今気付いたけど、ホントは旦那ってツンデレなんじゃねーかな。人前ではあんな冷たい旦那でも、二人っきりのときはけっこう意外な一面が見れたりする。例えば、うーん…なんつーか、言葉にはしにくいけど自分にしかわからないあの人の態度ってのがあって、オイラはそれをその場の雰囲気ごとで読み取っている。そりゃあここに連れてこられたときから旦那の傍にいたんだ、誰よりも旦那のことをわかっているつもりだ。それに旦那だってそこまでオイラのこと嫌いじゃないだろうし。本当に嫌いだったら、きっと今頃殺されてる。それに…


「デイダラ」

「あでッ」


呼ばれていると気付くよりも早く、いきなり後頭部を強く殴られた。たぶんボカッというマンガチックな音が合っているだろう。ジンジンと痛む箇所を押さえながら振り向けば、オイラを殴った拳を握ってこちらを睨む旦那。


「テメーは…何度呼べば気が付きやがる。一度呼んだら振り向け」

「ってぇ…だからって殴るこたぁねーじゃんかよ…」

「なんだ?口答えか?」

「もー、わかったってば!だから暴力マジやめてっ」


拳を上げる旦那に止めをかける形でオイラは両腕を精一杯旦那に伸ばす。だってほら、今は傍にイタチと鬼鮫がいるから。アイツらがいなかったら旦那だってこんなにオイラに当たらない、…と思う。


「ったく…準備は」

「もうとっくにできてるよ、うん」

「ならさっさと出るぞ。お前にいつまでも構ってるつもりはねぇからな」


む、と眉間に皺を寄せて旦那を睨む。なんだよソレ。一回で返事できなかったくらいでのろま扱いかよ。なんて言い返して毒盛られるのはもう二度と経験したくないけど、異常なほどせっかちな旦那に合わせてやってるこっちの気持ちも少しは考えてほしい。それなのに当の旦那ときたら傘を被ると足早に部屋を後にしてしまった。


「サソリさんって、いつもあんななんですか?」


旦那が出て行った方をただ苛立ちを込めた目で睨んでいたら、ふと傍でオイラ達のやり取りを見ていた鬼鮫に声をかけられた。いつも?考えてみれば、一日中あんな感じのときもあればそうでないときもある。なんてゆーか…


「旦那の気分次第だな…」

「え?」

「今日は、機嫌が悪いんだと思う」


朝に顔覗きに行ったときから、ちょっと旦那ピリピリしてたし。オイラがそう言うと二人は顔を見合わせて目を丸くさせる。よく旦那のことを知っているな、とでも思っているのだろうか。当然だ、だってオイラは旦那の相方なんだ。そう思うとなんだか得意げになったような、少しだけ良い気分になった。


「それはお前も大変だな」

「…なんだよ。それって旦那がオイラに迷惑かけてるって言いたいのかよ」


イタチの言葉にオイラは率直に思ったことを口に出す。予想だにしていなかっただろう言葉にイタチも鬼鮫固まるがそんなの知るか。なんだかさっきまでの良い気分が台無しだ。旦那のことを悪く言われるのはすごく嫌だった。オイラが徐に不満を露わにすると「いや、あのですね、イタチさんはあなたを気遣って、」と鬼鮫が弁解しだす。一方イタチは何事もなかったように読んでいた書物に視線を戻した。それを見たオイラは更に苛立つ。


「別に旦那に急かされるの迷惑とか思ってないし」


それだけ言うと、オイラは部屋を立ち去り旦那の後を追った。鬼鮫がヤレヤレといった様子で頭を抱える。その傍でイタチは本に目を向けたままだ。


「…そんなつもりで言ったんじゃなかったんですけどね」

「もういい、鬼鮫。大抵デイダラは俺が言ったことにほぼ文句をつけるからな。それに…」


そこでやっとイタチが顔を上げる。
鬼鮫もそれを気付いて視線をイタチに戻した。


「なんだかんだ言って、サソリさんのことを慕っているんだろう」








「遅ぇ」

「う、これでも早くしたんだけど…」

「どこが。何してやがった」

「…別に」

「……」


イタチに旦那のこと悪く言われた気がして喧嘩を売っていた、なんて言ったらこれで何度目だって叱らるのがオチだろう。何も言わずに無言を貫き通す自分を疎ましく思ったのか、旦那は「さっさと行くぞ」とだけ言うと歩き出してしまった。
今日の任務は至って容易である里での情報収集だけ。リーダーからはこちら側の機密は漏らさぬように、と念を押された。そういえば今日は旦那本体の格好で出かけるんだ、あの引きこもりが珍しい。でもヒルコなんかの格好で行ったら余計に目立つ気がするし、旦那もヒルコを使うまでの任務でもないと見做した結果なのだろう。なんか今回の任務、殺しもなく自分の芸術性を披露する機会もなさそうだし、やる気出ねーなあ。


