時々、この人は何を考えているのかわからない顔をする。ただぼんやりと、遠くの方を見つめたまま動かなくなるのだ。そんな彼に気付いていながら、いつも僕は見て見ぬフリをする。自分からしてみれば、心当たりは…あるはある。どうしたんですか、そう聞いてみれば早いのだが、機嫌取りも面倒だし、何より例のことについて思い出がましく話されるのも嫌だった。


「デイダラさん」

「…!」

「やーっと気付いた。お風呂、入るんなら早めに入ってくださいね」

「え……あぁ…」


デイダラさんは何とも覇気のない返事をすると、宿の部屋に付いているシャワールームへと向かった。バタン、と扉が閉まった音を確認してから、僕は小さく溜め息を吐く。任務のときでさえ自分の声が届かなくなるときがあるのに、宿で身を休ませるときもこう何度も声を掛けるのは面倒だ。前はこんなこと一度もなかった。彼が時々ああいった表情を見せるようになったのはいつからだろう、そう考えても思い当たるのはあの日以外ない。僕が彼とツーマンセルを組んだとき、サソリさんが死んだ日からだ。


(辛いのか、悲しいのか、それとも)


明らかに様子が変わったことが見て取れるのに、デイダラさんは自分の心情を一切語らなかった。サソリさんが死んだことがそんなにショックなら辛いと言えばいいものを、彼の口からは一度として弱音を吐いたことはない。そんな彼の噛み合わない不可解な二点の様子から、無理をしているような、どこか強がっているように感じられた。
しかし先ほども述べたように、慰めてやる気は更々ない。サソリさんがいた頃はどうでしたか、と聞いたことが要因でサソリさんのことを僕が見たことないような表情で次々と話されたら、自分はきっと耐えられない。


ふと、テーブルの上に置かれたままの彼の髪留めに気付いた。いつもデイダラさんは風呂から上がるときは、長い髪を邪魔にならないようにこれで止めていた気がする。仕方ない、そう思ってそれを握るとシャワールームへ向かった。


「デイダラさん、これ…」

「…っ…!」


いきなり扉を開けられて驚いたのだろうか、デイダラさんの振り返ったその目は見開かれていた。でも僕は、突然自分が現れたことで驚いたのではないと確信してしまう。シャワーを浴びていたところだったから判断は難しいがその目は少なからず赤い。


「わ、悪ぃなトビ」


デイダラさんは半ば強引に僕から髪留めを奪い取ると、すぐさま僕に背を向けてしまった。ああ、見られたくないんだ。そう彼の行動から思った。しばらく沈黙が続いて、サァァァ、とシャワーが流れる音だけが風呂場に響く。それでも僕は早く出ていけとでも物語っているようなその背を向けられても、出て行こうとしなかった。その小さな背中が、震えていることに気付いてしまったから。


「……」

「…おい、用が済んだんなら早く出てけよ、」


口にするのは彼お得意の命令口調なのに、その声はいつもの彼からは信じられないほどか細く、弱々しいものだった。しかし僕はその場に立ち尽くしたままだ。デイダラさんの震えた声が狭い浴室に響く。いつまでも返事すらしない僕に嫌気が差したのか、デイダラさんは振り返りや否や僕を力任せに押した。ドンッ、という強い衝撃に思わず蹌踉めく。


「出てけ…!!」


ぐいぐいと両手で肩を掴まれて外に押し出そうとされる度に、僕は一歩後ずさる形になる。横目でその腕を見てみると、それは細くて頼りないものだった。その体をよく見てみれば、デイダラさんは前よりも痩せた気がする。いつもは装束を着ているから気付かなかった。きっと彼は、その小さな体ながらも僕が想像している以上に多くのことを溜め込んでいる。そしてその性格上、ずっと吐き出せずにいるのだ。下を向いたままのデイダラさんの表情は読めない。しかし幾らかどんな顔をしているかは想像がついて、居た堪れない気持ちになった。


「サソリさんが死んで、辛いですか」


ピク、とデイダラさんの体が跳ねる。するとそのまま動かなくなった。もうそんなこと分かり切っているのに。慰めてやる気なんてない。ただ、黙って見ているにはもう耐えられなかった。肩を掴む彼の両腕から、僅かながらも小さく震えが伝わる。


「……っ…」


嗚咽が漏れないように押し殺した声がして、僕はたまらずグイッとその顔を両手で掴んで上を向かせた。思っていた通り、彼の青い瞳からは涙が溢れている。それを見て、少なからず胸が痛む。もしかしたらずっと前からこうして浴室で泣いていたのかもしれない。僕の知らないところで一人、誰にも気付かれないようにシャワーに濡れながら。本当に、この人は弱音を吐くことができない不器用な人だ。止め処なく溢れる涙を見て、無性に苛立った。


