「くだらん情けをかけ、命を取らないでやれば、落ち武者となったあの男が有難がるとでも思っているのか!?そうだとしたら、貴様はうつけよ。皮相浅薄の極み!綺麗ごとだけ並べたて、付け焼刃でことを納めるだけではないか。それはただの偽善よ!己の欲望を満たしたに過ぎん」
 叫びながら、三成は己に嫌気がさした。
 他者のことなど、わかろうはずもないのになにを何故自分は知った風なことを嘯くのか。
 戦場に情などというものを持ち込む余地などないのに、結局はこうして家康の土俵に引きずり込まれる。感情的になりありもしない「もし」を語る。実に不愉快だった。
 それもこれも、目の前に立ち憚る家康のせいだ。
 家康の面には鞭に打たれたかのような表情を浮かび、握り締められた拳が微かに震えた。家康は言葉を返しはしなかった。
 三成は一度刀を鞘に納め、身を低くして再び柄に手をかけた。牽制を解き、いつでも本気の一刀を抜き撃てる構えをとったのだ。
「敵を生かして返し、それが後に災いして豊臣が竹篦(たけべら)で強か打ち据えられることにでもなったら・・・万が一があったならば貴様はどうその責を負う!?」
「お前の言うことはわかる。それでも・・・見逃して欲しい」
「まだ言うか!」
「もし、どうしてもあの将の首級を取って、奥方の亡骸をこの戦場に野ざらしにするというのなら、ワシを殺してからにしろ!誇り高き武家の女が嬲り者にされるのは、死ぬより辛いことなんだ!そこまで苦しみ抜いて逝った女(ひと)をこれ以上、辱めてくれるな、三成!」
 希(こいねが)うのは、いったい誰の言葉であろうか。誰がためであろうか。他人事というには、あまりにも必死で生々しい。
 ぞっと怖気たった後、総毛立ち怖気ついたかのような心持になったことに羞恥と口惜しさを感じた。次第にそれは怒りへと形を変え、身体中を巡り、血液という血液を沸騰させた。
 激情のままに三成は抜刀した。
 居合い抜きで厳しい一刀を打ち込めば、その刃を家康の手甲が受ける。
 鉄と鉄とが搗ち合い、火花が散る。
 一刀を止めた拳には、確かな力が備わっていた。それ故に、三成は尚更穏やかではいられない。
 三成の狙いは将のみ、女など・・・ましてやもう息絶えている女のことなどどうでもいい。手厚く葬ることは出来ぬが、この戦場の隅に小塚を築いてやることぐらいはできるだろう。しかし、今そのようなことを論じても詮無いこと。
 ただ、家康が許せなかった。
 男だ、女だと論じる前に、三成にとって徳川家康は一人の武将であった。
 豊臣の御為に戦う一人の武将でなくてはならないのに・・・その道を踏み外し背く行いが耐えられなかった。
「囀るな!貴様は豊臣の兵としてこの戦場に立つ資格はないッ!貴様のような輩が戦場にあっては私の・・・豊臣の足手まといよ!」
 重い一太刀を手甲が弾き返す。返された刃を再び返して、斬りかかる。
 幾度となくそれを繰り返した。
「認めぬ、貴様を認めぬ!私は豊臣の将としての、貴様を否定する!」
 拳と刀が交錯する、二人の距離が最も狭まった瞬間に三成は御しきれぬ激情で以って家康を睨めつけた。
「豊臣から去れ!その拳を二度と奮うな・・・この私の前に二度と姿を見せぬと誓え!」
「みつ、なり・・・」
 家康の拳の力は弱まらなかった。しかし、三成の名を呼ぶ様はいつになく力なく、瞠目する瞳にありありと驚きが浮かんでいた。
 交錯した刃と拳は互いに譲らず、押しつ押されつじりじりと鎬を削るが、最後に押し勝ったのは三成だった。



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