ビジネスフレンド、なんて言葉

雨が音を立てて降りしきっていた。
ここは某ビル内の高層階。
晴れた日には一望出来るはずの大きな窓も、今は雨に濡れて濁っている。
折角のセレモニーなのに天気はご機嫌斜めだ。

会場内はカメラマン、報道、取材陣その他大勢がPressと書かれたタグを首から下げ、カメラや中継のステータスチェックに勤しんでいる。そんな人々で溢れていることからも映画への注目度の高さが改めて伺える。



会場として指定された豪勢な都内プレミアムホール内の一角で、場違い感が否めない私は今現在一人入場案内を待っているところで。

here comes the HERO,s完成披露試写会と大きく描かれた看板の前に陣取り、今し方配られた試写会プログラムに目を通している最中である。



here comes the HERO,s
人気ヒーロー総勢10名による密着型ドキュメンタリー映画。この試写会チケットをくれた轟さんは勿論No. 1ヒーローのデクや烈怒頼雄斗、災害救助で素晴らしい貢献を見せているウラビティ等をはじめとしたトップヒーローが多数出演しているようだ。



実際この映画は試写会前からファンの間でもの凄い話題になっていた。同僚に試写会チケットを見せたときの荒ぶりといったら思い出すだけでそれはそれは、大層面倒くさかった。


轟さんの出番がどれほどあるのかは分からないが、舞台挨拶に呼ばれるくらいだ。出動から収束、オフの日までほぼ全てが網羅的に映像化されているのではないだろうか。

何故関係者席での観覧なのかと聞いてはみたが、結局それについては分からずじまいになってしまった。しかしデザイン画作成においてまたとない機会をいただいた轟さんのその心遣いには、純粋にとても感謝している。




遠くで会場スタッフが声を張って「入場と設営準備開始」の案内をしているのが聞こえてきた。一般客よりも数時間早い開場だ。


プログラムによれば一般入場前にプレスによる取材と撮影があって、それから一般客を通す予定らしい。その後に全体向け舞台挨拶を挟んで上映開始、とある。


取材かぁ、私にはあまり関係ないんだよなぁ。でもインタビューに答えてるのは興味があるので近くで後ほど覗いてみようか。
轟さんのみならずNo. 1ヒーローのインタビューなんて生で見る機会ないだろうし。

そうこう考えている間に入り口の所でマスコミ軍が列を成して入場を開始していく。皆一様にカメラやマイクを手にしているがその姿はドレスコードに則った華やかな装いだ。

自分と近くのマスコミ勢を見比べて、浮いていないかを確認する。


今日は髪の毛をセットしてスーツにレースのスカートを合わせて、ストライプ柄の上品なスカーフを巻いてきた。普段よりほんの少し華やかさを出してはきたが、ちょっと不安だ。


入り口に注目していると時々明らかに見覚えのある顔がたまにチラついていることに気付く。今、プロヒーローのチャージズマが通り過ぎたような…気のせい?

いや、気のせいじゃないっぽい。試写会に呼ばれているのかヒーローコスチュームではないがきちんとオシャレで光沢のあるスーツをお召しになっている。

よく見ればその側にフロッピーもいて。同じく華やかなドレスに身を包んだフロッピーはチャージズマと親しげに会話をしていた。



プロヒーローばかり集めたドキュメンタリーだからか、名の知れたヒーローが試写会に呼ばれているようだ。途端に緊張が走る。 

(轟さんのご迷惑にならないようにしないと)


緊張感を程々に抱えながらに。
スカーフを結び直して、いざ入場だ。






「えーっと席は…、ここかぁ。」

スクリーン目の前の中央ブロック。Pressシートの中でも比較的画面と舞台に近い場所だった。

…本当に特等席じゃないですか轟さん。


席にかけて持参したノートパソコンとスケッチ画を取り出す。映画の上映中に何としてでも戦闘シーンの描写を事細かく描きとってノートパソコンに打ち込んでしまうためだ。


プログラムによるプレス撮影と取材の開始時間はもうすぐで。ついでにその様子を写真でも撮っておこう。私はPressネームカードと一緒にカメラストラップも首から下げて待機する。


その直後場内アナウンスが入った。


「それでは、お待たせいたしました。出演者がこれより参りますので取材に入らせていただきたいと思います。事前に申請頂いております方は、お手元のタイムテーブルをご確認頂き、10分以内での取材ご協力をお願いいたします。」


