毎日毎日任務を遂行に熟していくことの繰り返し。人を殺して生きていく日々。けれども、決してつまらなくなんかはなかった。この組織のおかげで芸術作品を生み出すことができる訳だし(それは人々の悲鳴や断末魔とか、崩れる建造物とか、最後にはまるで初めから何もなかったかのように一瞬で消えてしまうそれ)普通ではそんなこと許されないから。オイラみたいな、イカレた奴らの集まりだからこそ、許される己の欲を満たすためだけの罪。
満足していた。これ以上何も望まなかった。そう思っていたはずなのに、彼女に出会ってからというもの、オイラはおかしくなってしまった。




「悪ぃ、遅れちまった」

「ううん、そんなに待ってないよ」


時刻はすでに午前0時を回っている。アジトをこっそり抜け出して、オイラの足は人が多く集まる繁華街に向かった。しかし日が出ているときは人通りも多く賑やかな街中も、夜中になれば店も閉まって静寂に包まれている。だからこそ、この時間を狙った。さらにその繁華街から少し離れて、静かで木々に囲まれた場所にオイラ達はいた。


「お前の方…大丈夫だったか?」

「うん。誰にも見つからずに抜け出せた」


彼女はそう言うと、そんな不安さえ忘れさせるかのように優しく笑う。思わず、その笑顔にドキッとした。
オイラ達の関係は恋人同士。だけど、自分は名の知れた犯罪者で、彼女は茶店で働く極普通の17の少女。だから誰にも知られたらいけなかった。自分に女がいることが組織に漏れれば何らかの支障(組織の情報が外に漏れるだとか、そんなところだろう)が出ると面倒だと見做され、彼女は始末されるかもしれない。彼女の方はというと、暁の男なんかと関わっていると知られたら、周りが許さないだろうし、暗部に目を付けられる。だからこうして、深夜に会う約束をして一目を盗んででしか会えない。
でもオイラにとっては、彼女といる時間が一番大切だった。ずっとこのまま傍にいたいだなんて、身分上こうしていられる訳なんてないことは頭ではわかっているのに、そう思わずにはいられない。それぐらいオイラは彼女に依存している。
突然、服の裾を引っ張られた。ん?と聞き返せば、まっすぐなその瞳にじっと見つめられる。それは汚れを知らない、オイラのものなんかよりずっと綺麗で澄んだ色をしていた。


「やっと会えた」

「……」

「昨日、ずっと待ってたのに」

「予定より任務が長引いちまって…」

「寂しかった、の」


震えた声でそう言うと、今にも泣き出しそうな顔をしてすがるように抱きつかれる。あぁ、そんな可愛いこと言われたら、


「…ごめん」


一言だけそう言って、安心させるように自分より小さな体を抱き締め返した。気付かないうちに、寂しい思いをさせていたなんて。少し離れただけで会いたいと思うのは、オイラだけじゃないんだ。そう思うとなんだか嬉しくて、太陽の下では会えないけど、彼女といられるなら真っ暗闇でも幸せだと思った。


「やだ。許さない」

「えー」

「でも、久しぶりにデイダラの可愛い顔が見れたから許してあげる」

「はは、なんだいそりゃ?」


「つーかお前のが可愛いっての」と言いながら彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。ショートヘアのふわふわな髪が乱れれば、不機嫌そうな顔をして頬を膨らませる。ホント、可愛いなぁ。
暁に入ったとき、リーダーから外の人間とは連むなと言われたけど、本当は心のどこかで寂しく思っている自分がいた。今までの人生を全て芸術に捧げてきたけど、ずっと恋愛に憧れていた。でも人殺しの自分が人を好きになるなんて、許されないこと。そう思ってずっと生きてきた。そんな人生の途中で、出会った彼女。だから、夢にまで見たこの恋に、これほどにない幸せを感じた。心からの笑顔を見せれば、彼女もまた頬を赤く染めてはにかんだ。本当に、幸せだと思った。




「まだここにいればいいのに」

「そうしたいけど…もうすぐ日の出の時間だ。そしたら人通りも多くなる」

「……また、来てくれる…?」

「あぁ、だからんな顔すんなって」


楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去るもので、何気ない会話を交わしていたらもう別れの時間。ただ好きな人と笑い合うことでさえ、自分たちにとってはとても貴重で重みのあるものだった。同じ年代の恋人同士だったら、きっとこうして思い人の傍にいることは当たり前のことなんだろう。それが、普通だ。
そんなこと考えたら、なんだか名残惜しくなってきて早々に鳥型の作品に乗る。一目だけ彼女を見れば、しゅんと肩を落として悄気た顔をしている。お願いだからそんな顔しないでくれよ。オイラまで別れが辛くなる。


