『00.1度の君の体温』サソリ視点
※流血 暴力表現


顔に液体が飛びかかった。触れれば、掌が赤色に染まる。それが血だと気付くよりも早く、目の前でよろける相方の姿が見えた。


「ぅ…、…っ」


デイダラの口端から血が伝う。
その苦痛に歪んだ顔を見て、俺は頭の中が真っ白になった。







「ぐっ…!!」


敵が刀を抜き取り、デイダラが脇腹を抑えながら苦痛のこもった声を出す。デ、と呼びかけたそのとき、敵が俺たちを囲みまとめて飛びかかってくる。俺は指を使わずに、右胸から繋がれた傀儡がそれらを仕留めた。もちろん、デイダラを刺した奴も、一撃だった。
今思えば、これまでの経緯は数秒だったのかもしれない。10秒、5秒、もしくは3秒と思えるのも、敵がこちら側を負傷させたチャンスに攻撃をゆるめるはずがないからだ。しかし、俺にはこの瞬間がとても恐ろしく、一生忘れられないほどの出来事だったので、そんなに短いものとは思えなかった。


「チィッ…!!」


その場に倒れ込みそうになったデイダラを腕で受け止める。チャクラ糸が伸びる限り傀儡で残った敵の足止めをして、その間にこの場から少しでも遠くに逃げることにした。俺はデイダラを抱きかかえて必死に走った。らしくもなく、俺は焦っていた。


「だ、んな…っ…」

「喋るな!!」


ピク、とデイダラの体が跳ねたかと思ったら、突然激しく咳き込んで口から血潮が溢れた。デイダラはぐったりとした様子で、酷く衰弱しきっている。


(こ わ い)


この体になってから、こんな人間らしい恐怖を覚えたのは初めてだ。こいつの死がこわい。頼むから、どうか、死なないでくれ。そんな愚かしい、捨てたはずの感情。しかしそんな俺の思いとは裏腹に、先ほどまで唸り声を上げていたデイダラは、目を閉じたまま何も喋らない。唇は死人のように紫色だ。感度がわからない俺にでも、デイダラの体温がどんどん下がってきているのがわかった。その様子から、本当はもう死んでいるんじゃないかとまで思ってしまう。ぞくり、と背筋が凍る。とにかく、一刻も早くアジトに戻らなければ。俺はただ、森の中を走り続けることしかできなかった。




「あっ、サソリおかえり〜…って…おい!?デイダラちゃんどうしたんだ!?」

「早く角都呼べ!!」


血まみれのデイダラと、その血で汚れた俺を見るなり驚く飛段にそう言いつけると、その場にデイダラを横たわらせて医療忍術を行う。俺ができるのは止血くらいで、傷口を塞ぐことはできない。本当はもっと早くにしてやりたかったが、追っ手から逃げるだけで精一杯でそんな余裕はなかった。デイダラの状態はというと、顔を顰めて辛そうに呼吸している。


ドク、ドク、


くそ、とまらねぇ。傷口に手を添えて止血を試みるが、指の隙間から真っ赤な血が溢れ出てくる。おい、嘘だろ。まさかお前、このまま死ぬのか?こんな、芸術とも呼べないような、無様な死に様でいいのかよ。最後まで自分の美を貫き通すんだと言い張っていたじゃないか。美しく死にたいと言っていたじゃないか。それなのに、こんなところで、お前は、死ぬのか。


「後は俺がやろう」

「あぁ、頼む…」


角都は俺の肩を叩くと、脇腹から胸近くまでぱっくり裂けた傷口を縫い合わせる。一応俺ができる限りのことはしたが、デイダラの様子は一向に変わらないまま。俺は不安に押し潰されそうになった。


「どうだ、」

「傷口は塞いだが…何とも言えない」

「そんなっ!」


近くで眺めていた飛段は信じられないといった声を出すと「何とかならねーのかよ!」と角都を問い質す。「手は尽くしたが、傷が深すぎる」と角都は腕に糸を収めながら言った。要するに目が覚めるのを待つしかないということか。でもデイダラは、こんなところで死ぬような奴じゃない。なあ、そうだよな。心の中で問い掛けても、デイダラの目と口が開くことはない。俺はデイダラを抱きかかえると、ベッドに運んで目が覚めるときを待った。




デイダラの上半身の服だけ脱がせて、傷口に包帯を巻いてやる。縫い合わせた痕が酷く痛々しい。若い体には似合わない継ぎ接ぎが二つ。それを見たらないはずの胸が痛んだ。
胸のものは、自分の芸術を知らしめるために最後使うものだと言っていた。自分の命を犠牲にしてまで芸術を選ぶその決意は、感性は全く違うけれど、同じ芸術家として尊敬する。
だけど、もっと自分を大切にできないものか。そう思って「お前は死がこわくないのか」と聞いたことがある。デイダラは「儚く消えても芸術になれるなら、それも本望さ」と恐れるどころか嬉しそうに語るのだ。いつもこいつは自分を危険に曝すような闘いをする。だから早死にするタイプだって言ってるんだ。今回だって、任務とは言えど遊び感覚で派手に爆発を起こし、自分の芸術に酔いしれているところを不意を打たれた。そして致命傷を負い、生死をさ迷っている。
なんて馬鹿な奴なんだ。命あってこそ今があるのに。死んでしまったら全てを失ってしまうじゃないか。過去も、未来も、一瞬で消え飛ぶ。両親を亡くした俺が一番それをわかっている。


トクン、


(あ、動いてる)