トップヒーローらがこれから到着する、その事実に周りが湧き立つ。後方に座っていた某テレビ局のクルーに至っては気合の入った円陣を組み始めててちょっと怖い。

後半で一度出演ヒーロー全員を、映画の全体パネル前に集めて一斉に撮影出来る機会が用意されているようだ。取材陣にも配慮した綿密なプログラムを見て思うのは、配給会社側の気合の入り用も桁違いだということである。


(こんな場所に招待いただけるなんて…)


力の入った全体向けの等身大パネルを眺め感嘆のため息をついた。相変わらずパネルの轟さんの表情は変わらない、精悍な顔つきのままである。


その時拍手と声援が場内に響き出した。
入り口を確認すると出演ヒーロー入場の瞬間で。ドレスアップしたデク、ウラビティに続き、先週一緒に選ばせて貰ったスーツに身を包んだ轟さんの姿が見える。

ワァァァと歓声が止まない。
人の波が入り口の方へと流れてごった返しになっている。囲まれた三名のヒーロー達。

浮き足立ったマスコミは止まることを知らない。順番で、と言われていたのにそのお約束は何処へやら、ヒーローの周りに殺到しまくっている。というか轟さんの周りが大分えげつないことになってるんですけど。

人の団子が蠢いていて、その様子に遠目ながら薄ら寒さを覚えた。

まあそれもその筈か。
轟さんのスーツ姿というもの自体珍しいのだが、それに加えて今日の轟さん、ヘアセットまでされていてとんでもないことになっている。前髪を横に流した艶のあるスタイルが抜群に決まっているのだから各社真っ先に写真を押さえたいと思うのも無理はないだろう。


(確かにめちゃくちゃにかっこいいしね…。)

私は死人が出なきゃいいけど、と何処か醒めた態度でその様を自席から眺めていた。






ーーーーーーーーーーー

暫く順番による取材が行われていたが一通り対応が済んで落ち着いたころ。


私はといえば遠目で取材を受けている轟さんの観察をしていたのだが、その刹那ふと此方を振り返った轟さんとバッチリ目があってしまった。

目があったまま、何故か逸らすことが出来ずしばし見つめあう私と轟さん。
そのまま二人して、今まで微動だに出来ないでいる。

軽く会釈しようにも停止してしまった以上、今更アクションはし辛くて。少し気まずいけれどお互い見つめあったまま停止し続けていた。轟さんは心なしか呆けた表情だ。


隣に並んで取材を受けているデクが心配そうに轟さんを覗き込んでいる。視線の先に私を見つけ、デクまでも私の方へと視線を向けた。なんだこの状況は。


デクはえんじ色のタキシードにボウタイを合わせたシックな装いだ。轟さんとは違ったカッコ良さがあって素敵だなぁ、流石No. 1ヒーロー。
その横にドットフレアのミディアムドレスで可愛らしいウラビティも並んでいる。

三人揃うと異次元というか。私、本当にこんな場所にお呼ばれしてしまうなんて…光栄だけど同時に恐れ多くなってくる。

ってあれ、
そういえばまだ面と向かってお礼を伝えてない!!大事なことを忘れてるじゃん!挨拶もせず気まずく見つめ合うなんてどうかしてる。



「とど…じゃなかったショートさん、こんにちは。本日はご招待いただきありがとうございます。」

「みょうじさん。」


これはまずいと弾かれるように轟さんのところまで小走りで駆け寄った。私に気付いた轟さんからぺこりと会釈を受ける。
セットされ、綺麗に流れた前髪がふわりと下がった。よく見るとノンホールピアスを付けていらっしゃる、これはやばいやつ。死人が出るぞ。


「来てくれたんだな。」


「勿論です、pressシートまでご用意頂きましたし、私もとても楽しみにしていましたから!本日はショートさんのご勇姿を特等席から拝見させて頂きます。」


「スーツ選びに付き合ってもらった礼にと思ったんだが、喜んで貰えたなら良かった。」


ネイビーのストライプスーツが轟さんの動きに合わせてきらりと煌めいた。彼にピッタリじゃないかと選んだ雪の結晶形カフスボタンも何もかもこの人の為にあるような、そんな錯覚さえした。
そもそもなんでも似合うんだけどさ。


