サソデイ前提


「うわあ、不気味だなあ」


もう動かない所々が欠けたり割れたりして壊れた大量の人形を見て後輩はこう言った。まるで大勢の人間が死んでいるかのような、気味の悪い図だ。


(……旦那…)


自分としては、相方のことが気になって仕方がない。辺りを見渡して手当たり次第に地に伏している人形の顔を覗き込んでは、また起き上がらせるを繰り返す。ガシャン、と手から人形が落ちる度に煩わしい音が辺りに響いた。


「サソリさんなら、ここですよ」


ほら、と後輩が一歩後ろにずれればその足元に彼の赤髪が見えた。思わず、恐怖感に襲われた。探していたはずの彼がすぐそこにいるのに、まるでいないことを望んでいたかのような、いつもみたいに悪態をついてひょっこり現れると信じていたかのような、その全てが裏切られた気持ちになった。


「だ、んな」


声が震える。
胸の奥がズキズキと痛い。
一歩前に出るだけで精一杯だ。


なにしてんだよ。いつまでもそんな所に突っ伏してんじゃねぇっての。見てみろ、オイラ両腕無くなっちまったんだ。情けないったらありゃしない。
そういえば、前にもこんなことがあった気がする。なぁ旦那、覚えてる?オイラがまだ16のとき任務中にオイラが大怪我して、旦那に迷惑かけて、足引っ張っちゃって、オイラのせいで任務失敗したんだよな。アジトにやっとの思いで帰ってきて、応急措置を終えたとはいうものの死にかけてるオイラ相手に旦那はブチギレて殴りかかったっけ。飛段やらリーダーやら大勢が止めに入って、だから餓鬼はやなんだって怒鳴られた。
でも今思い返せば、あれは旦那だって悪かったよ。だってオイラは、旦那のこと庇って斬られたんだから。それなのにあんたって人は、オイラの優しさに気付くこともなく任務中は集中しろだとか抜かしやがった。よく言うぜ、隙だらけだったくせに。旦那のが集中しろっつの。

……ほら、オイラあんたのこと見下してんだぜ?
はやく起き上がってくれよ。
餓鬼が調子乗るなって言ってくれよ。
いつもみたいに、名前を呼んでよ。


「……」

「あれ?先輩のことだから絶対に不平やら文句の一つや二つ言うと思ってたのに、何も言うことないんですか?」


意外だなー、なんて隣から聞こえてくるけど、オイラだって見苦しく泣き喚いて言いたいこと全部を今ここで叫びたい。お前さえいなきゃな。
何も言えずに、ただ立ち尽くすオイラを見て、トビがヒビの入った旦那の頬に手を添えた。腕のないオイラに代わって何かを察したかのように。


「つめたいか…?」

「そりゃあ、人形ですからね」

「…違ぇ」

「違くないでしょ。どう見たって人間と呼ぶにはかけ離れ「だから違うんだってば」


旦那が人形だからじゃない。
だってあの日の旦那は、自分の名前を呼ぶ声は、あの無機質な固い手は…






『――いっ…!!』

『目が覚めたか』


目が覚めた瞬間、全身に痛みが走る。特に右脇腹の方を集中的に焼けるような熱を感じて、火で炙られているのかと思った。(さすがの旦那もそこまでしないか)


『あまり動くな。縫い合わせた傷口が開くかもしれないからな』

『…っ…どこ…』

『俺の部屋だ。俺が殴りかかった後に意識が飛んだ』


あぁ、そっか。オイラ生きてるのか。正直、このまま死んじゃったらどうしようって旦那に殴られていたとき怖くなった。体中にできた痣を首だけ動かしてぼんやり眺めていると、突然額にひんやりとした何かを感じた。見れば旦那が手を添えている。


『生きててよかった』


そう言って、自分の頭を撫でる旦那。その手と声は信じられないくらいにやさしく、あたたかかった。思わず目頭が熱くなる。


『あ、んたが…やったんだろ…!』

『ごめん』

『殺されるかと思った…っ』

『…ごめん』


みっともなく涙を流してしまう。嗚咽を抑えきれない。ただでさえ脇腹から出血しているのに、抵抗もできず一方的な暴力はきつかった。でもそれだけじゃない何かが、ずっと引っかかっていた。誰より何より大切な彼を守れるならそれでよかったのに、そんな思いが、心が、ズタズタに引き裂かれた。それが、悲しかった。


『デイダラ』

『…?』

『俺を、残していなくなるな、』


そう言うと、旦那に体を強く抱き寄せられた。ちょうど旦那の手が傷口に当たるうえに、ちょっとでも服が痣に擦れるだけで体が強張る。痛い、そう訴えようかと思って旦那の顔を見る。でも、オイラは旦那の顔を見たら何も言えなくなってしまった。このときの旦那は、今まで見てきた旦那の中で一番人間臭い顔をしていた。悲しそうに傷ついた顔をして、もっと自分を大事にしろ、危ない真似はするなと言うのだ。こんなに心配してくれていたなんて思ってもいなかったオイラは、ただ目を丸くさせて、旦那の言葉に首を縦に振る。旦那がまるで、泣いているようだったから。






「……ぁ…」


あぁ、そうか。
生きていたからこそ、
あの温もりがあったのか。


「死んだから、つめたいんだ」












00.1度の君の体温





「人間でもないのに、死ぬんですか」

「あぁ、死ぬさ。人形見縊んな」


可笑しな話、そう言ってトビは、なら先輩の言うようあの人は死んでないにも関わらず、体温がなかったんですね、と続けた。動いていたときの旦那と今のもう動かない旦那は何も変わらない、同じだとオイラに遠回しに言うように。


「テメーにはわからねえ」


旦那が誰よりも心を捨てきれなかったことも、この旦那の体の温度差も。わかるわけがない。本人である旦那ですら気付けなかったんだから。先輩、と声をかけられる。今度はなんだとキッと睨みを利かせてトビを見た。


「…泣いてますよ」


トビが声を落ち着かせて、静かにそう言った。え、顔を上げた瞬間、ぽた、と涙が零れた。


「あ、れ」


ぽろぽろと目から溢れ出す。う、わ。とまらねえ。きっと今オイラ、すごくカッコ悪い。涙を拭いたくても、拭うための腕はもぎ取られてしまった。せめて声が漏れないように、唇を痛いほど噛み締めた。それでも涙はとまらない。くそ、とまれ、とまれとまれとまれ、とまれったら。こんな、みっともなく、人前でこんな
チクリと痛みを感じると、血が顎を伝って垂れた。それを見ていたトビが、突然オイラの顔を掴んでグイッと真正面を向かせた。


「もう、無理しないでください」


表情は読み取れないけど、その声は辛そうだった。トビの言葉に、よけいに涙がこみ上げて幾つもの雫が頬を伝った。
旦那は人間を辞めたけど、確かに生きていた。生きていたからこそ、あの温もりがあったのに。今はもう旦那はいない。こんなにも近くにいるはずのに、もうこの世界からいなくなってしまった。
トビがオイラの頭を優しく撫でると、押し殺していた感情が高まりオイラは声を上げて泣いた。その手はあの日の旦那と同じように、あたたかかった。