夢心地な誰かのとなり

今日始まる前は別の意味でウキウキしていた。またお話が聞ける、普段どんなことをしているのか見せてもらえる。と思っていた。

今、私はデパート内の気持ちお高めなカフェで轟さんとお茶をしている。休憩と今後のことを兼ねて座りながら話がしたかったところだったからちょうど良かった。

私はフルーツレモンティーを、轟さんはほうじ茶ラテを頼んだ。甘いものはさほど召し上がらないそうだが、たまにふと飲みたくなるんだって。

よく分かる、その気持ち。また1つ轟さんの日常について詳しくなったなぁ。


「今日は急に呼び出しちまったのに、来てくれて助かった。」

「とんでもないです。こちらこそ勉強になりました。」


また是非ご一緒させてください。と伝える。
購入したスーツ一式の紙袋を置くスペースが無く煩わしそうだったので「よかったら、こっちのスペースに置きましょうか」と紙袋を受け取って椅子の下に収納した。


紙袋の間からちらりと上品なネイビーのストライプスーツが見える。そしてスーツに合わせるコーディネートアイテムも一緒にさりげなく包まれている。



コーディネートアイテム郡は実は私が主に選ばせて頂いた。好きな色だけ聞いてテイストやディティールは全て私チョイス。店員さんとも協力し、考えうる最高のアイテム選出をしたつもりである。
これを着て、来週は出演するドキュメンタリー映画の試写会に参列するそうだ。舞台挨拶の華やかな空間に、選ばせてもらったコーディネートで参列してもらえる。
あぁ、それはなんて光栄なことなんだろう。


「本当に、スーツも奥が深くて。やはりその道のプロを目指すには、そこだけ極めればいいってことじゃないんだって本日ご一緒させていただいて改めて思いました。」


心から感謝を込めてお礼を伝える。
轟さんは少し照れくさそうに俯いた。


「みょうじさんの、気分転換になったんなら良かった。」


「お気遣い、痛み入ります…。」


お待たせ致しました、控えめなウェイトレスさんからレモンティーとほうじ茶ラテを目の前に用意される。どちらもいい香りと湯気がたっていて、しかも空のティーカップは温められていた。湯の温度を下げないための手法だが、これがきちんとなされている辺り、流石ちょっとお高めカフェである。

ほうじ茶ラテには可愛い猫のラテアートが。ふわっとしたスチームミルクが秋の肌寒さに効きそうだなぁ。


そしてレモンティーの方も、透明のガラスポットにシトラス系果実やパイナップルなどが浮かんで揺らめいている。見た目にも楽しいレモンティーだ、これは頼んでよかった。とても美味しそうだ。


ほう、と眺めてからティーカップに注ぐ。
私より先にラテアートに口を付けた轟さんの表情が一瞬だが明るくなった気がした。
あの顔は多分、美味しいって思った顔。



「そうだ、少しタイミングが良いので現在の進行状況をお伝えさせていただきますね。」


普段使いのノートとスケジュール帳を取り出し机に並べる。カップを置き確認ページを開いて、順を追って説明をしていった。

進捗は正直そんなに良くはない、が来週から今月第二週までにはパターンを完成系まで描き起こして、サンプル制作まで着手したい旨を伝える。

ヒーローコスチュームのデザイナーは基本的にはパタンナーも兼業している。それから素材受注も。自分で探して自分で組み立てるので担当する工程数は多いが、中間に業者を挟まない分連携が密に取りやすい。

当初の予定よりスケジュールが実は大幅に変更になっていたのだが、持ち直すことが出来るのも一貫して請け負うデザイナーだからこそだ。



「以上が今現在の進捗状況です。お約束通り約3ヶ月での納期に変更はありませんが、ご不明点などございませんか?」

「大丈夫だ、それで頼む。」

「かしこまりました。」


クライアントから承認を頂けたので、これにて中間報告は完了である。

この後はまた自社デスクー自宅ー轟さんというよく分からないサイクルを経てパターンとサンプルを仕上げて使用素材のピックアップになる。


そうだ、パターンを作るんだから今度採寸もさせて頂かないとなぁ。


あ、そうだ。忘れてた。


「そういえば1つお伺いしたかったんですけれども、何故轟さんは今回コスチュームのリデザインに乗り切ったんですか?調べたところ学生時代からずっと同じデザイナーさんでしたよね?」