「!いでッ」


なんて考えながら視線を足元から前に戻したとき、ドンとすぐ目の前に旦那の顔があって、突然額を強めに小突かれた。…地味に痛い。


「〜っだよいきなり!」

「んだよじゃねーよ。さっきからずっと呼んでんのに下向いたまま無視しやがって…ナメてんのか」

「気付かなったんだからしょうがねーじゃんかよ!第一、旦那こそ小さい声だっただろ!」


この人の『ずっと』は『長い間』という意味ではない。普通の人が感じる時間の感覚よりもはるかに短い間のことを指す。だから旦那はほんの少しの時間も待つことができない、異常なほどに感覚がズレているのだ。旦那のことだから、どうせ一度呼んだくらいで一回で返事をしなかった自分に苛立ってまた手が出たんだろう。それなのにまるで自分が全て悪いという言い方をされたのが悔しかったのでオイラも馬鹿にしたように皮肉たっぷりな笑みを浮かべてみせた。旦那の眉間に深い皺が寄る。


「いでででッ!」

「だ〜れに口利いてんだ?」


表情は笑顔だが目が笑ってない。いつまでも生意気な口を利いていたからだろう、目一杯に頬をつねられた。旦那は手加減というものを知らないようで(もうする気もないのかもしれないけど)頬が取れるんじゃないかと思うほどの激痛だ。


「─っ、メチャクチャ痛ぇ…」

「そりゃあテメーにはいい薬だな。返事は三秒以内っつったろ、俺は待つのも待たされんのも嫌いなんだ」

「オイラはアンタの犬じゃねーッ!」

「ならなんだ、奴隷か?」

「最低だ…うん」


旦那は口角を吊り上げて満足げな笑みを浮かべると、またスタスタと歩き出す。仕方なしにオイラもその後をつけて歩き出した。本当にこの人は、オイラのことをなんだと思ってやがる。犬だ、奴隷だ?ナメてんのかコイツは。オイラは旦那こと、自分でも悔しいくらいに好きだってのに。


「そういや旦那…オイラに何の用だったんだよ?」

「…なんだっけか」

「うん?」

「んなモン、お前のくだらねぇ口喧嘩に付き合ってる間に忘れちまったな」

「なんだよ…それ」


思わず呆れ混じりの笑いが込み上げてきた。それを見て、旦那も無表情から口元を少しだけ緩める。けどそれはほんの一瞬で、すぐさま前を向くと旦那は歩き始める。すぐに忘れちまうような理由で痛い目に遭うのは御免だけどこの人のこういうところが自分は好きだったりする。少し先で置いていくぞと言っている旦那に気付いて、オイラは少し足早に旦那を追った。






里に着いたなりオイラ達は広い大通りに出て、旦那は休む間もなく「手当たり次第に人に当たれ。情報が聞き出せた次第ここに戻ってじっとしていろ」と吐き捨てると、人混みに紛れてしまった。一人取り残されたオイラは、仕方なしに旦那と反対方向を向いて歩き出した。今の時点でこの組織は裏社会を中心として活動をしているから、表社会には“暁”という名が知れているくらいで、顔やこの衣の情報は漏れていない。まあ、漏れないように一応傘は被っているけれど。
にしても人通りが多いな。これなら早く情報も聞き出せそうだし、さっさと終わらせてしまおう。なんて思ったそのとき、すれ違った人と肩がぶつかって被っていた傘が落ちてしまった。


「っあ、」


いけね。急いで落ちた傘を拾おうと手を伸ばしたが、さっきよりも人数は増すばかりで傘は自分から離れた場所へと人に押し流されてしまう。おいおいマジかよ、オイラは賑わう人の流れに抗って落とした傘を追う。しかしここから見えるのは人ばかりで、さっきまで自分の足元にあった傘はもう見失ってしまった。人に押されながらも、やっとの思いで大通りから細い路地に出て、疲れたように手を壁に付く。ああもう、なんでこんなことに。これじゃ一目に着く所は避けなきゃならない。


