「さみぃ〜…こんな日に任務とかマジついてねぇな…うん」

「でも、もうすぐ宿ですよ」


そうなんだけどさ…、と愚痴をこぼすデイダラさんは手を擦り合わせて白い息を吐いた。その姿がまるで小動物のようで可愛らしい。そう、なんというか、例えるなら、


「先輩って、リスみたいですね」

「あ?テメー…オイラをおちょくってんのかッ!?」

「わわっ!違いますよーッ」


予想通り思ったことを口にしてみれば先ほどの可愛さはどこへやら、先輩はキツい目つきでこちらを睨み怒鳴り散らす。ホント、この人表情がころころと変わるよなあ。まぁ、そこがからかいがいがあるんだけど。


「ホラ、もう見えてきましたよ!」

「…フン」

「あ!待ってくださいよ〜ッ」


先輩は宿を指差す僕をちらりと横目で見ると、一人スタスタと先を行ってしまった。いつものことだからもう慣れたけど、サソリさんにはもう少し可愛げのある態度だったのに。そう思いながら僕は先輩の後を追った。






「部屋が一つしか空いてない?」

「申し訳ございません。他はご予約されているお部屋ですので…」


先輩が受付で係員と話している最中、僕はその隣で待っていた。どうやらどの部屋も満席状態のようで、部屋が一つしか空いていないようだ。いつもなら二部屋取って別々に就寝するのだが、今日は同じ部屋で床に就くことになりそうだ。


「何時間待ってもいいから、今日中にもう一つ部屋は空かないのか?」

「すみませんが明日にならないと…」

「……」

「いいじゃないですか先輩、たまには同じ部屋だって」

「うっせ!お前は黙ってろ!」


相部屋はイヤなのか、先輩は顎に手をやって悩んでいる様子だ。前に一度だけ相部屋にしたことがあり、僕がふざけて性的な嫌がらせをしたことが相当トラウマなんだろう。それからというもの、何が何でも二部屋ずつ取るようになってしまった。けど今回はどう足掻いたところで仕方ない。先輩はしばらくしてから顔を上げると「じゃあ…それでいい」と不満げにそう言った。






「久しぶりですね、相部屋なんて」

「……」

「デイダラ先輩?」


荷物を部屋に運びに階段を上っているとき、いきなり首元を掴まれて勢いよく壁に押し付けられる。ダンッ、という音がして突然のことに驚いたが、あまり大げさに痛がるほどの痛さでもなかったので「いてて…」と声だけ出しておく。


「いいかトビ、部屋に入ってからオイラに近付くな」

「えー」

「えーじゃねぇ!!わかったなッ!!」

「…わかりました!わかりましたから手ぇ放してくださいってーッ」


じたばたと手足を動かして暴れれば、先輩は宿に着く前同様に鼻を鳴らして先に階段を上がってしまった。取り残された僕は、掴まれた喉をさすりながら先輩が向かった方を見つめる。口ではああ言ったけど、丸っきりそんな気はない。あんなに殺気立った彼だって押し倒してしまえばもうこの掌の上。以前相部屋だったとき、僕は自分の思い通りになった彼を知っている。19とはいえまだまだ若い年頃なのに、少し虐めただけであんなに艶めかしい顔をするのか。そんな子どもに欲情してしまったことが事実だ。


「…今夜が楽しみですよ」


先輩の言葉を守る気もないことに罪悪感すら感じず、僕は仮面越しに笑ってみせた。






風呂に行ってくる間に布団敷いといてくれと先輩から頼まれて、僕は和室で二枚布団を敷いていた。しかしそれも敷き終わってしまえば何もすることがなく、彼がいないとつまらない。部屋に入ったなり先輩はすぐにでも身体の汚れを洗い流したかったようで、息つく暇もないまま温泉に向かってしまった。僕はいつものことだけど先輩が眠っている最中に風呂に入るので、一人部屋に取り残された。早く戻ってきてくれないものか。仕方なくテレビのリモコンを手にして、適当にチャンネルを回してみる。


「……あ」


テレビの画面に写ったのは、ドラマで男女が接吻している映像。しかし、それに釘付けになっているのではない。その後ろに立っている、大きなクリスマスツリーだった。
イヴ…クリスマス…12月24日。
そういえば、今日は自分の誕生日だ。


「何見てるんだ?」

「えっ?あ、まだ先輩には早いです」

「子ども扱いすんな!」


自分としたことが、ドアが開いた音に気付かなかった。それほどまでに意識がテレビに集中していたんだと思う。デイダラさんは、浴衣に身を包んでいる。しばらくすると「トビはまだ風呂行かないのか?」と聞かれた。僕は返事をすることも忘れて、考え事をしていた。


