ベッドの軋む音が薄暗い俺の部屋に響く。何度も揺さぶられる度、吐息を吐き呻き声を上げるデイダラの姿に酷く興奮する。しかし奴は無様に声を漏らしたくないようで、自らの指に噛み付きその声を抑えてしまう。それに気を悪くした俺は煽るように奴の背中に手加減無しに爪を立てれば、痛みに目を見開き指の隙間から小さく悲鳴が漏れる。嗚呼、この顔は何度見ても飽きない。デイダラが更に強くギリギリと自分の指をくわえた。


「いいな、その顔。…ゾクゾクする」

「ふ…っ…し、ね…ッ!」


…まだそんなことを言うなんて。本当にお前は物分かりの悪い奴だ。そう心の奥底でこの身の程知らずを馬鹿にして、奴の前髪を掴み自分の方へ引き寄せて右手に力を込めた。拳がデイダラの左目にヒットして本日何度目かの嫌な音が部屋中に響き渡る。デイダラにはもう抵抗する力も残っていないようで、歯を食い縛りただ目を瞑っていた。しばらくしてから少し赤くなった瞼が開かれれば、汚れのない青い瞳は真っ直ぐ俺を捉え睨む。ここまで自分が不利な状況に陥ってもその目の色は変わらないのだから、力ずくにでもひん曲げてやりたくなってしまう。


「あ…ぃっ…!」


ズンッと強く腰を動かせば、跨った奴の体がビクッと反応する。まだ完全に解れていないデイダラの中は受け止めるだけでも相当の痛みを伴っただろう。デイダラは挿入の痛みから逃れようと体を捩じらせた。そんな奴を見かねた俺は、もっと痛がらせるのも面白いと思ったのだが、仕方なしに徐々に強弱をつけながら腰を打ち付けてやる。すると一瞬、今まで苦痛を含んだ声だったのが喘ぎ声に変わったのを見逃さなかった。


「どーした…気持ちイイんだろ」

「ん、…んんっ…!」


口元を抑えて首を横に振るデイダラに酷く欲情する。感じているくせに、どこまでも強情な奴だ。「デイダラ、」と少し吐息混じりに名前を呼べば、奴は息も絶え絶えにして俺を見る。その瞳は先ほどと変わらず、いや、先ほどよりも睨みを利かせて俺を映していた。その目が気に入らなくて、俺が呼んだにも関わらず理不尽にもその顔を思い切り殴った。









「あんたのその性癖…いい加減どーにかなんねーの?」


デイダラがぐったりとした様子で首筋に付けられた噛み痕を片手で押さえながら、呆れ顔で言う。俺はその様を傍で見下し「さぁな」とだけ返した。ベッドの上でその傷だらけの身体を投げ出す奴の体中には、至る所に青痣が出来ている。中には血が滲むほど強く引っ掻かれた傷まで。全部、行為の最中に俺が付けたものだ。それがまるで独占欲が形になったように思えて、俺は満ち足りた気持ちになった。


「殴られるこっちの身にもなってほしいんだけど」

「こうでもしなきゃお前相手に興奮しねぇんだから仕方ねぇだろ」


一瞬、デイダラの青い目が揺らいだ。傷付いたのか、そうコイツの反応を面白く思ったが、ガキが口を開いた瞬間、俺は一気に苛立った。


「オイラだって気持ちよくもない痛いだけのセックスに我慢してやってんだよ」


真っ直ぐ、俺の目を見てデイダラはそう言う。言うじゃねーか。その言葉にイラッとした。奴の体を瞬時に押さえつけると手を振り上げる。
バシッ、という音が部屋中に響く。殴られて真横を向く形になった奴は、首も戻さぬまま目を開くと俺を睨んだ。…気に入らねぇ。


「テメーは本当に俺を苛立たせるのが本当に得意だな」

「っ、」


デイダラの長い髪を乱暴に掴んでグッと自分の方へ引き寄せれば、奴は小さく声を上げて痛みに顔を歪める。その顔にぞくぞくと征服欲をそそられたのが事実だ。火の付いた俺は更に強く奴の髪を引っ張り上げ、寝ていた体を無理に上半身だけ浮き上がらせる。デイダラは先ほどの行為による疲労とそれに伴い俺からの暴力を受けて、とても抵抗できるほどの力はもう残っていなかった。そして俺は背中にできた引っ掻き傷を逆の手で探り当てると、容赦なく思いきり爪を立てた。


