幸せの続きはまた来世

待っていてくれたのかな。
心配かけて申し訳ないな。

2コール目が鳴り出すか否かといったタイミングで慌ただしく電話に出たその人の声から伝わってくる焦燥感に、依然なら決して抱くことのなかった感情に気づく。


私のこと、気にしてくれていたのかな。


なんて自惚れてもいいのだろうか。悪いのはスマホを忘れた私。全てに収束するのはそこなんだけども、あまりにも彼が焦りながら「なまえ、さんか…?」とスピーカー越しに聞いてくれるものだから。その背後で何かが割れる音がするから。



心配して、焦がれてくれていたとしたら…申し訳ない反面、それ以上に嬉しいなと思ってしまったの。




胸が訳もわからず熱くなった。
本当は分かっているのにその感情の名前に頑丈に蓋をする。振り払うように心を落ち着けて言葉を慎重に選び始めた。まずは謝らなくては。



しかし最初に出るはずの謝罪は先程の音にかき消されてしまって。だって、明らかに尋常じゃない焦りようだったし…。結局口をついて出たのは「だ、大丈夫ですか?」という言葉だった。


「あ、あぁ悪い。驚いてつい…、湯呑み落としちまっただけだから大丈夫だ。」

「えっ、それは大丈夫とは言わないーー、」

「大丈夫だ。……それより、」


なまえさん、だよな?との念押し。不安そうな声だった。迷いのなさそうなあの轟くんの声か?と思わず疑問に思ってしまうくらいに。


「はい、なまえです…あの、本当ごめんなさい。」


とりあえず即座に謝ろうと言う気持ちが自分の中で膨らんでいた所為だろうか。問いかけに対し間髪入れず謝罪を挟む。これじゃなまえでごめんなさいって言ってしまったみたいじゃないか。


「なんで謝るんだよ。寧ろ俺はなまえさんからの電話ですげえ安心してんのに。」


私の言葉を否定するように轟くんは矢継ぎ早に続ける。予期していた通りに彼は勘違いしたようで。あぁあ、日本語って難しい…こんな会話している場合ではないのに。



「いや、違…その、フライングしたというか!」

「フライング?」

「ものすごく音信不通だったことに対してとにかく謝りたい一心でつい。タイミングが悪かったんです。」

「そういうことか。」




電話越しで、彼に見てもらえるはずがないのにふとジェスチャーを交えて会話していた自分に気がつく。誰かに見られたら中々の恥ずかしさだと思う。青くなったり大きく顔を振ってみたり、忙しくしている私は傍から見ればたいそう滑稽なんだろう。


ただ謝りたい、嫌わないで欲しい。
そう思う一心だった。
我ながらずるいよなぁ、なんて。




「だから、その…ごめんなさい。長く連絡出来なくて。」


「そうだな、とりあえず連絡してくれて良かった。本当に心配してたんだ、事件に巻き込まれたんじゃねえかって。」


「うう、本当すみません。」


「つってもなまえさん、今までなんであんなに連絡出来なかったんだ?」


「実は今日まで出張に行ってたんですけど、自分のスマホを家に置き忘れまして…社用の方は持ってたんでまあ、いっかなって深く考えてなかったんですよ。」


「…………、なるほどな。」


今の間は絶対(コイツあり得ねぇ)って思った間だ。その通り過ぎて我ながら耳が痛いけれども。たとえ轟くんがそんなこと思っていない、と言っても戒め代わりにそう思っておいた方がきっといい。私は最近たるみがちだし。




「……。」

刹那轟くんの方から割れた破片を片す音が止む。

双方にふと沈黙の帳が降りる。何も言い出せずまごついてスマホを持っていない側の手が意味もなく踊った。


とりあえず私方の用件だった謝る、は電話内で解決したし、轟くんにどう思われたかは分からないが少なくともスマホ忘れたにも関わらず出張先でのんびりしていた馬鹿だと思われこそすれ、彼を安心させることは出来たのだろう。