「…トビ?」

「…」

「おい、ちゃんと返事くらい「先輩」


先輩の方を見てみると、僕が敷いた布団の一つをもう一つの布団から離れさせて首を傾げている。…そんなに拒絶されたら、いくら僕だって傷つくじゃないですか。こんなことだからどうせ『ふーん』とか『へー』って返されて終わる気がするけど、一応言うだけ言ってみるか。


「今日、僕の誕生日なんですよ」

「…えっ!そうなのか!?」


あれ?驚いてる。先輩は目を丸くさせていた。しかし予想外の反応にこっちが驚かされるくらいだ。「ま、まぁ」と戸惑いながらも返事をすると、先輩は小さく微笑んだ。


「おめでとう」


思わず、胸が高鳴った。
当のデイダラさんはいつもの不貞腐れた顔なんかじゃなく、僕に見せたことのないような笑顔だ。


「あ…、ありがとうございます…」

「おう」


いつもは素直じゃなくて傲慢なデイダラさんだけど、本当は筋の通っている人なんだろうな。先輩と同じ時間を過ごして気付いたけど、ありがとうやごめんといった言葉は、言うべきときにはちゃんと言っていると思う。きっとこの人は、人殺しの犯罪者だけど根はいい人なんだ。
ストレートに祝いの言葉を贈られて純粋に嬉しいと思った。誰かに誕生日を祝ってもらうなんていつ以来だろう。なんて考えていたら、先輩は布団に潜り込みながら「今度何か奢ってやるよ」と僕に言った。その言葉に僕は何も言い返さない。違うんですよ、先輩。そんなものじゃなくて、僕が本当に欲しいものは、


「…いりません」

「え…?」


僕は彼の元に近寄り、その場で膝を衝いて先輩の頬に手を添えた。すると先輩の身体がビクッと跳ねて縮こまる。僕はそれに目を細めた。


「デイダラさんが、欲しいです」


そう言って、僕の右目と彼の右目の視線が合う。次の瞬間、デイダラさんが目を見開いた。


「うっ…!」


そのまま力無く僕にもたれ掛かると、デイダラさんは瞳を閉じたまま動かなくなった。仮面の穴から覗くのは赤色の写輪眼。僕は彼に、幻術をかけた。前のときは使わなかったが、今日ばかりは仕方ない。こうでもしなきゃ、この人は奪えない。もうこの世界にはいない、いないくせにこの人を縛り続けて離さない、忌々しい彼から。


「…、ぅ…っ」


仮面を少しだけずらし、意識のないデイダラさんにキスをする。風呂上がりで赤く色付いたその唇を塞げば、苦しそうな声が漏れて僕の服をきゅっと弱々しく握り締めた。それを見て、僕は黒い微笑みを抑えきれない。


「…先輩」


唇を放して、そのままゆっくりと布団に押し倒す。煌びやかに光る金色の長い髪がシーツに散らばる様は、これほどになく美しい。彼はもうこの手の内の中。自分の好きにできる。そう思うと心の隙間が埋まった気がした。
自分のものだと言わんばかりに、その首筋に幾つもの赤い印を残していく。舌を這わす度に先輩が「ん…っ」と甘い声を漏らすのが堪らなく愛らしい。首筋に顔を埋めながら、その身体に触れようとしたそのとき、




「……っぁ…、んな…っ…」

「…!」


ピク、と伸ばしかけた手が止まる。
デイダラさんが呼んだのは、僕の名前ではなく、この人をおいていった人形の呼び名だった。


ズキ、


その言葉が胸の奥を締め付ける。それと同時に、湧き上がる苛立ち。気にせずに続きをしようとしても、何故か手が動かない。構うことはない。このまま抱いてしまえばいい。そうは思っているのに、彼の気持ちを無視して、その心をぐちゃぐちゃにしてやることができないんだ。すべては先ほど彼が自分に贈った言葉と、あの笑顔が未だ忘れられないから。


「……クソ…ッ」


たかがこんな子ども相手にいつまでも何をやっている。体裁が悪い。悋気と怒りに任せて無理やり犯してしまおうとも思ったが、何も知らない彼が先ほど自分に見せた笑顔を思い出すと、どうしても手が出せない。このまま犯したって何も意味がなければ、後悔するだけだろう。よけい自分が惨めに、虚しくなるだけだ。一体いつからこんな甘くなってしまったんだ、俺は。
無防備に眠っている思い人の隣で、苦悩しながら聖夜は午前0時を過ぎた。それは苦くも彼の優しさを知った複雑なクリスマスイヴのことだった。











心を一つ、くださいな




せめて今日ぐらいは
僕の我儘をきいてくださいよ
(僕のものになってください)