「ったく…」


とにかく、旦那を探そう。もう大通りには戻る気にもなれないので、遠回りでも路地裏から旦那が向かった通りに向かうことにした。あんな根暗で引きこもりの人だ。きっとオイラと同じ目に遭って今にも待ち合わせ場所に逃げ帰ってくるはずだ。そう思ってオイラは細い路地を一人進んだ。






どれくらい歩いただろうか。曲がりくねった細い道を歩き続けて大分時間が過ぎたと思う。まだ旦那には会えないのか。それに、待ち合わせしていた場所とは街並みの雰囲気がガラッと変わった気がする。薄暗い路地裏がなんとも不気味だ。


「…!」


幾度目かの角を曲がったとき、自分の少し前の道を塞ぐようにして若い男共が三人立ちはだかっている。どいつも柄が悪そうな人相面ばかりで、そこを通るのを躊躇い躊躇するほどだ。しかしここまでけっこう歩いてきたし、大通りまで戻るのも面倒だった。オイラは気にせず足を進める。


「邪魔なんだけど」


男共の目の前で立ち止まって、ただ一言そう言う。近くにいた幾人かの通りすがりの表情が凍って、途端、男達の顔がバツの悪そうな顔に歪んだ。それでもオイラは動じない。どうせこんな奴ら、弱っちいくせに人前でデカい面してるだけのちんぴらだ。不良ぶりやがって、戦闘に入れば青い顔してすぐさま逃げ出すに決まってる。実際自分に喧嘩をふっかけてきた奴らはどいつもこいつもその類だった。


「んだよ…チビのくせに生意気な口利きやがってよぉ」


突然その中の一人の男がオイラの襟刳りを掴み上げたため、両足が地面から浮きかける。汚ぇ手で触りやがって。唾でも吐きかけてやろうかと思ったそのとき、一人の男が「止めとけって」と止めに入った。


「ガキはガキでも、こいつけっこういい身なりしてんじゃん」

「言われてみれば…おいガキ、金目のモンあるだけ出しな。そしたら今回の件は見逃してやるよ」

「見逃してやる?それはこっちの台詞だ」

「んだと…」

「よせって」


先ほど止めに入った男がオイラのことを舐めまわすような目でじっくり眺める。視線が足元からだんだん上へと流されて自分の目を捉えた。すかさず睨みを利かせてキッと男を見れば、男はまるで見入るような表情をして自分の髪に手を伸ばす。


「へぇー…まあまあだな」

「触んな!」

「はは、その口の悪ささえ直せばけっこう可愛いのにな。どう?こいつ顔いいし、売ったらそれなりの金にはなると思うんだけど…って!!」


男の言葉を耳にした瞬間、オイラは襟刳りを掴まれながらも片足を宙に浮かせて思いきり男の顎に蹴りを入れた。横にいた二人の男が目を見開かせる。蹴りを入れられた男はその場に倒れ込んで、オイラはその様を馬鹿にしたように笑ってみせた。


「ガキがッ、調子乗りやがって!」


襟刳りを掴んでいた男がもう片方の拳を振り上げた。すかさずオイラも腰元のポーチに掌を突っ込んだとき。


「っわ…!?」

「!おいっ…待て!!」


突然背後から腕が伸びて、自分の腕を掴んだと思ったら、思いきり引っ張られてオイラは引きずられる形で連れ去られる。驚いて腕を掴む奴を見れば、見間違えるはずがない、何度も見てきた旦那の赤い髪とその背中。後ろから男達が騒ぐ声が聞こえてきたが、旦那は振り返る暇もないくらいの速さで走る。もう振り切れただろう距離まで来ても、旦那は足を止めず一切口を開かなかった。オイラがまた揉め事を起こしたから、怒っているのだろうか。そう思うと声をかけるにかけられなくて、ただひたすらに走り続けることしかできなかった。しばらく走って人通りが少ない道に出て、旦那が握っていた手をぱっと離す。オイラは地面に座り込むなり、乱れた息を整える。


「だ、だん……っい!?」


呼吸が落ち着いたところで、恐る恐る旦那に声をかけたとき、アジトのとき同様に後頭部を殴られた。「〜〜ッ」と声にならない悲鳴を上げて頭を押さえていると、次には頬をつねられる。


「またテメェは〜…」

「いひゃいいひゃい!」


「隠密行動っつったろがッ」と言う旦那の手は離すどころか余計に力が強くなる。オイラは涙目で痛いだの離せだの必死に喋るが、もう自分でも何を言っているのかわからない。


「俺が来てなかったら今頃どうなってたのか…わかってんのか」

「らんなっ、いひゃいっ!」

「……ハァ」


旦那は盛大な溜め息を吐くと、やっと手を離す。オイラは頬をさすりながら旦那を睨む。ちくしょう、仕返ししてやりたいけど旦那の頬は固くてつねることは愚か、この痛みすらわかってもらえないのだから悔しさが募る。