どうしよう、もう夜だし電話を終わりにするべきなのかな、と頭で考える。しかしそれとは裏腹にいやだ、まだ終わらせたくないとも思った。

わがままで、身勝手なことだと隅っこでは気付いている。それでも通話終了ボタンを押したくないな、なんて。まだもう少しだけ話したいなんて思ってしまったものだから。


「轟くんは、最近何してたんですか?」


人とは禁忌を犯し続けて行く生き物だ。要はやってはいけないということを平気で破ってしまうということ。だからこそこうやって沼に嵌ることになる。何度もやらかしては何度も痛い目を見て。分かっているはずなのにそれでもやめられないのは多分、私の恋心の所為。







「俺はーーー、」


夜遅くに長話に持ち込んでしまって迷惑だったかな…と、問いかけてから気づくのも私の悪いところだ。後から罪悪感に苛まれるところも直さなきゃ。

一人自己嫌悪との葛藤をしていたところでふう、と一息つくと共に轟くんが切り出した。何故か直感で、その息が私には安堵のため息だと思えた。片付け終わったのか電話からはもう割れ物を扱う音がしなくなっていて、かわりにコト、と何かを置いたような音がする。



「パトロールとか、救助とかでずっと活動してた。けど、正直あんま良く覚えてねェ。」


「覚えてない?お疲れだったんですか?」


「あぁ、それもあるけど多分なまえさんと連絡つかねぇから心配で身が入らなかったんだろうな。何してたかって聞かれたら、殆ど覚えてねえ。」


「そ、う…」



ですか、と全て言うことが出来ないままスマホを落としかける。顔がひたすらに熱い。だからほら、やめておけば良かったのにとニヤニヤしながら私が隅の方で笑っている。何度も痛い目にあってるのに一向に私は学習をしない。思わず頭を抱えたくなるのを我慢しながら眉間のシワを伸ばす。素でやってるとしたらこの人は本当にタチが悪いというか、なんというかだ。






「それは、駄目ですよ。次は私が心配で仕事出来なくなりますから。…くれぐれも気をつけてくださいね。」


声と表情を取り繕うのに多少時間はかかったが、にこやかに笑って必死に芽生えた恥ずかしさを躱す。とりあえずはちゃんと笑えたし自然に振る舞えた、と思う。電話で良かった、これが対面だったら誤魔化せるくらいの顔でいられる訳が無い。相変わらず爆弾発言を息をつくように吐き出すから参る。



「あぁ、気をつけるよ。」


轟くんはさほど気に止めていないらしく、そう言って彼はくすりと受話器の向こうで笑った。あまりにも。あまりにも近いところでふわりと微笑まれてしまっては折角取り戻した平静も再び蹴散らされる。もうだめだ、やっぱり会話をあそこで切っておけばよかったのかもしれない。







「そういや高校ん時の奴らにも同じこと言われたな。」


思い出したように轟くんは続けた。


「同じこと?」

「あぁ、“心配すんのもいいけど、し過ぎて怪我すんなよ”ってな。少し前にも言われた。」

「あはは、轟くんやっぱり同じこと思われてるじゃないですか。」




高校の時の奴ら…ということはあの年代のデクを含む黄金期のヒーロー達のことを言っているのだと何となく察した。そんな凄い面々と気安く連絡できて、しかも軽口まで叩けるとは。轟くんはたまに忘れかけるけどやっぱりプロヒーローで。そして私はデザイナーなんだ。世界が本来違うのに一体どんなパラダイムシフトが起きたらこんなことになるのか。とたまに不思議になって自己乖離しかける時がある。



にしても心配しすぎて怪我すんなよって本当本末転倒だよね。さすがに轟くんが今回の出来事の所為で怪我したり捕縛し損ねたりするようなヘマするはずがないことは勿論分かっているけど、同級生からもからかわれるくらいの心配と動揺ぶりってある意味貴重だったのかも。

少しだけ見てみたかった。


(……ん?)


