ハッピーエンドで逢いましょう

小さな頃の夢はデザイナーになることで、追い続けていればそれはいつか叶うものなのだと、そう思っていた可愛らしい時期が、果たして私にもあっただろうか。

実際のところ、デザイナーになるという夢は有言実行で叶えてるし、なんならトップヒーローのコスチュームをいつか担当する…と在りし日に抱いた目標も、去年達成したくらいではある。

けど、人生にはどこか辻褄合わせのように、どうすることも出来ないことが起きるのもまた道理で、こうやって半年前と同じように空港のターミナルロビーでチェックインを待ちながら離陸していく旅客機を眺めていると、更にしみじみとそんなふうに思うのだ。


みょうじ なまえ入社後、幾度目かの春。
少し伸びた後ろ髪を優しい風が揺らしていく。冬が明け、薫風の頃。季節は私の恋心を取り残してすっかり移ろいでいた。







「Hello.I’d like to check-in for my flight.」

「Ok...What’s your final destination?」


半年もいれば自然とあれだけぎこちなかった言葉もマシになってくるもので。と、言ってもこれは昨日急遽「なんて言えばいいんだろう!?」と大慌てで調べた突貫の英会話なのだけど。チェックインゲートにて、すらりと言葉を交わす。何処へ行くの?という問い掛けには東京まで、と答えた。


「Have a nice flight.」

「Thank you.」


搭乗予定の機体が滑走路をゆっくりとスライドしてくる。時刻は朝8時を回ろうとしていた。日本に到着する頃は向こうは昼になっているだろう。時差ボケしないように気をつけなきゃと気合いを入れ直した矢先に搭乗開始のアナウンスがラウンジに鳴り響く。ああ、遂にこの時間がやってきた。

「半年振りだなぁ。」


目まぐるしく過ぎた日々の中で振り返って見れば。得たものはとても多くて、充実した毎日だった。随分と他感的ではあるが、実際本当にそう思っている。配属されたチームのプロジェクトはあらゆる国出身の人物で構成されていて、多国籍チームだった。それが輪をかけて私の価値観を揺さぶったからだ。


髪が暗色なのは私だけ。それでも気さくになまえ!と皆さん呼んでくれる。メンバーの中で最年少クラスであることも相まってか、それなりに可愛がられていた。

プロジェクトに参加してみて1ヶ月ほど経った頃、驚いたのは日本とは全く異なるヒーロー文化を持つ国なのに、日本のトップヒーローのことを知ってる人が存外多いということだ。No.1のデクをはじめ、轟くんも広く顔が知れ渡っていてびっくりした。そう言えば私がヒーロー・ショートのコスチューム改良を全面的に担当したって言ったら、皆目を輝かせ「Amazing!」って漫画みたいなリアクションしてくれて嬉しかったなぁ。


タラップを渡りながら通路の窓に映る自分の顔を確認してみる。アメリカに渡ってきた初日からは大分顔つきが明るくなった。


そのまま窓に向かい口角を持ち上げて笑顔の練習をする。口を控えめな“い”の形にして目尻を落とす。ちょっとぎこちない笑顔の私が反射して笑った。う、……ん多分大丈夫。これなら日本に帰国しても心配されないかな、……多分。

あれから考えると随分と泣かなくなったものだ、少しずつではあるけどきっと前を向いて歩けているんだろう。

手すりに掴まりながら機体へと乗り込む。つかの間の帰国の為に用意した荷物は極わずかで、クルーにそれを預けた後に、私は指定された席へと腰掛けた。







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「………長らくのご搭乗、お疲れ様でした。」


続々と降りる乗客の群れの一角に並んでターミナルロビーへと向かう。荷物を受け取りすぐ様スマホの機内モードを解除した途端、いくつかのメッセージが立て続けに飛んできた。ポコン、ポコン、と鳴り響く間抜けな音。画面に表示されるメッセージは半年ぶりの同僚からのものだ。


“今日でしょ?”

“11時頃だったっけ?”

