※流血 グロ注意


確か、あれは任務帰りの事だった。笠を深く被り、栄えた繁華街を歩いていたときのこと。デイダラが粘土を調達したいと言って、自分も傀儡の部品が丁度足りなかったから少し寄り道することにした。買い物を済まし、歩き疲れたところで、今度は「足が痛い」と言ってデイダラは「どこかで休もう」と一点張りで帰ろうとしない。仕方ないと思った俺は、すぐ近くに見えた茶店に入った。
今思えば、力ずくでも無理やり連れ帰ればよかった。誰かに奪われるなんて思いもしなかった。誰にも渡す気なんてなかったのに。


重たい荷物を床に置いて、笠を取って椅子に座る。デイダラは先ほどの疲れきった表情はどこへやら「何にしようかな〜」と言って、壁に貼られた品目を浮かれたように眺めていた。…ただ食べたかっただけじゃねぇか。俺は溜め息をついて、不貞腐れたように「何にすんだ」と聞くと、デイダラは悩みに悩んで壁の札を指差した。俺は手招きして店員を呼ぶ。やってきたのは、桜色の着物に身を包んだ、髪の短い若い女。


「何にしましょうか?」

「茶一杯とあんみつ頼む」


女は「畏まりました」と言うとチラ、とデイダラを見て厨房に戻る。デイダラはというと、最初は顔を伏せていたけど女が向かった方を気にしていた。…なんだ?


「だ、旦那っ!」

「あ?」

「今の子すっげぇ可愛いかったな!」

「…はぁ?」


何を言い出すかと思えば。俺も体を動かしてさっきの女に目を向ける。確かに…綺麗というより可愛い感じだな。


「あー、ムリムリ。あぁいうのはお前みたいなガキには興味ないんだよ」

「なっ!?オイラはガキじゃない!」


反発するデイダラを気にも止めず、俺はそういうところがガキなんだと心の中で思う。お気に入りの人形が、他の誰を好きになったところで構いやしない。それだけデイダラには俺しかいないという自信があった。


「まぁ、俺の余り物でいいならくれてやってもいいが…」


先ほどからチラチラ此方を見ていた女の集まりに目を向ければ、黄色い声が上がる。「目ェ合っちゃった」と嬉しそうに騒ぐ女共を横目にデイダラは「いらねーよ!」と言った。するとその眉間に皺を寄せた顔を、瞬時にグルリと逸らす。背後から足音が聞こえた。


「お待たせしました、お品物です」

「…どうも」


そういうことか。わかりやすい奴だ。先ほどの女が御盆を手に戻ってくると品物をテーブルの上に置く。茶をデイダラの手前に置こうとしたとき、


ガチャンッ


「あっち!!」

「!」


女の手元が狂い、茶が思いっきりデイダラにかかった。こぼれた中身が足元に垂れて、見ればデイダラのコートが濡れている。俺にはかからなかったけど、コイツなら間違いなく怒るだろうな。


「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

「い、いや…大丈夫…」


デイダラの信じられない対応に、思わず思考が止まる。おい、なんなんだよそれは。お前はそんなにいい奴じゃないだろう。女は裾からハンカチを取り出すとデイダラの服に当てがう。「そんな良いって!」と言うデイダラの顔は真っ赤だ。俺はそんな二人の姿を、ただ恨めしく眺める。


「本当にごめんなさい…。せめてお支払いは要りませんので…」

「あっ…え、そん「帰るぞデイダラ」


え、と固まるデイダラを気にも止めず俺は立ち上がると自分の分だけの荷物を掴み店を後にする。気分が悪い。むしゃくしゃする。腹立たしくて仕方がない。何が?…わからない。それさえにも苛立ちを感じた。


「旦那ッ、待ってくれよ!」


後ろから聞き慣れた声がして、バタバタと騒がしい足音がした。あぁ、来たか。俺はそれに安心感を覚える。とにかくこの場所から離れたい。一刻も早くデイダラを連れて帰りたい。なぜ?やはり、わからない。何はともあれ、早くここから――


「あの…!」


後ろからした声に、奪われる安心感。きっとあの女の声だ。俺は聞こえないフリをして構わずに足を進めた。しかし、後ろの足音が止まる。すると背後からデイダラの気配が消えた。しばらくしてから振り返れば、今まで俺の後ろを歩いていたはずのデイダラの姿がない。急いで人通りの多い道で黄色の頭を探せば、さっきの茶店の女の元へ走っていくのが見えた。


