歪めながらも、家康の眼は閉じることなく三成を真っ直ぐに見ていた。恐怖も苦痛も怨恨もないくせに、何かをしきりに訴えかける目だった。
 それが三成を更なる暴虐へと駆り立てた。
 何故、その心は折れないのか?何故、萎えないのか?嗚呼、苛苛する。
 死をも恐れぬというのなら・・・。
 ぞろりと、三成の背中で何かが鎌首を擡げた。戦場に巣食う、黒く禍々しい地を這う何かが、三成に忍び寄り、その横顔を撫で、耳元に囁きかける。
 死すら、厭わぬというのなら・・・死以上を以って、追い堕とすより他無し。
 その刹那、三成に魔が差した。




*ここから先は心身共に18歳未満の方と高校生以下の方は立ち入り禁止です。次はがっつりではないのですが、性的描写があります。どうぞお控えなすって・・・!

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