「いっ、ぁあ゛ッ」

「お前が悪いんだ」


お前が俺を怒らせるから。少しばかり血の滲んだ傷口を抉って悪戯に指先を動かせば、其処からぐちぐちと生々しい音が聞こえる。デイダラの目を大きく見開いた表情と苦しみ喚く声が心地よい。やめさせようと時々口を開きかけるが、それも俺の指先一つで遮られてしまう。嗚呼、その顔が凄く好きだ。自分が苦しめておいてよくもまあそんな調子のいいことを抜かせるのやら、と何処か他人事のように思った。しかしその矛盾が堪らなく気持ちいい。お前は言った、俺のことが好きだと。俺だってお前のことが好きだ。だからこそ、好きな奴が誰かに盗られたらと嫉妬に狂い不安になるのは当たり前だろ?相手の全部を自分のものにしたくなる。もっと俺を楽しませてくれ。もっと、もっと


「!」

「――ッはぁ、っ」


奴の背中から血が自分の腕の肘まで伝うのを感じたそのとき、デイダラが最後の力を振り絞って俺の顔面に拳を入れた。髪を引っ張り上げていた所為で、至近距離で攻撃を喰らった俺はベッドから転がり落ちて床に伏せる。離れろと言わんばかりに殴られて、ベッドの上でデイダラが痛みに絶えているのが荒い息でわかった。痛みは、ないのだが、右頬に手を添えればヒビが入っているのがわかった。そして触れたことが原因なのかそれはパラパラと小さく音を立てて崩れて床に散らばる。一瞬、意識がとんだ。
それから数秒も立たないうちにゴン!という凄まじい音が部屋中に鳴り響く。我に返った時には、まるで死んだようにピクリとも動かない様子で壁際にもたれかかるデイダラの姿が目の前にあった。そこからはあまり記憶がない。ただデイダラが目を覚ましたのは、このときから半日経った後だった。







「なに、」

「だから記憶喪失だと言ってるんだ」


アジトの地下にある医療器具が並み揃った病室へ続く長い廊下に、二人の男の声が響いた。リーダーの言葉が聞き取れず、と言うよりも信じがたい言葉だったため俺はもう一度聞き返す。しかし何度聞き返したところで、その答えは変わらなかった。


「頭部を強く打ったようでほぼ全ての記憶が丸ごと抜けている。自分の名前やもちろん暁の機密情報さえ覚えていない」

「!」

「心配するな。今やデイダラの戦力は今後の活動においても必須になっている。戦えないからといって始末することはない」


にしても、一体どれほどの力で壁に叩き付けたんだが。そう付け足してリーダーは一度俺をじろりと睨み、程なくして盛大な溜め息を吐いた。記憶がない、という事実を告げられたとき真っ先に浮かんだのが“死”という選択だった。使えない奴をいつまでもここに置いておく必要もないだろうし、ましてや何も知らずに外部の人間と接触なんてしたら組織の情報が外に漏れるかもしれない。しかしその心配はいらなかったようで、俺は顔に出さずに安心していた。


「アイツは…」

「今は子南が様子を見ている。だが、あんな状態にしたお前をデイダラに会わせるつもりはない。当然だ」


リーダーはそう言うと、この場から立ち去ろうとする。恐らく、いや、間違いなくデイダラの体中の傷を見たんだろう。自分の傍を横切り足音がどんどん遠ざかるのがわかるのに、俺は歩き出す奴を引き留められない。そして何秒か経った後に、やっと俺は動いた。


「…頼む。デイダラに会わせてくれ」


奴の肩を掴んで、振り向きもしない男に声を絞り出してそう告げる。何故だろう、あんな目に遭わせたのは自分なのにアイツのことが心配で堪らない。俺が人に頼み事をするなんて珍しく思ったのだろうか、リーダーは「次問題が起きたときにはメンバー編成を考えている」と言って一度俺の顔見て、また何事もなかったように歩き出した。もう揉め事を起こすな、という意味だろう。なんだかんだ言ってあの男は争いを嫌っている。一人取り残された俺は、奥へ続く病室に向かった。





キィ、と小さく音を立てて扉を開けば部屋一面が白い部屋に、白いベッドの上にいる手当てを受けた相方の姿と、すぐ横に子南の姿があった。デイダラは俺が入ってきたことに気付くと、俯いていた顔を上げて俺を見た。だが、まるで興味がないようにすぐさま視線を逸らされてしまう。小南はそんなデイダラの様子を隣で見て、少し険しい顔をして俺に歩み寄る。


「左目、とても腫れていたから眼帯で覆っておいたわ」

「……」

「サソリ。デイダラは貴方の人形じゃないのよ」


小南は珍しく強い口調で俺にそう告げると「また様子を見にくるから」とだけ言って病室を後にした。扉が閉まり空間が静寂に包まれる。小南から言われた言葉が頭から離れない。