「どうしたんだ、うん?」

「ぁ……えと…」

「…?」

「な、名前…教えてください!」


女の言葉にデイダラは驚いたような顔をする。しかし俺はデイダラ以上に衝撃を受けた。フ、と口元をゆるめて「デイダラ」と名乗るデイダラの表情はとても優しく柔らかいものだった。あんな顔、一度も見たことない。今まで俺に見せていた笑顔とは違うものだ。アイツでもあんな顔をするのか?誰よりもお前の全てを知っているのに。なのにどうして、と思うと同時に俺は確信した。お気に入りの人形が奪われることに、焦っていたんだ、と。




それからというもの、任務から帰った頃には身体も疲れきって大抵外は真っ暗だというのに、デイダラはアジトから抜け出すようになった。もちろん本人はバレていないと思っているだろうし、周りも気付いていない、…俺一人を除いては。俺はデイダラの後をつけた。バレないように気配を殺し、見失わないように注意深く。
デイダラが行き着いた場所は、前に訪れたことのある、あの繁華街だった。そしてその中でも一段と落ち着いた木々に囲まれた場所で、到着したデイダラの目線の先に先日入った茶店の女がいた。やっぱり。この繁華街が見えたところで大体は想定してたが。俺はそこから少しだけ離れ、木の後ろに隠れて身を潜めた。聞こえるのは笑い合う男女の声と、憎たらしいほど幸せそうなデイダラと女の笑顔が目に入る。なんで、そんな顔するんだ。お前は自分だけのものなのだから、自分だけにその笑顔を見せていればいいんだ。そして、俺だけを見て俺無しでは生きられなくなればいい。それなのに、お前は一度たりともそんな顔を俺に見せてくれたことがなければ、今こうして俺の元から離れ誰かのところへ行こうとする。人形の分際で、俺の思い通りにはならないというのか。
憎い、と心底思った。俺を裏切ったデイダラも、俺からデイダラを奪った女に対しても。許せない。その幸せを壊してやりたい。俺が傷付いた分、同じ思いをさせてやりたい。


(もしあの女を殺したら、デイダラも少しは俺の気持ちをわかってくれるだろうか?)


そんな考えが頭を過ぎった。そうすればデイダラは俺だけを見て、俺からデイダラを奪おうとする人間もいなくなる。それしかない。早めに決行してしまえば憂いはない。今夜殺ってしまおう。俺はデイダラがこの場を立ち去るのを、心待ちに待った。




「また、午前0時にここで」

「約束だよ」

「あぁ、約束だ」


ひたすら女が一人になるのを待ち続けて何時間が経っただろう。デイダラが俺以外の奴と楽しそうに話しているのをただ見ているのは、腸が煮えくり返る思いで、時間が過ぎるのがとても長く感じた。しかし、どうやらようやくその時が来たようだ。約束、か。そんなものは所詮破るためにあるもの。お前は明日の今頃、一体どんな顔をしているだろう。その綺麗な青い瞳が絶望の色で濁っていればいい。俺を裏切った罰だ。当然の報いじゃないか。
デイダラが地上から飛び立つと、女はしばらく空を見上げていた。そして、デイダラが見えなくなったところで後ろを振り返る。目の前に俺が立っていたから、女は驚いたのだろう、表情が引きつっていたのが月明かりに照らされてはっきり見えた。


「ぁ……」

「覚えてるか」


え、と聞き返すよりも早く、ひぅんと風を切る音がした。それは女の首もとを裂き、通り抜ける。女は俺の手に握られた血の付いた刃物を見ると、自らの首に指先を這わす。どろり、とした真っ赤な液体でその手が染まる。次の瞬間には顔をしかめた。そこで初めて切られたと理解したらしい。


「いやあぁッ!!」


傷が浅かったか。俺が刃物を持った手を振り上げると、女は今度こそ殺されると思ったのか、首の傷口を抑えながら走り出す。逃がしてたまるかと瞬時にその腕を片手で掴んだが、女が必死に抵抗したため、するりと振り払われて森の奥へと逃げられてしまった。


「チッ…」


次こそは逃がさない。俺は女が逃げた方向へ足早に向かった。


「どこ行きやがった…」


周りを見渡しても、見えるのは木々ばかり。女の姿はどこにもない。さすがに広すぎる。見失ったかと思ったそのとき、地面に道となり続いている血痕に気付いた。それを辿れば、女を見つけるのは容易い。女は木にもたれ掛かった状態で死にかけていた。


「ぁ…っ…たすけ…」

「……」

「た、すけて…デ…イダラ…っ」


助けて?この期に及んで、馬鹿じゃないのか。お前の愛した男は、今頃何も知らずにいるというのに。助けになんて来るはずないのに。何度もデイダラの名前を呼ぶが、呼吸器官が傷付けられたせいか女は苦しそうに息をする。それでも胸を掻きむしりながら、口から血を溢れ出しながら、女は何度も、何度もその名前を呼び続ける。俺はそれを見て心底呆れた。
そして、俺は刃物よりも冷たく無慈悲な目で女を見下し、その左胸目掛けて躊躇いもなく右手を振り下ろした。






