任務からアジトに帰ってきた頃には、時計の針は夜中の2時を差していた。到着するなり俺は疲れを抜くように、どっとその場に腰を下ろす。見ると、相方も今回の任務は体に応えたんだろう、いつもの煩ささはどこへやら今日ばかりは疲れきった顔をしていた。デイダラはだるそうに「…寝る」とだけ言うと、自室へ向かいデイダラとのやり取りはそこで途絶え、俺は一通り返り血を拭いてから床に就いた。


目が覚めたのは、カーテンの隙間から光が漏れた10時過ぎ。俺は時計を見るなり飛び起きて、まだ疲れが残っている体を無理やり起き上がらせた。マズい、寝過ごしたか。まだ良く回らない頭で今週の予定を記憶から引きずり出す。確か…今日は非番だったはず。それにも関わらず焦ってしまった自分に落胆して、もう一度ベッドに体を沈めた。


「……」


しかし、せっかくの休みをただ寝て過ごすのはいかなものか。それはあまりに勿体ない気がした。俺は仕方なしに体を起こすと、頭を掻きながら自室を後にした。


居間に入ったところで、さて1日をどう過ごそうかと考えていたら、ソファーに寝転がっている相方が見えた。


「あ、旦那」


「はよー」と言われて俺は「ん、」とだけ答える。いつものことだ。デイダラの髪から水が滴り落ちている気付いて「風呂入ったのか?」と聞くと「昨日あのまま寝ちゃったからさ、うん」とデイダラは言った。この何気ない会話もいつものこと。しかしそのいつもの光景が今日は違った。奴が軽く振るその手には、白い煙をたてる煙草があった。俺は奴が煙草を吹かす姿なんて見たことがなかったため、始めて見たその光景に少し驚く。


「なんだ、お前煙草吸うのか?」

「たまーに。旦那の前ではあまり吸わないようにしてたから」


そう言うとデイダラは煙草を持つ右手を口元に運んで、フゥと小さく煙を吹いた。その姿があまりに珍しすぎて、最初は餓鬼には似合わないなんて思っていたのに、大人びて見えてしまった。なんだか急に俺の知らないデイダラになってしまったみたいで、淋しくなった。なんて死んでも言わないが。


「…お前まだ19だろ」

「うん」

「未成年が一丁前に吸ってんな」

「はは…犯罪者が今更そんな小さい事気にしてどうすんだか」


コイツ…生意気な口利きやがって。ぐ、と俺はうろたえる。確かに言い返せねぇ。S級犯罪者が正論を口にしたところで、なんの説得力もなければ可笑しな話の気がした。クソ餓鬼は手前にあるテーブルの上の灰皿にぐっと手を伸ばし、ソファーから身を乗り出してトン、と灰を落とした。目をやれば灰皿に三、四本の吸い殻。…何本吸ってんだ。


「っあ」


俺はデイダラの手からまだ煙をたてている煙草を奪い取ると、そこの灰皿にギュッと押し付けた。


「何すんだよ、旦那ッ」

「…!」


思わず自分で自分がしたことに驚いた。デイダラが煙草を吸うのが嫌だとほんの一瞬思った瞬間、無意識に体が動いてしまった。煙草を押し付けたまま、静止する俺。


「それまだ吸ってたのに、うん!」

「…るせーなぁ、たかが煙草の一本ごときでぐだぐだ言いやがって」


悪ぃ、一言だけ謝ろうかと思ったが、やはりいつものことながら行動に移すには難しくて、ひねくれた言い方をしてしまう。するとデイダラは俺の態度が不服だったのだろう、すっと立ち上がると俺から離れた場所に腰を下ろしてしまった。


「……」


ったく、面倒くせぇ。アイツは一度ああなるとなかなか機嫌を直してくれない。だからといって、自分が機嫌をとるような真似はしたくない。いつもなら時間が解決してくれる。きっと今日もそのうち元通りになるだろう。だが、この日はそうはいかなかった。お互い同じ部屋にいるというのに、背中を向けて口を利かず、ただただ気まずい空間の中で意地を張る。

…息苦しい、息がつまる。

俺はデイダラの様子が気になりチラ、と横目で奴を見た。


「…!」


するとデイダラも俺が気になっていたのか、こちらを向いていたためお互い目が合ってしまう。デイダラは俺に気付くとすぐさま首を戻してしまった。


「……」


あぁ、全く。思わずフ、と口元をゆるめてしまう。こういうところは、やっぱりまだあどけなさが残っている。


「デイダラ」


名前を呼んだ時点で俺の負け。またこっちを向いてほしい。先程のような顔をするんだろうか。そう思うと、じっとしていられずに耐えられなくなって声が出てしまった。奴はピク、と肩を跳ねさせたが返事はない。


「おい、聞いてんのか」

「…」

「デーダラァ」

「…」

「アホダラ」

「なっ、誰がアホダラだッ…ん!?」


振り返るデイダラの後頭部を片手で押さえてグッと引き寄せ、すかさず口を塞ぐ。そのときのコイツの顔といったら、ぱっちりした形のいい二重の目をさらに見開いて、何が起きたかわからないといった表情をする。先ほどの顔もいいがこの顔も可愛いな、なんて思った。


「ん、ぅ…っ」


くぐもった声がさらに俺を煽らせる。奪った唇が柔らかい。調子に乗って舌と舌を絡ませると、デイダラが腰を引くのを俺は腕を回して逃げられないようにする。苦しい、とでも訴えるように俺の胸元をドンッと強く拳で叩いてくる。それでも俺は引きはしない。


「――はぁっ…」


唇を離すと、いやらしく糸を引いて互いを繋ぐ。「な、にすんだ」と口元を押さえて呼吸を乱しながらデイダラは睨み付けてくる。口元から拭い切れていない唾液が垂れる。


「そそるな」

「なッ…!?何言ってんだよ旦那!」

「お前、もう煙草は吸うな」

「はぁ!?なんでだよッ、いろいろ自分勝手だぞ!」

「キスするとき苦くなるだろ」


「不味いキスは嫌いだ」と俺が呟くと、デイダラはきょとんとした顔で動きを止める。すると、その頬が少し赤く染まっていることに気付いた。「わかったよ、」と顔を片手で覆いながら恥ずかしげに言うデイダラに、やけに素直だなと思った。…あぁ、そういうことか。俺がコイツに好き嫌いを教えてやるなんて滅多にないから、嬉しいんだろうか。いつもならコイツが何しようが見向きもしない。本当はもっと構ってほしいんだろう。それなら、とことん甘やかしてやろうじゃないか。


「デイダラ」


両手を広げてとびきりの笑顔と甘い声で名前を呼んでやれば、コイツはもう諦めたように、けど嬉しそうな顔をして俺に抱きついた。俺も強く抱きしめてやる。「旦那ってそういうとこズルいよな」と顔を赤めて言われれば、いつもは鬼畜でドSだってか?と問いただしてやろうかと思ったが、せっかくだし虐めるのはまた別の日にするか。腕の中にすっぽりおさまってしまう小さな体を抱いて、もう一度その唇にくちづけた。









タバコ味のキス




大人びてみたところで
やっぱり、まだ餓鬼だな