「お気遣いありがとうございます。」

「こちらこそ。」


恐らくそういう方なんだとは思うけれど、いざ真っ直ぐ見つめられてしまうと、やっぱりどうしようもなく恥ずかしくなってしまう。
目に毒なイケメンってある意味すごい。

……今日はちょっと顔合わせられないかもしれない。無言の間がいたたまれなくなってしまって、私はごまかすように少し俯き気味に切り出した。



「やっぱりお似合いですね、スーツ。」


なるべくいやらしさがないようにサラッと伝えようと心掛けたのだが、結局のところは思ったことがそのまま口から出てしまった。悪手だったかもと、自身の発言を一瞬省みたが既に遅かったようで。

対応を間違えてしまったのだろうか。
当の轟さんはポカンとして黙り込んでいる。


「あっ、なんでもないです!今更返答に困りますよね、ごめんなさい!」


やってしまった。途端に後悔が大波となって押し寄せてきた。同じことを言われ続けていて、返答に困ってしまったか…いや、ただの仕事相手にスーツ姿かっこいいですね!なんて言われても気味悪く思うだけだったかも…。

もし不愉快に思われてたりしたら今後に影響してしまうので早々になんとかしなければと秒で訂正するものの。

轟さんは瞬きを数回したまま固まっていた。



「いや、みょうじさんが選んだスーツだろ?褒められて嬉しくねェ奴は居ないと思うぞ。」

「すみません、気分を害したかと、つい。」

「何でだよ、すげぇ嬉しい。」


私の心配は杞憂だったようだ。
恐る恐る訂正したが轟さんは全く気にしていなかったらしい。続けて小さくありがとな、と返してくれた。私もこちらこそありがとうございます。と無意識に口走った。


よ、よかった…。


やっぱり緊張していたのか、ようやっと通常通りの落ち着きを取り戻せたのもつかの間。
ふと気付くと不思議な顔で轟さんへのインタビュー待ちをしていた隣の女性が私の顔を見ていた。
その目は若干惑っていて、次よろしいですか?と訴えている。

はた、と私は我にかえる。
しまった順番でもないのに話し込んでしまったよ。

すぐ様他マスコミの迷惑にならないよう 次、どうぞ というジェスチャーで意図を伝え、轟さんにはアイコンタクトで「それでは失礼します」と伝える。


まるで友達みたいに話せるというのは、それだけでも大分すごい事なのに。その筈なのにこの人がどこまでも普通に接してくれるせいで、仕事とプライベートの線引きが初期から随分と曖昧になってしまっている。これはいけない、しっかりしなきゃ。


しかし轟さん自体は至って平常運転だったようだ。女性に場を譲ったことに気付いていないのか、それともまだ話し足りないことがあるのかその場を少し離れた私の後を着いてきた。

急に呼び止められ、振り返ってみたらそこに彼の人がすぐ後ろにいたことの衝撃たるや。その時の私の顔と言ったら…多分滑稽過ぎて笑えるだろうな。



「みょうじさんも、今日はスーツなのか。」

「はい、ドレスコードがありましたので…」

「そうか、みょうじさんも似合ってる。」

「……っ、」


ついてくるなりそれだけ一言、告げられる。

プライベートと仕事の壁はきっちり分けないとってスイッチを入れ替えた直後の出来事で。

「………へっ?」


まだ二十数年しか生きていないけれど、恐らく今私は人生でも最高レベルの赤面をみっともなく轟さんに晒してると思う。


なんてことを言うんだあの人は!

ついてきていることも、予想をしていなかった突然の褒め言葉もどちらも破壊力がありすぎて私の決意をいとも簡単に破壊した。

リップサービスであることなんて言われなくても分かってるけど分かっていても対処できない、それくらいの爆弾発言に


「ほっ、褒めてもなにも…出ませんよ。」

と赤面したまま、年端も行かぬ少女の様な反応をすることしか出来ないのが悔しい。




轟さんはなんら変わらぬ素振りで私に「悪ぃ、思ったことそのまま言っちまった。」なんて言う。これだからこの人は油断ならないんだ。赤い頬はまだしばらく色が引きそうにない。


取り残されたマスコミの女性はまたも不思議そうな顔で「何者なの、あの人?」と呟いた。




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