※15禁くらい
「こっちに来い」
イヤと言うほど見てきたその皮肉たっぷりの表情と、そして憎たらしいほど美しい微笑を浮かべて自分を手招きする旦那。オイラは一度それをジロッと睨み、また視線を下に逸らして重たい腰を上げる。旦那が座るソファーの前で立ち止まると、グンッと右腕を引かれて旦那の顔がすぐ真正面にある形になる。
「またこんな地味な色塗りやがって…お前にはこんな色は似合わないって前に言っただろうが」
「いいじゃん、オイラこれが一番気に入ってるんだし」
「テメーの意見なんざ知ったこっちゃねぇんだよ」
引かれた右腕の黒く塗られた爪を見るなり、旦那はいきなり口うるさく自分の意見を語り出す。「なんで言うことを聞かねーんだ」と真っ直ぐ目を見てそう言われれば、もう言葉すら出てこない。言うことを聞かないって、そもそもオイラの体なんだしどうしたってオイラの勝手じゃないのか。旦那は毎度のようにオイラの身なりにあれこれ注文を付けてくる。どうやら旦那はオイラを自分の思い通りにしたいようだが、そんな理想を押し付けられるこっちの気持ちも考えてほしい。アレを着ろコレを着ろって?オイラは着せ替え人形じゃねーんだっての。なんて考えていたそのとき、いきなり掌を顔の前に突き出された。
「ん」
「…ん?」
「つめ。」
何かと思ったら、顎で自分の背後を指図される。旦那が指した方向に振り返れば、机の上に置かれたマニキュアが見えた。…そういうことか。旦那の意図を察したオイラは溜め息を吐く。早くしろとでも言いたげな顔で、自分を見つめる視線から一時だけでも逃れるように、腕を掴むその手を払って机の上のものを取りに行った。本当にこの人は、一体どこまで自己中なんだか。
「ほら、持ってきてやったよ」
「ならさっさと塗れ」
「…ったく」
手にしたマニキュアをちらつかせれば旦那の口から出たのは礼でも感謝を込めた言葉でもなく、自分を急かす言葉だった。別に期待していた訳じゃないけれど、胸の辺りに何かが突っかかったような気持ちになる。くそ、なんでオイラがこんなことをする羽目に。ことの発端はつい先週のことだ。
『お前が欲しい』
『…いきなりどうしたんだい、旦那』
『別に前から思ってたことだ』
また何を言い出すかと思えば。
オイラが欲しい?一体どういう意味なんだと疑いの目で旦那を見る。その顔は真剣な表情をして、まっすぐ自分の目を捉えていた。
『ど、毒薬の実験体なら前にも断ったけど絶対にヤだかんなッ、うん!』
『あぁ、確かにそれは惜しいがそういう意味でじゃねぇ』
『…!』
そういう意味でじゃない…ってことは実験体としてじゃなく、オイラ自体が欲しいって意味なのか?なんて考えが頭を過ぎって、ほんの少しだけ嬉しく思ったことは旦那には内緒だ。『だんな…』と自分でも無意識のうちに口から言葉が漏れた。
『俺は今、奴隷が欲しくてな』
……
こんな考えが歪んだ捻くれ者に、少しでも期待を抱いた数秒前の自分が情けない。実験体も奴隷も進んでなりたいようなものではない、むしろどちらも嫌なものには変わりないのではないのだろうか。
『ざッけんな!!誰がやるかッ』
『そう言うと思ってたぜ』
『っ、!?』
旦那が不気味に微笑んだと思ったその瞬間、傍にいたヒルコから長い尾が伸びて自分の体を取り巻く。そして喉元ギリギリで尖った先を突き付けられた。その尾から紫色の液体が滴り落ちているのを見たところ、ちょっとでも動いたらもうアウトだろう。旦那が指先をクッと動かして尾に体をキツく締め付けられれば、嫌でも自分の苦しそうな声が漏れて、それを見て旦那はまた黒い笑みを浮かべた。
『苦しいか?デイダラ』
『っ…、ぐっ…』
『お前次第だ。俺の言うことを大人しく聞くか、このまま喉元を斬られて毒と出血による痛みに悶えながらあの世へ逝くか…』
旦那のことだから、断ったりしたら本当にやりかねない。機嫌が悪いときなんかは悪戯にこの人に毒を盛られて、悶え苦しみ続けて瀕死状態になるまで解毒薬を与えてもらえなかったときもあった。そのときの自分を見る、まるでその光景を楽しんでいるようなイッた目を思い出すと、今でも全身が強張るほどだ。
くそが。こんなの酷すぎる、あんまりじゃないか。こんなところで、この人の都合で死ぬなんて、芸術になれずして、死ぬなんて