「コノヤロー…」

「助けてやったのは誰だと思ってやがる」

「あんな雑魚共、オイラ一人で片付けられる!うん!」

「そーかよ。だったらお前が質屋やら遊廓にでも売り飛ばされて大泣きしてる様を笑ってやりゃあよかったぜ」

「誰が泣くかぁッ!」

「るっせーな…もういっぺん頭かち割ってやろうか」


旦那は「泣き喚いたって知らねぇからな」と言いながら重苦しくオイラの隣に腰を下ろした。ふと、目をやれば旦那が傘を被っていないことに気付く。


「旦那、傘は?」

「あ?…あぁ。落とした」

「うん?」

「だから、さっき走ってるときに落としたって言ってんだよ。何回も聞くんじゃねぇ馬鹿が」


あれ?おかしいな。
いきなり腕を掴まれたとき、旦那傘なんか被っていなかった気が…


「そういや…お前の傘なら俺が持ってる。道端に落ちてたぞ」

「…!」


ほらよ、と言ってオイラの鈴が付いた傘を手渡す旦那。それは人混みの中を流されたせいか、踏まれて形も悪くなって泥まみれだった。もしかしたら…この傘を見てオイラの身に何かあったと思って、ずっと走って探してくれてたのだろうか。傘をなくしたってのもそのとき落としたとか?もうこんなになっちゃ被れないけど(顔を隠すための傘なのに、これじゃ逆に目立ちそう)旦那がわざわざ拾ってくれたことを内心嬉しく思いながら傘を受け取る。


「情報は聞き出せたか」

「あ…それが「どーせお前のことだ。何も聞き出せてないんだろ」


う、お見通しってか。なんだかオイラばっかり無能扱いされるのが気に入らなくて「そういう旦那は聞き出せたかのかよ」と聞いてみれば、旦那はドヤ顔で敵の機密情報が書かれた紙を見せてきた。フ、と馬鹿にされたように笑われた気がしたが、もう慣れっこだからここはオイラが耐えねば…。


「またアイツらに見つかると色々と面倒だ。すぐにここを出る」

「……」


旦那は重い腰を上げるなり、オイラを置いてさっさと先に行こうとする。そんな冷たい旦那を見て、やっぱり旦那もオイラみたく人混みで傘を落としたのかな…なんて考えが浮かんだ、そのときだった。


「デイダラ」

「…!」

「早くしねぇと置いてくからな」


いつまでもしゃがみ込んだままのオイラに、少し前を歩いていたはずの旦那が傍まで戻ってきて手を差し伸べる。その表情は少々呆れ顔で、普通の奴が見たら眠たげな顔をしているだけと解釈するだろう。でも目の開き具合とか口元の緩み具合といった、ほんの僅かないつもとの違いがこの人の感情を物語っていた。(それこそ自分にしかわからない、この人の笑顔だ)


「…へへっ」


いつもだったら余計なお世話だ、とか言って振り払っていたかもしれない。でも手なんか借りなくったって立てるけど、このときばかりは自分でも無意識のうちに旦那の手を取っていた。
本当に、この人はずるい人だ。こんな優しさ見せられたら、どんなに痛い目に遭ったって許してしまう。そしてこれから先もこの人の隣にいる限り、自分は何度でもこの人に惚れてしまうんだ。
旦那はせっかちだ。待つことが嫌いなのは当たり前であり、待たせるのも嫌いだ。それでいて我が儘だ。自分の思い通りにならないとすぐ手が出る。
でもそんな彼が、たまに自分に見せる優しさがたまらなく好きで仕方ない。











三秒ルール




何だかんだ言って
あんたに振り回されんのも
イヤじゃないかもな




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さんかく様へ↓
リクエストありがとうございました!
甘くていちゃいちゃしてる芸術コンビが読みたいというご要望でしたが、甘いどころかとんだ暴力沙汰まがいの話で面目ないです…orz
デイダラにとってサソリの隣にいた時間はけっこう大きかったんじゃないかなあと思って、サソリはサソリでデイダラにしか見せられない一面があったりしたんじゃないかという^p^
デイの年齢想像はお任せにします。
彼は幼くても19歳でも童顔なので子ども扱いされちゃいますしね
こんなものでよければ、どうぞ^-^