“私本当は出迎えに行こうと思ってたんだけどさ、ごめん行けなくなっちゃった。”

“本当ごめんね。ついでに部長が話聞きたいって言ってたから、もし時間出来たらオフィスに顔見せに来てくれると嬉しい!”



今回のプロジェクト満了前に突如発生した大型休みに際し、同僚に帰国の連絡を入れたのは離陸前の出来事である。

急な報告にも関わらずどうやら出迎えを計画してくれていたらしい。忙しいんだから無理に合わせなくてもよかったのに…と思うものの、純粋にその気持ちが嬉しいことに変わりはないのでいつも使っているスタンプをひとつ飛ばす。Loveの文字と共にハートを飛ばしているハリネズミのスタンプが画面に大きく居座った。


ゲートを抜けて道なりに進むと、出口の脇で待ち合わせ中の家族が聞きなれた日本語を話している。やっぱりここは日本なんだなぁ。

たった半年くらいしか離れていないのに…。私は思ったよりホームシックにかかっていたようだ。いっときの間ではあるけれど、馴染み深いこの瞬間に戻ってきたことが無性に嬉しく感じる。


「え、」

半年前と何も変わらない風景の中にふと、いつまでも忘れることが出来なかった声が響いた。聞き間違えるはずがない、その人の声。僅かだったが耳が拾ったその声の持ち主は、確かにーーー、かつての想い人だった。

え?幻聴……?いやそれはないな、流石に。慌てて辺りを見回すとターミナルロビーの柱に埋め込まれたサイネージパネルに、目が行く。そこには轟くんの映像が映っていた。

あぁ、そういうこと、と途端に納得する。背中に走った緊張感が散っていった。なんだ、さっきのは映像の声だったのね……。

にしてもやけに手の込んだデジタルサイネージパネルだ。日本の玄関口だからだろうか?
サイネージには日本を代表するプロヒーロー達が次から次へと映し出されていく。


「わ…。」


久しぶりに見た動く轟くんは相変わらず輝きを放っていた。な、なんか半年前よりも更に凛々しくなってる気がするんだけど……あ、やばい思わず見惚れちゃった。これはまずい。

画面越しの轟くんは、私が描いた通りの穏やかな群青を纏っていた。半冷半燃という個性に相応しく2つの相反する個性を使い分ける様は圧巻という他なくて、あの頃から何も変わらない。

この映像を撮った人も相当なヒーロー好きなんだろうなぁ、映像にはたくさんの熱と尊敬と愛が溢れていて。
コスチュームを作っていた時の私と同じ雰囲気をこの映像には感じる。




「相変わらずかっこいいなぁ轟くん。」

どれほど時が経ったとしても、私は何度でも同じことを思うのだろう。ぽつりと自然に呟いた言葉はあの頃のまま。

半年くらいじゃあれほどの恋心を変容させることは出来なくて。多分こういう結果になるんだろうな、と予想はしていたけど、全くもって想像通りに進んでしまうとちょっと我ながら情けない。でも、これでも何とか想う度に泣かないくらいには強くなれた方だ。少なくとも今だって彼の面影に触れても涙腺にじわっとくるだけで済んでいる。


ただ欲を言うなら今だって。いつだって私は彼に会いたいと駄々を捏ねてしまうのは、果たして本当に、仕方ないことなのかな。


「どこかでまた会えたら良いのに…。」

ねえ?とまるで問い掛けるように、映像の中で華麗にヴィランを捌いている轟くんに向けて微笑む。……心のどこかが「俺もだ。」とあの声で返答が返ってこないかな、なんて期待した。流石にちょっと馬鹿馬鹿し過ぎるかな。

会えないのは分かっているから、今更どうということはない。今は仮帰国だけど、今後東京に戻ってきたとしてもこの日常が変わることはないだろうし、以前と同じ、彼の居ない毎日がマトリョーシカのように続いていくだけ。