悔しさに固く紡いだ口を少しずつ開いて、聞き取れないほど小さな声で『やめてくれ』と言えば、旦那に聞こえたかどうかはわからないが、あの日のように旦那は楽しそうな表情を浮かべて笑った。
床に胡座をかいて仕方なしにマニキュアの蓋を開け、片腕を差し出す旦那の手を取る。少しイヤな匂いのするそれを小指から順に塗り始めれば、青に近い淡色の緑に染まる。なんだか髪が赤だから緑なんて合わないだろうと思っていたが、この人はなんでも似合ってしまうのだから気にくわない。
「ククッ、どーした?不貞腐れた顔しやがって」
「るせーな…」
頬杖を付いてニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべる旦那を一度睨み、また視線を戻して作業に入る。こっちは真剣になってやってるってのに、時々自分の様を馬鹿にするような内にこもった声が上から聞こえてくるから、憎たらしいったらありゃしない。肩を揺らして笑うこの人は相当ご機嫌なこったろう。今自分が他人に奉仕しているこの無様な姿を見下されていると思うと、腸が煮えくり返る思いだった。
「にしても暇だな……おいデイダラ、何か歌ってみせろよ」
「はぁ!?」
「暇潰し程度にはなるだろ」
はみ出さないようにと集中して爪を塗っていたとき、突然ふざけた注文が旦那から飛んでくる。顔を上げれば、とても冗談で言ったとは思えない真面目な顔をした旦那。何かって…んな無茶ぶりな。
「何かってなに、うん」
「なんでもいい。あー…あれは、お前がよく口ずさんでるやつがいい」
「…あぁ、でもあれ全部歌えな「いいから早く歌え」
まだ言い切っていないのに旦那は強めな口調でそう言うと、まるで自分を待っているような様子だ。それを見たオイラは小さく溜め息を吐く。本当に、何様気取りだ。
「…わかったよ」
ふんぞり返る旦那の視線に耐えられず、仕方なしに歌ってやる。その際にも手の作業はやめない。この人は一度言い出すと何が何でも自分の意見を曲げない。一番だけ、しょうがないから一番だけなら歌ってやる。
「……お前」
「なんだよ、どーせ下手だとか文句付けてくんだろ」
一番だけ歌い終われば旦那がいつもの眠たげな目を大きめに開いて自分を見る。もう自分の芸術品を貶されることは日常茶飯事だから、大体答えはわかりきっていた。
「メチャクチャ歌うめぇな」
「…は?」
聞き間違い、か?
予想だにしていなかった旦那の言葉に思わずきょとんと間抜けな面をしてしまう。な、なんだこの展開、さっきのドSキャラはどこ行った。
「そんなに歌上手かったっけか?いつのまに練習してやがった」
「べ、別に練習なんかしてねーよ…」
「嘘つくんじゃねぇ」
「ついてねーって!うん!」
なんだか旦那に褒められるのってあんまり慣れてないから、嬉しい反面すごく恥ずかしい。練習も何も、テレビで流れてたのをちょっと聴いてたくらいなのに。ずいっと顔を近づけて問いただされると、オイラは咄嗟に顔を逸らした。オイラ今、きっと顔赤い。やっと最後の親指が塗り終わり、両手の爪が綺麗なミントカラーに彩られたところで今度は足の指先に取り掛かろうとした、のだが
「っひゃわ!!」
いきなり冷たい手が自分の服の中に入ってきたから驚いて変な声が出たけど、体を後ろに逸らした次のときには旦那が瞬時にソファーから降りて自分の体を強く押した。何が起きたんだと気付くよりも早く、旦那が覆い被さってきて首筋を噛み付かれたところで、押し倒されたんだを理解した。
「なっ、にすんだ旦那っ!」
「体の世話も奴隷の役目だろーが」
「何ワケわかんないこと言ってッ…爪がっ、せっかく塗ったのに…っ!」
命の危険を感じると言うよりも、もはや貞操の危機を感じる。オイラは必死に自分の上に乗っかる旦那をなんとか退かそうと、体をよじって逃げようと試みるが何の意味も成さなかった。必死に両手を使って抵抗するが、服の中をまさぐる冷たい手が自分の体を厭らしくなぞる度に、自分でも抑えられない声が小さく漏れてしまう。
「っ…あんた、人形だから性欲は沸かないんじゃないのかよっ…!」
「さて、どうだかな」
「く、そやろッ…っん、」
「…イヤなのか」
