あの後轟さんは再び取材の波へと引き摺られていった。
順番待ちの記者がまだまだ後を控えていたようで、デクが来るなり「轟くん、ダメだよまだ!」って焦った表情で元いた舞台前まで連れ戻しにきた。側にいた私に笑顔で会釈をし、「ごめんなさい。」と苦笑いで謝罪をするという行動を残して。
いきなりの事態にぎこちない笑みと赤い顔でギリギリお辞儀が出来ただけ良くやったと思う。
私はといえば台風の後、といった様相で何が起きていたのかよくわからないまま。
気がつけばもう上映開始時間が迫っている。
一般抽選招待客がかなり増えてきた。
写真チェックをしていた私はカメラのボタンを連打する手を止め、会場を見回す。
老若男女幅広い年代層の人が各々席について何やら準備をしている。控えめにリボンを結ぶ人、ネクタイを結び直す人エトセトラ。
そういえば会場にいる一般客の装いにはなにかの法則がある様だ。原色カラーのアイテムを一つ身につけているみたいに見える。
緑、青、黄色、ピンク、赤、紫…。
色の違いはあれどやけに主張している原色カラーのアイテムが、会場を遠目で見回してみるとまるで星の様になっていた。
多分応援しているヒーローのテーマカラーじゃないかな。試写会ではたまに◯◯カラーのアイテムという指定があったりもするし。
ともあれ、試写会を楽しみにしているのは私だけでなく、ここにいるすべての人が待ち望んだ瞬間なんだろう。
轟さんや、さっき実物を見たデク、ウラビティも、この映画に参加したプロヒーローにおいても。
(そうだ。)
私は遠目から一般招待客席を一枚だけ撮影した。プライベートの兼ね合いがあるので顔がはっきり写ってしまった人はボカシ処理をして保存する。うん、隠してるけどちゃんと大盛況感が伝わるような写真が撮れた。
「今か今かと待っております。
舞台挨拶、頑張って下さい!」
その文章と写真を共に、ほぼ初めてとなる自分から発信するメッセージを轟さんに送る。
ぽこんと気の抜けた送信音がして。
すぐ様画面に表示される先程のメッセージが表示された。
お、送ってしまった…!
でも、とても賑わってるしそれだけ待ち焦がれてる人がいる状況だと緊張してるんじゃないかなって勝手に思ってしまったから。一方的だけど応援してるってことを伝えたかっただけなの、うん、そう!それだけ!
少しして開演ブザーが鳴りだした。
開演だ…!
周りの人同様拍手をする。ヒーローに対する期待って、きっとここにいる人達だけで全てではないんだろう。轟さんのコスチューム作りって、私が思う以上にきっとみんな期待してる…頑張らないと。
心の片隅に想いが生まれる。
でも、今日は
せめて今日だけは。
(映画、楽しみだなぁ)
映画を純粋に楽しむことを許してください。
「それでは、皆さま大変お待たせいたしました!ゲストの方々の登場です。」
盛大な拍手と共に再び現れたプロヒーロー達。眩いスポットライトが降り注ぎ、前方の舞台に一人また一人と登壇していく。
顔がはっきりと視認できる距離に座った私と光の壁一枚隔てた向こう側の轟さん。
轟さんは私に気づいた様で、ほんの少しだけ笑って私にレスポンスを返してくれた。
よくある極秘で付き合ってる有名人カレカノかよ、と少しおかしくなってしまって。思わず私も笑った。
先程とは違って気恥ずかしいという気持ちはあまりない。彼のいちファンとして応援している、そんな気分だ。
そういえばメッセージは確認してもらえただろうか、いや、まだだろうな。
…でもまぁ、例え見ていなくても良いか。
会場内すべてのファンの前に確かな足取りで登場した彼の穏やかな笑みを見て、何だかこっちまで嬉しくなってしまったから。
「う、くぁ。」
こんなに書き殴ったのっていつぶりだろう。
石像になりそうなくらい同じ姿勢で画面に穴が開いてもおかしくないほどに集中して映画
に没頭していた。
スクリーンはスタッフクレジットがゆったりと流れ、軽快な音楽と共にラストを締めくくったところで。
聞こえないくらいの声で、肩こりが発生した肩周りをほぐしながら伸びをする。あ、ゴキっていった。集中しすぎてて我ながら怖い。
これで今日一日の一大イベント、完成披露試写会は幕を閉じる。エンドロールが終わるまで後どれくらいだろう。叩きすぎて掌が痛む。しかし会場は未だ拍手が鳴り止まない。