肝心なことを聞き忘れるところだった。
これが分からないと1番クライアントが解決して欲しい点が見えてこないのだ。
何故リデザインに思い至ったのか。
なにせヒーロー・ショートは学生時代に作成したコスチュームをほとんど変えずに活動してきている。もちろん修理も同じ会社。それが今になって何故別会社の別デザイナーに任せようと思ったのか。



「…......最近丈が合わねェなって。」

「丈……ですか。」

「あぁ、…頃合だし変えるかって思った。」


何故か質問に対し轟さんは一瞬言い淀んでいた。そんな、こう、アバウトな感じの理由なの?


「そう、なんですか……それって無理して変えなくてもよかったのでは?」

「いやそれは無ェデザインは変える予定だった。」

(どういうこと…)

何故か轟さん、歯切れが途端に悪くなってるし目線も若干泳いでいる。言えない理由があります、っていかにも言われている気がした。まあ、色々あるんだろうな。弊社でもよく担当ヒーローと揉めてお役御免とかあるし。轟さんならデザイナーがプレッシャーに耐えきれなくなったとかもありそうだし。


「では、着丈やサイズ感にも重点おいてサイズ感見直した方がいいですかね。」


その辺もみょうじさんに任せる、と轟さんとお仕事するようになってから幾度も聞いたお言葉を頂戴する。
それ以上のことが気になったけれども、ひと段落着いた話を再度聞く勇気はない。







「ありがとうございました。」
レジの店員さんが清々しくなるような笑顔で深くお辞儀をしたのを背に、私と轟さんは連なってカフェを出る。お会計の際にこの両名の間で一悶着があったことなどまるで素知らぬ様子でカフェはおやつ時の騒がしさに呑まれていった。

喧騒の街中へ再び舞い戻る。そんな折私はというとじっと物申し顔で涼しい顔の轟さんを睨んでいる。一体何があったのかといえば、ひとつだけ。お会計でそこそこするフルーツレモンティーをご馳走されてしまったことに起因する。

そろそろいくかと言われたので、荷物をまとめスーツの紙袋を椅子の下から取り出した時の事。
自分のお会計を確認しようと机の上の伝票を探したがどこにも無い。轟さんもサッサと先に行ってしまった。レジに真っ直ぐ向かっていく背中にまさか…という予感がする。


予感は的中だった。至急慌ただしく荷物をまとめレジに向かったが、やはりすでにお会計は終わっていた。残ったのは支払い済みのレシートと店員さんの笑顔。それから出口で待ってくれている何食わぬ顔の轟さん。
直ぐに支払いをしようと詰め寄ったが、いらねェと一蹴されてしまった。

彼女じゃないんだからそういうことはお気遣いなく!と告げても結果は変わらず終い。


前回のお茶代も一緒に払おうと思ったのに……。でも何言っても受け取ってくれないし、しつこくしても逆に失礼になってしまいそうなので諦めるしかないかも。




ご馳走様です。と半ば諦めてお礼を述べたら此方の方に轟さんが振り向く。
さして何時もと変わらず短い返事であぁ、
と返されただけだったが、

その表情はとても穏やかで。
私の気のせいでなければ整った顔に薄く微笑みを浮かべていたような。

(うそ、)
風が一陣強く吹き、私の前髪を飛ばす。
咄嗟に反射で目を瞑ったがゴミが入ったらしい。大したものではなくて異物感も直ぐに正常に戻ったが、その時には既にあの白昼夢のような笑みはどこにもなかったのである。



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