※トビの素顔を見ちゃった話
鳶泥というより斑泥寄り
トビ視点







なんで、どうして、そう片言で言葉を紡ぐデイダラさんの姿に少なからず胸が痛んだ。さっきまで自分の腕の中にいたはずの彼は、一歩また一歩と後退り自分から距離を置く。咄嗟に僕は手を伸ばして彼を繋ぎ止めようとした。しかし、それも呆気なく彼によって振り払われてしまった。彼は知らないと思うけど、その一瞬の隙に表情を引き釣らせていたのをこの眼が見落とさなかった。この正体をバラせば嫌われることなんて、わかり切っていたのに。予想以上に自分は弱くできていたようで、心の奥底で傷付いていることに思わず苦笑が漏れる。しかしそんな彼自身が自分のした行動に一番驚いているようだった。



「…ですよ、ね」



もしかしたら彼は自分のことを受け入れてくれるかもしれない。自尊心やこの眼や何からも囚われず、自分を自分として見てくれるならどれほど救われるだろう。そんな淡い期待はあっさり裏切られてしまった。ふと黙り込んでいたデイダラさんが、何を思ってか震える手で僕に触れようとする。僕のことを恐れているのが嫌でもわかった。僕は自らデイダラさんを拒むように右手を引っ込める。



「無理、しなくていいですよ」



手を伸ばしてまた拒絶されるのが怖かったんです。あなたにこれ以上嫌われたら、きっと僕はもう耐えられない。視線を下ろしていたそのとき、ぽた、と何かが床に垂れた。顔を上げれば、デイダラさんが泣いている。あの強情で人一倍強がりのデイダラさんが、唇を噛み締めもせず、こればかりはどうしようもないというように止め処なく涙を流していた。



「どうして、泣くんですか」

「だっ、てっ…」



僕の言葉にデイダラさんがゴシゴシと目元を腕で拭う。泣きたいのはこっちの方だ。本当にこの子供には最後まで虚仮にされる。目元が赤くなっても擦り続けるデイダラさんの姿に胸が痛んだ。泣かないで欲しいとは思っても、自分にはどうすることもできない。この手がもうその涙を拭うことも、いつものようにあなたの柔らかい髪を撫でることはないのだろう。僕はあなたに言わなければならない。



「デイダラさん」



自分の正体を知られてしまった以上、もう今まで通りにはできない。今までの僕は今日で消える。まるで最初から存在しなかったように。いや、本当に僕は元々この世界には存在しないのだから、別に何も可笑しくはない。最後に残るのは、あなたが嫌う本当の俺だけだから。



「これで、さよならです」



しゃくり上げて泣くデイダラさんが、僕の言葉に目を擦る動作をぴたりと止める。しばらくすると言葉の意味を理解したのか、デイダラさんが表情を歪めた。次には我が儘を言う子供のように首を横に振った。ぽろぽろと涙をこぼして首をぶんぶんと横に振るデイダラさんは、今まで見てきた彼の中で一番子供らしかったと思う。いや、彼は元々自分からすれば遙かに子供だったのだ。好奇心に負けて仮面を無理やりにでも剥いでしまったように。

下を向いたまま涙を零すデイダラさんの頭を撫でてやりたい気持ちを抑えて僕は静かに立ち上がる。泣いている彼の横を素通りして、何も言わずにドアの方へ向かって行った。デイダラさんが後ろから聞き取れるか取れないかくらいの小さな声で僕を呼んだ気がしたが、それも聞こえないフリをして足を進める。本当は今すぐにでも引き返してその小さな体を掻き抱いてやりたい。でも、もう無理なんです。あなたの知っている僕は、もう



「…!」



ドアの前まで差し掛かったそのとき後ろからデイダラさんに抱き付かれた。いや、正しくはど突いてきたと言った方がいいのかもしれない。少しばかり強く打ち当たった背中が痛んだ。



「…うぜぇ」

「……」

「馬鹿で、どじで、足手纏いで、鬱陶しくて、一人じゃ何にもできなくて、おまけに嘘吐きで…」



一つ一つそう告げる度に、デイダラさんは僕の背中を拳で叩いてくる。恐らく怒っているんだろう。今まで自分を騙し続けてきた僕のことを。きっと憎くて憎くて堪らないはずに違いない。なのに、デイダラさんの声は酷く弱々しくて、今にもまた泣き出してしまいそうだった。



「お前なんか、大嫌いだ…ッ」



大っ嫌いだ、ムカつく、死ね。
そう暴言を続けて背中を殴り続ける彼の拳が強くなる。顔を埋めているのか背中が冷たい。恐らく服には染みができているだろう。デイダラさんの声は今までになく涙ぐんでいた。
…そんなの、わざわざ言われなくても知ってますよ。もう一人の自分なら必ず明るくそう言い返しただろう。それでも僕は彼の言葉に静かに頷いて、彼の好きにさせていた。決して口を開こうとはしなかった。しばらくしてから振り返ると、僕に体を預けていたデイダラさんの重みにより押し倒される。背後にあったドアに背中を打ち付け、そのまま小さな音と共にずるずると背を預けて床に座り込む形になる。自分の胸の中で泣く彼を見て、無性に愛おしく思えてその長い髪に指を通してみる。先ほどのように、手を振り払われたりはしなかった。



「…っん、」



そのまま彼の顔を両手でグイと上げて、驚く彼に隙も与えず後頭部を片手で押さえ付けて唇を塞ぐ。びく、とデイダラさんは小さく体を跳ねさせて内にこもった声を漏らす。抵抗されるかと思えば、予想外なことにデイダラさんはたどたどしくも唇を開く。そして震えたその手で僕の体を抱き締めてみせた。こんな素直な彼は始めてで少々戸惑ったものの、何といっても可愛らしいことには変わりない。デイダラさんの反応を嬉しく思って、それに応えるように後頭部を押さえていた右手で彼の髪をやさしく撫でた。

唇を離すとデイダラさんは苦しそうに肩で息をする。その頬は少なからず赤く染まっている。それと同時に、やわらかい髪が右手から名残惜しく指先からすり抜けた。



「…デイダラさん」



名前を呼べば、彼の青く澄んだ瞳が自分へ向けられる。その視界ではきっと僕は憎しみの対象としてしか見られていないに違いない。本当はそんなこともうわかり切っている。
それでも、僕は



「僕は、愛してました」



それをきっかけに、彼の青い瞳が赤く染まって紋章が浮かぶ。そして糸が切れたようにゆっくりと自分の方へと倒れ込んだ。あなたの記憶から僕の存在を抹殺する以外方法がない。明日になれば、組織の一員として今まで通り働いてもらう。僕に動かれているとも知らず、本当の目的さえ知らないまま。
デイダラさん、あなたの泣いた理由が何だったのか僕にはわからない。僕に騙されていたからでしょうか。それとも僕のことが好きだから、僕のことが嫌いだからですか。…恐らく後者なのでしょう。

今までの僕が全部嘘だったことには違いない。それでも、気を失う前にあなたに囁いた言葉は、これだけは、嘘ではないんですよ。