「また、午前0時にここで」

「約束だよ」

「あぁ、約束だ」


そう言ったのを最後に、自分を乗せた鳥は薄暗い空に向かって宙を浮いた。だんだん愛しい人の姿が小さくなってようやく見えなくなったところで糸が切れたようにふ、と身体の力が抜ける。次の瞬間、睡魔に襲われる。そういえば、一昨日の任務から帰ってたのが昨日の夜で、アジトに到着したら時間を見計らってすぐにここに向かったから、一昨日から一睡もしていなかった。とりあえず自室に戻ったら身体を休ませよう。今日は任務が入っていないはずだから。鳥の上でふらつく身体に耐えて、オイラは速度を上げてアジトを目指した。






夢を見た。
幸せで、とても心地いいゆめを。


自分と彼女が人混みの中、はぐれないように手を繋いで太陽の下を歩いていた。ただ、それだけ。
それでもオイラにとっては、まるで普通の恋人同士のように人前で堂々と手を繋げることが、夢にまで見るほど羨ましく、憧憬することだった。
現実では叶わないから
せめて、夢の中だけでも……






「……ん、」


彼女の笑顔を見たのを最後に、するりと繋いでいた手が離れてしまった。その手を掴もうとすれば、彼女は目の前から消えてしまって、視界には自室の天井。…やっぱり、夢だったのか。
幸せだった時間が嘘のように、虚しい気持ちでいっぱいになった。窓を見れば空はオレンジ色。きっと今は夕方なんだろう。それなら、あと少しだけでも夢の続きを見たかった。


(でも、また会えるんだ)


あと半日としないうちに、今度は夢ではなく、さっきのように消えたりしない本物の彼女に会える。そう思うと思わず頬が弛んだ。まず最初に会ったら手、繋ぎたいな。


「デイダラ」


声のした方を見ると扉が開く。そこにはサソリの旦那が立っていた。


「うん?」


珍しいな、旦那がオイラの部屋に来るなんて。任務の日はせっかちな旦那はオイラを朝早くに起こしに来るけど、非番の日なんかには逆にオイラが旦那の部屋に行くことが多い。


「飯。食ってねぇだろ」

「あ、そーいえば…」


日が登った薄暗い朝方に帰って来て、その後すぐ導かれるようにベッドにダイブしたから、朝飯食べ忘れていた。まぁ、今はもう夕方だし、朝飯と昼飯を合わせた晩飯になっちまうけど。どれだけ疲れていたんだろう。旦那はそれだけ言うと部屋から出て行った。オイラも慌てて後を追う。


「今日の飯なに?」

「お前の好きなおでん」

「やった!」


オイラは旦那のすぐ傍まで小走りで駆け寄り、その返事を聞いてさらに足の速度を早める。それに心なしか足取りも軽い。早く夜になってほしい。午前0時が待ち遠しくて堪らない。彼女に会いたくて仕方がない。なんだか、こんな甘酸っぱい気持ちは初めてだ。


「やけにご機嫌だな」

「あ、わかるかい旦那?やっぱり顔に出ちまうもんだな!」


そりゃあ自分の好きなもの食べれるのもあるけど、本当は彼女に会いたくて会いたくて浮かれている。ついさっき会ったばかりなのに、会えない時間がこんなにもどかしいなんて。自分でも恋に溺れているのがわかった。恋してる人がよくそう言うけど、本当にそうとしか言いようがない。オイラは後ろにいる旦那を呼んで、爽快な気分で居間に向かった。




「ちょっと早すぎたか…」


時刻は午後11時20分。空には丸い月と無数の星が浮かび、自分を青白く照らす。初めのうちは時計を気にしながら粘土を弄っていたのだが、全く集中できなくてけっきょく早めに出て来てしまった。しかし待ち合わせ場所に来てみたものの、上空から下を眺めても見えるのは木々に囲まれた草原で、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。仕方ない、降りて待つか。そう思って地上近くまで降下して、鳥から飛び降りる。