「っん、っ…」


前振りなくその顎に手を滑らせて、面をずらして唇を塞げば、肩を跳ねさせて縮こまる身体。殴られるか、或いは蹴られるかと思ったが、信じられないことに彼はたどたどしくも舌を絡めてきた。驚きのあまりここで歯止めを利かせるつもりが、思わずその背中にゆっくりと腕を回してしまう。ツツ、と指を濡れた肌に滑らせれば、感じているのか塞いだ口からくぐもった声が漏れる。ああ、もう止まらない。なんて頭で考えながら、その透き通った首筋に顔を埋めた。







目が覚めたとき、自分は温かい布団の中にいて、最初にデイダラさんの背中が視界に入った。僕も彼も衣服を身に付けていない。そういえば昨日…と少しずつ覚めていく脳で理解する。ふと、デイダラさんの方に目をやった。寝息は聞こえてこないが、動かないところどうやら寝ているようだ。僕は布団から出てすぐそばに脱ぎ捨てられたままの衣服に手を伸ばした。そのとき、グンッと後ろ手に腕を引かれる。


「…!」

「話…あんだけど」


起きていたのか。僕は動揺していることがバレないようにゆっくりと落ち着いた声で「なんですか」と聞き返す。先輩は上半身を起こすと片手で乱れた髪を直した。髪を結っていないだけでいつもの餓鬼臭さが抜けるものだな、と昨日付けたキスマークが散らばる首筋を見ながらぼんやりと思った。


「昨日のことは…、忘れてほしい」




──は、


何を、言っているんだ。
彼の言葉にピタリと思考が固まる。その言葉の意味を理解したとき、怒りよりも先に呆れを交えた笑いが込み上げてきた。本当に、この人は僕の気も知らないで、一体どこまで僕を虚仮にすれば気が済むのだろう。しばらくしてから、自嘲気味に笑う声がこぼれた。


「はは…、なんです。それ」


苦笑を抑えきれない。忘れてほしい?そんな一夜限りの関係で終わらされてしまうのか。一瞬でもこんな身勝手極まりない子供に情が沸いた自分に腹が立つ。


(穴埋めなんて、冗談じゃない)


それならなんだ。あの情事の際に見せた欲に塗れた顔も、今まで自分が知らなかった人一倍強がりで、それでいて寂しがりな一面さえもが、自分をあの人形の代わりにするために、ただ寂しさから逃れるためにした、自作自演の芝居だったというのか。


「嫌がっているようには見えませんでしたけど」

「……」


しばらく黙り込むと先輩は「どうかしてたんだよ、」と焦りを滲ませた表情でそう言った。それで僕が黙っていられる訳がない。


「じゃあなんですか。先輩は好きでもないヤツに股開くんだ」

「ちが…っ」

「違くないでしょ。なら聞きますけど僕のこと、好きなんですか」


そう言い切ると、デイダラさんは一瞬目を泳がせる。僕はそれを見落とさなかった。そして沈黙が続いた後には、逃げるように下を向いてしまった。
否定も肯定もしない…、か。
自分で言って自分で傷付いていることに我ながら呆れる。そして自分の感情を彼の言動一つにより踊らされていることに対しても、馬鹿げていると思った。ただ無言を貫き通すデイダラさんの胸元をトン、と押して起き上がった体をまたシーツに押し戻す。そして起き上がる隙も与えず、僕は彼の両手を一つに括り上げすぐさま上に覆い被さった。


「先輩見てると苛々するんですよ」


強い口調で言えば、長い睫毛が震えて青い瞳が僅かに収縮する。彼を怯えさせているのはあの人形じゃない、紛れもなくこの自分だと思うと仮面の下の唇が弧を描く。そんな彼を見て、一挙一動を支配したい。そう思った。






「はっ…、うぁ…っ」


少しずつ明かりが差した薄暗い部屋に昨夜同様に彼の喘ぎ声が響いた。僕の下で喘ぐデイダラさんは、慣らしてもいない其処に突っ込まれて痛いだろうに、ただ目をぎゅっと瞑ったまま無理に強いられた行為に耐えている。きっと涙だけは流したくないのだろう。僕はそんな彼を見てますます苛立つ。また、この人は。泣きたいときは泣いたらいいのに。泣けとばかりに、僕は彼を強く突き上げた。