「まあ、言ったところでしょうがないし。」

別にそれでいいと思う。

だから、会いたいっていうのはただ何となく呟いただけの言葉で、それ自体に深い意味は無かった。そう、無かったんだ。



その時、ポケットのスマホが緩く振動した。



「ん?」

サイネージから距離を取り後ろに数歩下がる。スマホを取り出し見てみると、同僚からメッセージの返信が来ていた。時刻は丁度今で、内容は「あ、ごめんひとつ言い忘れてた。」の一言。

「…言い忘れてた?」


………何を?短文でそれだけ送ってきたということは今続きの文章を打ってる最中だろうか。入力中を示すアイコンがくるくるといくらか回った後に続けてもうひとつメッセージが区切られて飛んできた。


「結構前にさ、みょうじさん居ますかって連絡貰ってたの」


画面に視線を落としながら同時に駅のプラットフォームまで歩き始める。メッセージの文字を目でゆっくりと追ったが、如何せん不完全なメッセージなので肝心なところが抜けてて全然分かんないんだけど…。せめて5W3Hは入れて欲しい。

全くもう、相変わらず勢いだけが先行してるんだからなぁ、あの人は。苦笑いで振り向きスマホをポケットに仕舞う。まあとりあえず歩きながらでもいいか、といざ歩を進めたその刹那、


直ぐ近くで自分以外の踵の音が鳴った。


「わっ!」

スマホに集中し過ぎたその所為で目の前に人が来ていたのに気付かずぶつかってしまった。軽めの衝撃に驚きよろけた拍子に、引いていたキャリーを手離してしまう。


「すみません!余所見してて…。」


即座に謝りながら録にぶつかってしまった相手の顔も見ずに頭を下げた。一瞬の出来事だったが、勢いよく衝突してしまった所為か相手も私と同じくよろめいてしまったようで、次いで息を呑んだ僅かな音が頭上から降ってくる。


ああもう久しぶりの日本に久しぶりの轟くんだからって舞い上がり過ぎじゃないだろうか。しかもなんかさっき衝突の瞬間、僅かに足を踏んでしまったような気がするし。万が一怪我なんかさせてしまっていたら、ああもう本当ごめんなさい!


「お怪我はーー!?」

足元を見ればその人は上等な黒のスエードシューズを履いていた。なんてお洒落な靴だろう。オマケにお値段もそれなりにしそうだ。もし傷つけてたりしてたらアウトだなぁ。とどうでもいい事が次々に浮かぶ頭を振り払う。

それよりもまず怪我させてないかを確認する方が先決だ。靴を弁償で済むならまだ軽い方。衝突した人の様子を伺うべく、精一杯の申し訳なさを押し出して下げた頭を持ち上げる。


「ありませ、ん…か…………、」


スエードの立派なシューズを履いた青年の顔へとゆっくり視線を上げた。それは整った相貌を視界に納めた瞬間に訪れる。


息を呑むほどの、圧倒。そこには、信じられない人が立っていた。夢でも見てるかのように、時がゆったりと流転して、名前を呼ぶより前に自身の喉が慄きながら声を詰まらせる。

左右で違う一等星の如き瞳、真雪に染めた銀映えの紅。凜々と結ばれていた特徴的な目尻は、今は驚くほど大きく、そして丸く見開かれている。


映像を切り取ったままの、あれだけ想い続けた存在が都合よく私の目の前に立っているなんてそんなこと。…そんなことあるはずが無い。



「え……と…、轟、くん?」

「なまえさん…、」


ゆらりと涙で滲んでいく視界。

ようやくはっきりと捉えた現実の先には、にわかには信じられないくらいに強烈な存在感をまとって、私と同じ様に目を見開いた轟くんが立っていた。




「………は、?」


いるはずの無い存在とこうやってかち合ってしまったときの反応ってどういう風にリアクションするのが正しいのだろう。

顔は?口は?手足の位置は?一体どうすればいい?どんな顔をすればいい?生憎、そんなことを考える余裕もない私に出来た最大限の反応はサイネージの前まで数歩後退りすることだけだった。


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