声が漏れないように固く口を紡いた瞬間、旦那が少し小さめな声で、まるで子供が大人にすがるような目でオイラを真っ直ぐ見た。そんな彼の姿に、思わず一瞬戸惑ってしまった。な、んだよそれ。そんな目されたら、イヤだなんて言えないじゃないか。それでも言わなきゃいけないのに、どうしてもその一言が喉の奥で出掛かって声にならない。
いつまで経っても返事をしないでいると、旦那は唇を押し付けるだけのキスをしてきた。そこでオイラは一瞬肩を跳ねさせたが、旦那のキスに応えるように口元に僅かな隙間を開く。了解を得たと判断したのか、今度は貪るように口付けられる。本当は正直、イヤじゃない。ああ、きっとオイラはこの人のことが好きなんだ。キスをされながら服に手をかけられたとき、今更そんなことを思った。
目が覚めたら自分は床の上にいて、サソリの旦那に抱き締められていた。どうやら旦那の部屋で行為に至った後、そのまま眠ってしまったようだ。冷たい無機質の体に抱きかかえられ、そのうえ固い床の上で寝たせいか体中の至る所が軋むように痛い。でも、行為の際に初めて見た旦那の切羽詰まった表情や、冷たい体には似合わないその心の優しさが嬉しかった。寝息すら聞こえてこないけど、旦那は寝ているのだろうか。オイラは旦那を起こさないようにと、首に回された手を退かして立ち上がろうとした。
「!」
「…どこ行くんだよ」
上半身を起こした瞬間、いきなり腕を掴まれたため思わず肩を跳ねさせる。振り向けばさっきまで閉じられていた瞼が開き、その瞳は自分を捉えていた。びっくりさせるなという思いから、もう何度目かの溜め息を吐く。
「いつから起きてたんだよ…」
「最初から起きてた」
「あぁそっか…傀儡だもんな、うん」
あれ、じゃあなんで性欲は沸くんだっけ?なんて考えが浮かんだけど、この矛盾だらけの旦那には変態の一言で片付けるのが手っ取り早いだろう。どうせ問いただしたところで答えてなどくれないし。もしかしたら、本人自身もその答えをわかっていないとか?
まだ冴えていない頭で辺りを見渡し、床に放り投げられた衣服を見つける。取りに行こうとしたそのとき、掴まれた腕をくいくいとと引かれた。
「服」
「……」
はは…取ってこいってか?
けっきょくこの人の世話をさせられる羽目になるのか。くしゃくしゃになった自分の装束を羽織り、仕方なしに旦那のも取ってきてやる。それを受け取る旦那の顔は満足げな表情だ。
「やっぱりあんたの奴隷には代わりないのか…」
「いや、違ぇな」
「…?何が?」
「……」
思わず独り言をポツリと漏らすと、なぜだか旦那がそれに答えた。旦那も無意識のうちに出た言葉だったのか、お互い目が合ったまま固まる。違うとこそ言い切ったものの、それから旦那は黙り込んでしまった。オイラは頭の上にハテナマークを浮かべる。なんだ?言えないようなことなんだろうか。勿体ぶる旦那にオイラは何が何がとしつこく問いただす。それでも旦那は口を紡いだままだ。
「ねぇ、何が?うん?」
「ああもうしつけーな、いい加減うぜーんだよッ」
「だって気になるじゃん」
背を向ける旦那の顔を覗き込んだそのとき、いきなり旦那にぐいっと体を抱き寄せられた。「わっ!」という声と共に受け身が取れなかったオイラは、呆気なく旦那の腕の中に収まる。そしてあのときのようにすかさず押し倒されて、旦那は寝転ぶ自分の上に体を乗せてきた。逆光で暗くて表情は読み取れないけど、暗い中で旦那の瞳がギラリと光る。
「テメーの体に教え込んでやる」
目の前の旦那はまるで飢えた獣のようだ。ああ、食われる。なんて考えが脳裏を過ぎったが、それでもこの人に必要とされるなら、と思ってしまう自分が何よりもこわい。
愛用品
「愛してなきゃ
ここまで必要としねーよ」
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水無月 紫音様へ↓
甘めというご要望でしたが、少しシリアス気味のうえ甘さが足りなくてすみません!
先輩は歌が上手かったらいいなから始まった小話でした。ちなみに旦那は音痴だったらいいなというギャップ萌え
↑カラオケとか死んでも行かないとか言ってたら可愛いです^^*
デイダラが何を歌ったかはご想像にお任せします(^0^)
リクエストありがとうございました!