「や、あぁっ…!」

「イヤ?嘘吐かないでくださいよ」


昨日だってあんなに善がってたでしょう?そう耳元で嫌みたらしく囁けば、デイダラさんは前よりも強く目を瞑った。なんだかもう全てが気に入らなくて、僕は更に追い討ちをかける。


「…そんなにイヤならやめてあげましょうか?」

「ぇ、っ…」

「だって、やめてほしいんでしょ」


すると先輩はうっすらと目を開けて僕を窺う。面をしているから、どうせ表情なんて読みとれないのに。僕は愛撫していた手をピタリと止めて、ゆっくりとソレを抜く。そのときデイダラさんの悦いところを掠めたのか「ん…っ」と体を震わせながら声を漏らした。答えなど分かりきっている。デイダラさんの自身は最初は萎えきっていたものの、今では少なからず主張している。ここでやめたら辛いのは彼であることを配慮しての言葉だった。それでも彼の中のプライドが許せないのか、黙り込んでしまった。


「……っ…」

「ほら、言ってくれなきゃわからないですよ」


焦らすように僕は彼の耳元に舌を這わせば、嫌でも漏れる甘い吐息にデイダラさんは口を固く紡いでしまった。いつまでも自分の思い通りにならない彼に苛立った僕は、熱を持ち始めたその体に背を向けて立ち上がった。ここまで焦らされ続けたというのに、突然放置されることになるデイダラさんは今も唇を噛み締めていることだろう。そのまま立ち上がってしばらく彼がどう出るか待ってみても、彼は一向に何らかの行動を起こさない。僕は彼に聞こえるよう苛立ち混じりの溜め息を吐いて、装束を羽織った。


「と、トビ…っ」


部屋を出ようと扉の前まで来たそのとき、背後から彼の弱々しい声がする。振り返れば、デイダラさんが僕の胸に抱き付いてきた。その震えた体を抱き締めるか否やを考える暇もなく、両手で面をずらされて口付けられる。


「…!」


まさかあのデイダラさんが、強情で扱いにくい彼が自分からこんなことをするなんて。どれだけ決め込んで起こした行動なんだろう。上出来だ、思わず心の中でも誉めてしまう。


「ん、っ…ふ、ぅッ…」


唇を離そうとしたデイダラさんの後頭部を片手でグッと引き寄せ、強引に自分から口付けをした。ただ唇を押し付けるだけのキスから、口腔内に舌を潜り込ませる激しいキスに変われば、彼は一度怖がるようにビクッと反応したが、それから僕に応えようと舌を追いかけてくる。僕はそんな彼が無性に可愛く思えて仕方なかった。


「っ、はぁ…ッ」

「もう入れますよ…」


唇を離すと吐息が漏れて、また布団へ仰向けに押し倒す。デイダラの柔らかい肌に触れて両足を開かせて、僕はその足の付け根を指でゆっくりと撫でる。その際にもビクンと体を震わせるデイダラさんに酷く欲情した。僕はいくらか濡れそぼった其処に、自分のをあてがう。


「っ…ぁ、…んんッ…!」


グッと腰を進めると少し前の行為で幾分解されたこともあってか、デイダラさんの其処は自分のモノを簡単に飲み込む。全部収まると、彼は少し苦しそうに息を吐いた。僕は一息吐いた彼の様子を伺って、腰をゆっくりと動かし始める。


「ぅあッ…ぁ、あ…っ」


少しずつ速さを増す動きに、デイダラさんは息を荒げながら僕の首に腕を回してくる。自分が強く突き上げる度に彼の腕の締め付けがキツくなることがわかった。必死にしがみついてくる彼を見て素直を可愛いと思う。デイダラさんの方から自分を求められているような気がして、心の中で嬉しく思っている自分がいた。


「ト、ビィ…っ、ゃ、っあ」


散々デイダラさんを焦らし煽り続けていたが、自分も余裕がなくなってきている。限界が近いためラストスパートを掛け、さらに激しく腰を打ち付けた。デイダラさんの僕にしがみつく手がぎゅっと握られる。


「んっ、もう……あぁっ!」

「っ、デイダラさん…」


快楽に悶えるデイダラさんを更に追い詰めるように、彼の自身を荒手で扱き始めた。無造作に指を動かして腰つきをだんだん速めていけば、ソレは射精に備えてどくどくと波打っている。一層締め付けが強くなったとき、僕は彼の中に吐精した。それとほぼ同時にデイダラさんが一際大きく喘ぎ、僕の手の中に熱を放つ。