「!」


…おかしい。
僅かだが、争った形跡がある。


上空からではわからなかったが、荒らされた地面と残された足跡が物語っていた。それに、草木に赤黒いものが付いているような気が


「ま、さか」


まだ頭で状況が理解出来ないまま、地面に続いている血の痕を辿る。最初は小走りだったのも、無意識のうちに駆け足に変わる。心臓の音がうるさい。どうか、違っていてくれ。無事でいてくれ。


血痕が森の中で途切れたと思ったら、ぬるりと足元になんとも言えない感触がした。見れば、一面に血溜まりが広がっている。
その血を辿って顔を上げれば、







「……ッ!!」


そこにいたのは、木にもたれ掛かる血まみれの彼女の姿。その変わり果てた姿に、言葉を失う。


「…おいッ!!」


触れれば、その体は信じられないほど氷のように冷たく、掌は血で真っ赤に染まる。ぞく、と背筋が凍りつく。恐怖心を抱いたが(見慣れているくせに)構わずにその身体を抱きかかえて、何度も何度も名前を呼ぶ。服に彼女の血が付くのがわかった。指先を見れば、色が変色して硬直していた。もう時間が随分と経っていることは分かり切っていた。今まで幾つもの死体を見てきたから、結果が見えていた。それでも体を揺さぶった。声が枯れても名前を叫び続けた。


「あ…、…ぁあ…っ」


嫌だ、嫌だ嫌だいやだ。死ぬな。お願いだから、死なないでくれ。血は見慣れているはずなのに、どうしてか手の震えが止まらない。怖くて怖くて堪らなかった。もう二度と彼女に会えないような気がして。あの夢のように、自分から離れていってしまう気がして。彼女が死んでしまう、気がして。


「ぅ…っ…ぅぁああッ…!」


オイラのせいだ。
オイラなんかと関わったから。


こんな日がいつか来ることはわかっていたのに。自分のような追われている身の上、自分と関わった人間が狙われることも危険に曝すことも承知していた。それなのに彼女と傍にいたいがためにわかったフリをしていた馬鹿なオイラは、わかっていて傍にいた。そのせいで彼女は死んだ。
オイラが、殺したんだ。




周りが静かだったから自分の泣く声がよけいに響いていたような気がする。一番守りたかった人はこの腕の中にいるはずなのに、もう世界からいなくなってしまった。犠牲になったのは紛れもなく、彼女の方。オイラには、自分が犠牲になる覚悟すらなかった。大切だった。愛していたのに。


「デイダラ」

「……だんな…」


聞き慣れた声がした方向に首を動かさずに目だけ動かして見ると、そこには旦那がいた。自分の後を付けてきたのだろうか。そりゃあ、毎晩のように夜中に出かけていたら不信に思われるよな。でも、もうどうでもいい。バレたって関係ない。自分との関係を知られたら殺されてしまう愛しい人は、もう死んでしまったんだから。
旦那はオイラと腕に抱かれた血まみれの彼女を見ると、少しだけ驚いたような顔をしたかと思ったら、すぐさまオイラの身体を抱き締めた。


「っぁ…」


それによって彼女はオイラの腕の中から、するりと抜けてしまう。ゆっくりその身体が揺れてトサ、と小さく音を立てて地面に横たわる。閉じられた瞼といつも以上に白い肌。その重力による動作さえ、君は美しい。


「…デイダラ」


彼女の方をぼーっと見つめていたら旦那にもう一度名前を呼ばれて、顔を掴まれて強引に旦那の方に向かされた。少しだけ、旦那の指先が頬に食い込んで痛かった。


「俺が、傍にいるから」


そう言って、旦那はオイラを強く抱き締める。傍にいたから、自分が彼女の傍にいたから彼女は命を落としてしまった。ふと両手を見てみれば、彼女の血で真っ赤に染まっていた。


(あぁ、そうだった)


彼女との日々が幸せすぎて、今までこの手で多くの命を潰してきたことを忘れてしまっていた。何を夢見ていたのだろう。所詮自分は人殺しなんだ。とっくの昔からこの手は血濡れて汚れていたんだ。そのうえ、彼女まで殺してしまった。普通になんて、生きられない。君を守るためには、誰も好きになったらいけなかったように。
悲しみに耐えきれず旦那のコートに顔を埋めると、じわりと染みを作った。声にならない声は涙になった。











人殺し




その日、愛は死んだ
(心の底から、愛していました)