「あんたも、あの人と同じアカツキって組織の人?」


先に静寂を破ったのはデイダラの方だった。記憶がないとは聞かされていても、やはりデイダラの顔を見るとそんなこと信じられない。デイダラは固まる俺をきょとんとした表情で見つめてる。


「本当に…何も覚えてないのか」

「?」

「俺のことも、今までいっしょにやってきたことも全部、何も、」


覚えてないのかよ、


ずかずかと大股でデイダラの前まで歩み寄って、上半身を起こしている奴の肩を強い力で掴む。がくがくと揺さぶられる奴は瞳を目一杯に見開く。いきなりそんなことをされて驚いたのだろう、デイダラは手を払いのけて俺から逃げるようにベッドから飛び退いた。俺はすぐにまた手を伸ばしたのだが、奴は一度びくりと肩を跳ねさせて一歩後退ってしまう。そんな姿に、ないはずの心臓が痛んだ。


「い、いきなり何すんだ…ッ」


デイダラは俺と一定の距離を保ち警戒するようにそう言った。デイダラからしたら初対面の人間に突然体を揺さぶられたことになるのだろうか。その表情はいつものコイツにはない、僅かな恐怖が浮かんでいた。そんなデイダラの様子に、先ほどリーダーから聞かされた話を認めざるを得ない。
何も言い返せずに言葉をなくす俺を見て「俺が何したっていうんだよ、」と聞き取れるか取れないかほど小さな声でデイダラは言った。ふと気に止まったのは滅多に出ない一人称。そしてウザいくらいに煩わしかった口癖も、今ではまるで俺の知っていたデイダラではなくなってしまった。お前はそうやって、俺のことまで忘れてしまったのだろうか。


「──サソリ」

「…あ?」

「俺の名前、だ」


体を強張らせて力を入れていた奴が、俺の言葉にふと力を抜く。そして俺の顔を見つめたまま動作がぴたりと止んだ。それに俺は思い出してくれたのでは、と僅かな期待を抱いたのだが、まるで聞いたこともないといった表情で「知らねえな」とデイダラは言った。期待を裏切られたとき、自分が一体どんな顔をしていたのかなんて、考えたくもなかった。


「それ…どうしたんだい?」

「…?」


デイダラが少々まごつきながらも指差したのは、先ほど奴から受けた攻撃で破損した右頬のことだった。デイダラは恐る恐る俺に近付いて、そのヒビの入った頬に触れる。


「すごく痛そうだ」


デイダラは先ほどの鋭い目つきではなく、いたわるような目でそう言った。なに、言ってんだ。いつもはそんなこと言わねえくせに。人形なんだから痛みは感じないんだろ、なんて自分の体中に出来た痣を見つめながら生意気抜かしやがるくせに、よ。
今にして思えば、奴の体はボロボロだった。時折ちらりと覗く前髪に隠れた眼帯が痛々しい。そんな体にしたのは俺なのに、何も知らないお前は不思議そうな顔をして固まる俺の顔を覗いてくる。今まで顔なんてじっくり見たこともなかったが、こうして至近距離で見てみるとデイダラは綺麗な顔立ちをしていた。それを俺が、傷付けてしまった。


「っわ…!?」


頬に添えられた手を引っ張って、引き寄せた奴の体を力の限り強く抱き締める。俺はお前の全部を欲しがるくせにお前のことを何もわかっちゃいなかった。今まで一つでも俺がお前の為に何かしてやったことがあっただろうか。強いて言うならその体に傷痕を残し、記憶を奪った。ただ、それくらいだ。


「なっ、何すん…!」

「もう少し、」


もう少しこのまま、それは自分でも笑えてくるほど弱々しくか細い声だった。最初は抵抗していたデイダラだったが、その言葉に徐々に体の力を抜く。もうこれ以上お前が傷付かないようにするから。約束する。だから、俺が愛したお前を返してくれ。そう思いながら痛いほどデイダラ(の体)を強く抱き締めれば、奴は何を思ったのか俺の背中を優しくさする。初めて、デイダラが俺の独り善がりな行為に応えてくれたときだった。











愛と君と僕の代償




お前が犠牲になったのは
独占欲を満たすが故




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りん様へ↓
甘、シリアスという御要望だったので勝手に旦那はシリアス視点、デイは甘視点にしたつもりなのですが…なんだか境界線が曖昧になってしまい申し訳ないです;
シリアス→甘展開、もしくは甘→シリアス展開のことでしたらすみません!
記憶喪失ネタ書けずに入りきらなかった内容いっぱいあるのでまた気分次第続き書きたいです(^0^)
リクエストありがとうございました!