「はぁ…、ぁ…っ」


疲労感がどっと溜まったのか、デイダラさんはくたっとした顔をして呼吸を乱している。汗で頬に張り付いた髪を僕は払ってやった。僕を掴んでいた彼の手からふっと力が抜けてトサ、と乱れたシーツの上に投げ出された。それが嫌で、また自分を求めてほしいと、思ってしまった。


「先輩…キスして」


無意識のうちに出た言葉は、自分がこの人を欲しているのがバレバレだ。でも、彼は恥ずかしげに顔を赤らめるだけで、終いにはふいっと顔を横に逸らされてしまった。…やはり先ほどのように上手くはいかないか。僕は右手を彼の顎にやって無理にこちらを向かせ、自ら唇を重ねた。そのときの彼の顔といったら、うっすら開いた瞳に滲んだ涙が今にも零れてしまいそうで痛々しいったらありゃしない。ああ、僕はきっとこの人のことが好きなのだ。今まで気付かなかったけれど、僕は自分が思っている以上にこの人だけを見ていたのだ。でもデイダラさんの視界には僕なんか入っちゃいない。いるのは、あの人形だけ。これから先もデイダラさんはあの人だけを追い続ける。そして彼のことを思っては、幾度も幾度も涙を流すのだ。泣けども泣けども、あの人形が戻ってくることなどないと知りながら。
どうしようもなく不幸でしたね。こんなに傷付いてまで人形を思い続けるこの人も、そんな彼の思いを知りながら今こうして彼を求めずにはいられない自分も。だって僕が死んだって、貴方は悲しんではくれないのでしょう?
口付けている際に、今まで彼が人に見せまいと隠し続けてきた涙が、静かに頬を濡らした。












くちづけ





久しぶりのセックスに腰が軋むように痛い。と言うより、あの人との行為はいつも手を使った自慰行為にも似たものだったから(旦那は人間を捨てたから、そうすることしか出来なかった)これが初めてと言った方が正しいのかもしれない。入れられるのは初めてで、少しだけ痛かった。けどトビはそんなオイラを知ってか知らずか、できるだけ優しい手付きで愛撫してくれた。同情したのか、或いは心の隙間を埋めようとしてくれたのかどうかは定かではないが、心のどこかでホッとしている自分がいた。彼にはなかった人肌の温もりが、この寂しさを紛らわしてくれると思ったから。

なのに実際はどうだ。紛らわすどころか、よけいに虚しい気持ちでいっぱいになって、そのうえこの心の隙間を埋められるのは彼しかいない、彼じゃないとだめだと今更ながら気付かされてしまった。もう、彼には二度と会えないのに。

そう思うと無性に会いたくて、また目頭が熱くなる。喉の辺りが焼けるように痛い。あの固い無機質の人形の体に抱き締めてもらえば、それだけでこのスカスカの気持ちは埋まるのに。酷く冷たくたって構わない。それでも、旦那がいい。旦那じゃないとだめなんだ。そう思っていたのに、旦那以外の男と関係を持った自分が許せない。流された、なんて言ってしまえばいいのかもしれないけど、そんな一言じゃ片付けられない。その証拠に自分のすぐ隣で寝ている男と寝た夜は、罪悪感で一杯で一晩中寝付けなかった。

こんな思いするくらいなら、なんであんなことしてしまったんだろう。そう一人暗い部屋でずっと思った。だから、朝になったら言うんだ。昨日のことは何もなかったことにしようって。自分はどうかしてたんだって。そうでもしなきゃ、旦那に見せる顔がない。

こんな裏切りみたいなことをしてごめんなさい。もうしないから、二度としないから許してほしい。それなのに、もしもトビが死んだら、そう想像するだけでオイラは思わず身が竦む。まるであの日のように、旦那が死んだ日みたいな感覚に陥る。こんなに一人になることが怖くなるなんて、それ程オイラにとって旦那の存在は大きかった。

…トビのことが好きかどうかと聞かれたら、正直わからない。ただ自分の前からいなくならないでほしい。旦那のようにオイラを置いて行かないでほしい。もう、誰にも死んでほしくないだけなんだ。




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莉砂様へ↓
シリアスということだったのですが…ご希望に添えられたでしょうか?
シリアスとトビデイの組み合わせは最上級に萌えるので、素晴らしいリクエストに答えられるよう全力を出せる限り出しました^^;
その分自分でもえってなるくらい長ったらしい文章になってしまったのですが、すみません(;_;)
書いても書いてもネタが尽きないくらい夢中になって書き上げることができました*
リクエストありがとうございました!