(映画の本公開になったら凄そうだ。)
誰も彼もみないい笑顔をしている。
試写マラソン完走の清々しさもありそうだけど、それ以前に内容がドキュメンタリーならではのリアルさと迫力に満ちていてとても面白かった。
各ヒーローが抱くスタンスや思いを丁寧に描写していたところなんか、つられてちょっと泣きそうになったもん。
拍手と笑顔はなるべくしてなったというべきなんだろう。プロヒーローのみならず監督にも盛大な拍手を送りたい。
余韻に浸る私を他所に、夜は着々と更ける。こうして大盛況の試写会は幕を閉じていった。
「駅前までお願いします。」
「かしこまりました、ドア閉めますのでご注意ください。」
タクシーのドアが勢いよく閉じる。
その音が夢と現実の境界をふらついている私を現実へと引き戻した。
夜の街の光が窓から差し込み、景色が足早に過ぎ去っていく。窓に映った私は、スカーフがよれておかしな形をしている。まるで魔法の解けたシンデレラみたいだ。
王子もガラスの靴も特には用意されてなかったけど、楽しかったなぁ。招待してくれた轟さんはさながら魔法使いかな、などと柄にも無いことを考えながらとりとめのない思考をザッピングする。
仕事であれやこれや考えるのは帰ってからでいいか。今は余韻に浸っていたい、そんなセンチメンタルな気分なのだ。
「お姉さん、気合の入った格好ですね。本日はどちらにいかれてたんですか?」
「えっ、私ですか?」
「あぁ、すみません。気になったのでつい。」
呆けて窓の外を過ぎ去る景色を眺めていたとき、不意に運転手さんが話しかけてきた。
完全に心ここにあらず状態だったせいで反応に出遅れてしまい恥ずかしい。
「いえ、大丈夫ですよ。…今日実は映画の完成披露試写会にお呼ばれしてまして。」
「へえ、それはいいですね!」
僕あまり懸賞とか当たらないから羨ましいな。と運転手さんが続ける。
「どうでした?映画。面白かったです?」
「とても面白かったですよ。ヒーローのドキュメンタリー映画なんですけどね。」
「ヒーロードキュメンタリー?もしかしてhere comes the HERO,sですか?」
「あっ、そうです!よくわかりましたね。」
「あー、いいなぁ!僕ヒーロー大好きで、映画も絶対見ようと思ってたんです!うわー、いいなぁ。試写会にデクとか来てましたか?」
「来てましたよ、実物も見ました。」
食いつきが良くなった運転手さんがいいなぁ!を連呼する。あはは、とつられて笑いながら、私の頭に再び今日の記憶が蘇った。
buuu
運転手さんと楽しく会話を続けていたその時。丁度バッグに入れていたスマホが震えた。メッセージ一件あり、の通知だ。
(ん?轟さんから…?)
そういえば開演前に頑張ってくださいという応援メッセージを送っていたんだった。今読んでくださったのかなと、急いでメッセージアプリを開く。
映画の余韻で頭がポンコツになっててすっかり忘れていた。今日はあからさまに浮かれてるな。
轟さんのメッセージ画面がスマホに表示される。
余談だけど轟さんはアイコンを変えたらしい、無地だったアイコンが蕎麦のアイコンに変わっていた。本当に好きなんだ、蕎麦。
蕎麦アイコンを押して画面を開いてみると、
それは一言のメッセージと画像で。
「頑張った」
そんな一文と共に添えられたのは写真で。
「……ふっ、」
轟さんを中心に据えて、楽しそうにジョッキやグラスを掲げるデクやチャージズマ、ウラビティ、フロッピー、セロファン、クリエティ…と、とにかくあげたらキリがないくらいのプロヒーローが写真いっぱいに収められた打ち上げの写真だった。シャッターを押したであろう烈怒頼雄斗の弾けんばかりの笑顔が画面の半分で微妙に見切れている。
轟さんはお顔こそ無表情だが、なんとなく心境が溢れていそうなピースをして、そしてなんといってもカメラ目線だ。
「同窓会でもやってるのかな。」
独りごちて小さく笑った所を運転手さんに「なんか、楽しそうですね」なんて突っ込まれたけど。
にこやかに笑って私はタクシーを降りた。
「良い夢を」と運転手さんも笑っていた。
この写真は私の胸の中だけで納めておこう。
誰もが楽しかったと思うなら、きっと私も今日は良い1日だったと胸を張って、言ってもいいよね。