日が沈み初め、空が血の色に染まる夕方頃。俺がアジトに到着したときには、デイダラはすでに寝ているようだった。無性に奴の顔を見たかったが、起こす気にもなれず、俺はデイダラが起きるのを心待ちにしていた。
しかしこの時間になっても起きないとなると、なんだか待つ気も薄れていく。さすがに起こそうかと思って、俺はデイダラの部屋へ向かった。聞けば、デイダラはあれから帰って来たなり食事も取らずに自室へ戻ったらしい。そんなに疲労が溜ってまで、あの女に会いたかったのか。その愛しの恋人が死んだと知ったら、デイダラはどんな顔をするだろう。考えただけで頬が弛んだ。他の奴が傷付けるのは許さない、自分だけが傷付けていい可愛い人形。そして他の誰のものでもなく、お前は自分だけのもの。


「デイダラ」


俺がデイダラの部屋に訪れるなんて、滅多にないことだから怪しまれないだろうか。


「うん?」


しかしデイダラは眠そうに目をこすると俺の方を見つめまた視線を下に戻す。どうやら不審に思ってないようだ。それから何気ない会話をして、二人で居間に向かう。何も知らないデイダラは、無邪気に笑顔を見せてくる。恋人を殺した、この俺に。


「やけにご機嫌だな」

「あ、わかるかい旦那?やっぱり顔に出ちまうもんだな!」


とても幸せそうに笑うデイダラに、思わず真実を口走りそうになる。俺はお前の女を殺したんだ。そんな三秒にも満たない言葉を口にしただけで、お前の笑顔は崩れてしまうんだろう。あぁ、なんて脆く壊れやすいその幸せ。午前0時が待ち遠しい。早く絶望に歪むその顔を見せてくれ。


「お前は本当に幸せだ」


疑うことを知らない、奴のその背に向かって言葉を吐けば、それは伝わることなく空気中に融けた。デイダラに早く早くと呼ばれて、俺は止めていた足を早めた。






外が闇に包まれ、空に浮かんだ星が光る午前0時。デイダラが出ていったのを見計らって、少ししてから俺もあの約束の場所とやらに向かった。しかしその場所に行ってもデイダラの姿、ましてや女の姿など見当たらない。ということは、


「…もう向かったか」


俺は女を殺した場所へと足を進める。案の定、そこにはデイダラがいた。


「デイダラ」


声をかければ、デイダラは間を入れてから遅い反応をする。思った通りその表情は絶望の色に染って青の瞳から溢れた涙で濡れている。あぁ、綺麗だ。よく笑う奴だと思っていたが、こんな顔もできたんだな。どうせならもっと早くに女を殺しておけばよかった。よくその顔を見せてくれ。


「…!」


見ればその腕の中には俺からデイダラを奪った女、の死体。死に際に何度も何度も来るはずのない男の名前を呼び続けて、死んで逝った馬鹿な女。デイダラはその女の亡骸を抱えて、青白い顔を見つめる。愛おしそうに、それでいて酷く哀しそうに。(その表情の美しさといったら、先ほどのものなんて比べ物にならない)
それが嫌で、無性に胸が苦しくなって俺はデイダラを抱き締めた。なんで。どうしてそんな顔をする。どうして俺を見ない。今お前の目の前にいるのは俺なのに。どうしてそんな、死体になんか、


「…デイダラ」


こっちを見ろと言わんばかりに無理やり自分の方を向かせても、デイダラの瞳に俺はいない。いるのは、ただあの女だけ。どうして、どうしてなんだ。お前が愛した女はもうこの世にいないというのに。それなのにお前は俺に見向きもしないというのか。死んでもなお、デイダラに愛される女が憎い。


「俺が、傍にいるから」


だから、俺だけを見ろ。そう口にしてしまったんじゃないかと思うほど、俺は強くデイダラを抱き締める。こんなに傍にいるはずなのに、お前の心はどこにある。どうしたらこの手が届く。どうしたら自分を見てくれる。どうしたらあの女を忘れてくれる。どうしたら、お前は、
こんなにも容易く腕の中に抱え込むことができるのに、その心を手に入れる方法だけが、わからないまま日の出を迎えた。泣きつく奴に、光に照らされた顔を見られる自信がない。











人殺し




傷つけて
人の命を踏みにじってでも
お前が欲しかった