「貴様ッ・・・何故邪魔をする!?」
 敵将を追おわんとする三成を、家康がやめろと制止する。
 耳を貸さずに進もうとすると今度は三成の腕と胴に、筋が隆とした逞しい、しかしなが柔らかな曲線を描く女の腕が背後から絡みつき行く手を阻んだ。
 むしろ、縋るといった方が正しいかもしれぬ。それ程、家康は必死だった。
「三成、三成っ!やめろ・・・!」
 三成の胴に回された黄金色の手甲をつけた右の上腕はざっくりと斬りつけられ、今も鮮血を滴(したた)らせている。深くは無さそうだが、創は広範囲に及んでいた。
 油断、慢心、それ以外にこの女丈夫が斬られた理由が思い当らず、三成は歯噛みした。
「あれは豊臣に弓を引いた敵軍の将。なにより、私の軍と対峙していた一軍を率いていた将だ!私の獲物だ!貴様に邪魔はさせん!」
 振り払おうとすれば、具足をつけた身体を三成の背中に押し付け深く抱き込むように腕の力を強めた。
「やめろ、やめてくれ・・・!!見ろあの後姿を・・・!」
 左手を三成の腕から離し、指差した方には切り裂かれ襤褸切れ同然となった打ち掛けを羽織った女の亡骸を抱えて、まろびよろめきながら逃げ落ちてゆく武者の後姿があった。
「あの女人は・・・辱められ、殺されたんだ!豊臣の・・・ワシらの兵に・・・!今、敗軍の将として落ち延びてゆくあの哀れな男の妻だ・・・。頼む、三成・・・今だけは情けをかけてやってくれ」
 三成はこの女が斬られたわけを、ここで解した。
 戦場での横領、暴行は法度。実際目の当たりにすれば三成とて看過しない。だが、これとそれとは話が違う。
 あの一将兵を取り逃し、後にどんな遺恨を残すかわからぬ初心な女でもなかろうに。
「くだらん戯言をぬかすなっ!」
 怒鳴れば、黙らないと怒鳴り返された。
「ワシにはわかる!あの女御は泣き叫んでいた。辱められるくらいなら妾を殺せ、と。ワシにはわかる、あの女人が身を落とした先の地獄の苦しみが。救うことが出来ず、辱めを受けた妻の亡骸を引き摺って歩いていく、夫の無念も・・・」
 家康の口ぶりに、取りすがって許しを乞う態度に、腸が煮え、胸がやける。
 家康の奥に秘められている、三成の見たくもないものを眼前につきつけられたような気がした。豊臣の翼下に収まるまでの家康の経歴は、三成も知るところだった。
 心中では純然とその将としての器と力を認めていたからこそ憎らしくおぞましかった。
「貴様ッ!女であることなどうち捨てて戦場に立ち、拳をふるっているのであろう!一兵であるその貴様が今更何を語るというんだ!」
 三成は己の身から家康の腕を力づくでもぎ離し、振り返ると鞘を抜き放って刀を構えた。
「三成っ!」
 非難の声はもはや悲鳴であった。
「その刀創も、くだらん情に流されてわざわざ斬られてやったかのか?四の五の言わずに撃ち倒せばいいものを!私を失望させるなッ!」
 向けた刃の切っ先に家康を見遣った。
「どけ」
 そう、脅した。
 しかし、家康は軽く握った拳を具足を押し上げ隆起する胸の前に構えた。答えは否であった。




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