ふと、我に帰る。思わず心配しすぎて怪我すんなよとのセリフを口に出す。轟くんが「…ん?」と聞き返してきた。

違和感。心配しすぎて、怪我すんなよ、そして、少し前に言われた。高校のクラスメイトに。なんだろう、何かが腑に落ちない。焦らず言葉を一つ一つ探りながら整理する。

これは、いつ、なんの話しをした時に、轟くんが誰に言われた言葉だろうか。

違和感。誰が誰を心配しすぎて危うい、と知っている誰か。整理しよう、落ち着いて私。登場人物らしき人は約3名いるが一人は多分私。そしてもう一人はこの会話を切り出したであろう轟くん。そして最後は轟くんからその話を聞いて危うく思った高校時代のクラスメイト……。




「……え、まさか私のこと話しました?」

「ん?……あぁ。連絡取れねぇっつって同級生に片っ端からどうしたらいいか電話して聞いた。」

「…えぇ…、」



幸か不幸か、予感的中。違和感の正体がやっと姿を表す。轟くんはプロヒーロー黄金期世代とも呼ばれる高校時代の同級生に私と連絡が取れないことを電話で相談するという大事故をこの数日間の中でやらかしていたらしい。




「なんか、まずかったか?」

「いや、まず…くはないですけど。なんで私とただ連絡が取れないだけでそんな…。」

「連絡が取れねぇだけって……音信不通な時点で充分一大事だろ。」

「はぁ……ありがたいですけどね。」



誰に電話されたんだろう。片っ端からって言ってたけど…片っ端ってどのくらい?


「誰に電話したんですか?」

「そうだな、5日間でほぼ全員くらいには電話かけたんじゃねえか…?」

「全員…………全員…?」

「爆豪は忙しかったのか出ても直ぐ切られたけどな。」

「爆豪って、まさか爆心地…?」

「ああ、知ってるのか。」



半目になり、思わずがっくりと項垂れた。最早想像以上にバラされている、このままでは私のドがつくほど間抜けな後日談すらもバラされてしまうのではと不安だ。まさか爆心地にまで電話をかけているとは。



「めちゃくちゃ恥ずかしい…。」

「ワリィ、そんなに気にすると思ってなかった。でもアイツらなまえさんと連絡取れねぇって電話した時はすげぇ親身に聞いてくれたし、緑谷なんか探そうか?って言ってくれたんだ。悪い奴らじゃないってことは知っておいてくれ。」



きっといま、轟くんは少し慌てているんだろうな。そんな感じの声と話し方。



「勿論分かってますよ。私だってヒーロー大好きだし。これは自分の馬鹿さに呆れて落ち込んでるだけです。轟くんは何も悪くない、心配してくれてありがとうございました。」

「そうか、良かった。」



勿論他のプロヒーロー達にまで知れ渡ったことを気にしていないと言えば嘘になる。けれど私を心配して起こしたアクションだと分かっている私に彼を責めることなんか初めから出来る訳がなかったから。


幾度目かの電話越しのお辞儀をして。冗談ぽく「デクに探されたら100%見つかりますし、100%恥ずかしいことになってしまうところでしたね。」と笑う。

轟くんもアイツなら確かにどこにいても困ってる奴を見つけるだろうな、と静かに同意した。へえ、流石同級生。互いによく理解し合ってるんだなぁと少しだけ羨ましい。




やがて轟くんは高校の時のクラスメイトの話を少しだけ話してくれた。


大切にしている記憶、例えば私は初めて1から作り上げたあのヒーローからのありがとう、と言われた記憶とか。似たようなものはやはり誰にでもあるらしい。

轟くんが今でも同期にあたるヒーロー達、同級生を大事に思っているのがヒシヒシと伝わってきて。
アメコミではヒーローがヒーローたる所以を記した話をオリジン、と称すけど。轟くんにとってのオリジンは間違いなく高校時代なんだろう。
だってとても優しい雰囲気をまとって辿るように話してくれるんだもの。なんだかこっちまで彼らとの青春の日々に惹き込まれてしまう。





そんな優しくて暖かい昔話に花を咲かせながら、私はベッドへと身を沈ませていた。そんな風に電話しながら横になっていれば、自ずと睡魔がやってくるのは当然のことで。


結局まさかの互いに通話中寝落ちてしまい、翌朝途切れた通話終了画面と、先に起きた轟くんからの「おはよう、昨日は付き合わせて悪い」のメッセージを見るやいなやベッドの上で奇声を上げながらのたうちまわったのは私だけの秘密である。


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