そ、とその右胸に手を当ててみる。その行為に目的もなければ、何の意味もない。無意識の内にしたことだった。それは小さくも確かに鼓動を打っている。お前は俺とは違うから、生身の体だから自分をもっと気遣ってほしい。それなのに、お前は自分が散るこそさえこわくないと言う。俺は死がこの上なくこわくて堪らない。両親が死んだ事実を知った日を思い出す。もう二度と、あんな思いはしたくない。今の思いはそれに似ている。もしデイダラが死んだら、そう思うだけで身が竦む。お前がいない世界じゃきっと生きていけない。頼むから、死ぬな。俺を残していなくならないでくれ。






「……ぅっ…」

「デイダラ…!」


アジトに帰ってきた頃は明け方だったというのに、デイダラの目が覚めたのは真夜中だった。俺はあれから何をするにも不安感に襲われて、隣でこのときを待ち続けた。デイダラの意識が戻った嬉しさから、思わず口元が緩む。よかった。生きてて、死ななくて。デイダラはまだ頭がぼーっとしているのか、数回瞬きをしてから俺の顔をじっと見つめる。


「だんな…?」

「ああ」


「ほんとに、ほんとに旦那…?」と念を押す聞かれれば「当たり前だろ」と言って俺は頷く。デイダラは安心しきった顔をして小さく息を吐いた。意識は戻ったものの、傷口が痛むのか吐息に辛苦が混じっている。それでも力無く笑う表情を見れば、先ほどの青白い顔が嘘のようで、やはり嬉しいと思わずにはいられない。デイダラが何か言おうとしていることに気付いた俺は、口元に耳を寄せる。


「…、…た」

「なんだ?」

「よかった…旦那が生きててっ…」


――え


デイダラの言葉に俺は動きを止める。…おかしい。なんで、自分がこんな酷い大怪我してるのに、俺の心配なんかして、
 

「旦那が無事で何よりだ…っ」


なんで、そんな嬉しそうに、


「…っお前」


ま、さか




ドサッ


「っ!?、ぅぐ、っ」


途端、喉を掴まれてシーツへと埋まるその傷だらけの体。ぎりぎりと肉に食い込む手は、爪を立てて喉元に痕を残す。デイダラは目を見開き何が起きたかわからないといった顔をして、口を開き何かを言いかける。だが、それすらも俺が両腕に力を込めれば遮られてしまう。デイダラは顔を歪ませながら、どうにか止めさせようと俺の手を必死に剥がそうとしている。


「なんでだよ」

「げほッ……ぁ、ぐっ…!」


手をパッと離してやれば、デイダラは咳き込みながら目に涙を溜める。だが俺は休ませる暇も与えず、デイダラの肩を強い力でベッドに押さえつける。そのとき思わず腹に力が入って傷が疼いたのか、デイダラは小さく呻いた。


「そんな真似して、俺が喜ぶと、」


メリ…ッ


「いっ…痛い…!!だんな、ぁ…ッ!!」


肩を掴む手に力を籠めれば、それはイヤな音を立て、デイダラは痛みに悲鳴を上げた。もう今の俺には何もかもが憎くて仕方ない。どうしてわかってくれない。俺は、お前がいなくなることが、


「あっ、い゙!」


髪を掴み上げて、力任せに乱暴にベッドから引きずり下ろす。ドタンッ、と大きな音を立ててデイダラは床に伏せると傷口を押さえて痛みに悶えた。動かないままのデイダラの顔を掴んでグイッと無理やり上に向かせると、その頬を殴った。


「うっ、ぐッ…!」


何度も、何度も。


「だっ、な…っ…なん、で…っ」


デイダラが刺されたとき、俺が見たのはデイダラの背中。そう。本来刺されていたのは、紛れもなく俺だった。デイダラは、自分が犠牲になってまで俺を庇ったんだ。その事実が、この上なく許せなかった。


物音を不審に思ったのか「何やってんだ!」と飛段や他のメンバーが部屋に入って止められる。負傷している体には耐えられなかったんだろう、リーダーに抱きかかえられたデイダラの手足は投げ出されてる。どうやら気を失ってしまったようだ。それでも俺の怒りは収まらない。


“なんで”


デイダラが気を失う前に言った最後の言葉が、更に俺を苛立たせた。俺が何を根拠に怒っているかなんて、きっとお前にはわからないだろう。お前はああすれば、俺に喜んでもらえると思っていたんだろうから。


「だから餓鬼は嫌いなんだッ!!」


何もわかっていないくせに。俺がお前を犠牲にしてまで、死を恐れているように見えたか。お前が身代わりになれば俺が喜ぶと思ったか。誰がそんなことを望んだ。そういう知ったかぶりが気に入らないんだよ。お前が死んで一人おいていかれることが一番こわい。それなのに、お前は俺のために、命を捨てようとしたというのか。


「…少し頭を冷やせ」


そう言うと、リーダーは気絶しているデイダラを連れ出て行ってしまった。一人取り残された俺は、先ほどのデイダラの様子を思い出す。


「……」


あのときは頭に血が上っていたからこんなこと思わなかったが、今思うとやり過ぎたかもしれない。仮にも俺を助けようとしてくれたのに。…今度デイダラが目覚めたときは、自分が持っている限りの優しさで迎えよう。もうあんな真似はするなと、言葉にするのは苦手だけどやれるだけやってみよう。俺はそう決め込むと、デイダラを迎えに部屋を出て行った。
俺は本当に冷酷で無慈悲な心の持ち主かもしれない。命を救ってもらった相手を(大切な存在なのに、大切だから)容赦なしに傷つけてしまった。感謝するどころか、お前を憎く思っている。もうこんな体で何年も生きているからかもしれない、人間として正常な感情が働かないんだ。だからどうか、お前は俺と同じような体にはならないで。その体温を、失わないで。








掌には君の心音





その音が止まるとき
俺はもう世界にいなかったらいい

(お前の息絶えなんて
きっと、耐えられないから)