知るはずなかった誰かのこと





小さな頃の夢はデザイナーになることだった。
夢は夢でしかない、なんてそんなことを言う周りの大人が嫌いで、嫌いで仕方がなかった。

周りの友人は殆どがヒーローを志望しヒーロー科のある学校に進学していく、そんな私の学生時代はどうだったのかと問われれば。


ヒーロー科ではなく雄英高校サポート科を卒業し、コスチューム開発において最大手、それこそ未来のプロヒーロー集う雄英高校の提携企業への就職切符を手に入れたところから思えば私のデザイナー人生はようやっとして始まっていたのかもしれない。

何故デザイナー、それも何故ヒーローコスチューム専門の?と問われれば、答えは身近で戦う彼らの為の世界でただ一つのコスチュームに魅入られたから。私もヒーローの一部であるコスチュームを、そんな愛されるコスチュームをつくりたいと思ったからだった。


さて、話は少し変わるが私みょうじなまえはこの度仕事振りが認められ、チーフデザイナーへと昇進することとなりました。

上司から昇進おめでとう、打ち合わせも兼ねて面談をしたいので、予定を空けておいてください。とのメッセージが届いたのが先週のこと。
そして面談をしてもらったのは一昨日のことである。

面談とはいうけれど、それ自体は何事もなく進み、奨励の言葉を賜ったあとは普段通りの打ち合わせだった。
その時の上司の話の中でも、社をあげての一大プロジェクトだよ!なんて話は一つも出ていないし、大人気ヒーローとのコラボだ!とも言われていない。オファーをいただいた肝心のクライアントの話を聞いていない分には至って普段通りの仕事内容だったように思う。無論、普段通りだなんて感じたのはクライアントが誰かと言うのをきちんと聞く前の話だったが。

今となってはちゃんと聞いておけばよかったと後悔するしかない。


みょうじなまえ入社後、幾度目かの秋。
私は今、プロヒーローからコスチュームのリデザインをお願いしたいというオファーを受け、クライアントの事務所へと来ている。

繁華街を有する某都市部の中心付近、オシャレなオフィス街から少し抜けた場所に件のプロヒーロー事務所はあった。

派手さなどとは無縁らしい構えの事務所。入口からエントランスへと抜けて、受付電話から到着を告げると程なくして奥の扉が開く。私は、それを緊張の面持ちで見つめていた。
そこから現れたのは代理のサイドキックでもなんでもなく件のヒーローご本人で、よくよく見知ったコスチュームではなく私服でのご登場である。

軽く会釈をされる。そういえばこの人サイドキックを雇っていないんだっけ……とふと思う。特徴的な髪の毛のおかげでコスチュームが無ければ一瞬分からないなんてことは起きなかったものの、出来れば別の人が対応してくれないだろうかと淡い期待を抱いていた私にとって、事務所へ来るなり即対面!という状況はやっぱり少したじろいでしまう。

確かに同い年だし雄英高校でも同学年だったけど、私の事なんて知らないにも程があるだろう、それほどに関わりなど無かったはずなのに。

何の縁があって私はここにいるのだろうか。

「本日はよろしくお願いします……」
「……こちらこそ」

今をときめく超が着くほどの人気ヒーロー、ショートの事務所にてコスチュームリデザインのヒアリングをすることになるなんて、数日前の私は多分夢にも思っていない。




とりあえず奥へ、と促され、別の部屋に通される。こぢんまりとした小さな部屋だが、恐らく来客室なのだろう、何故かキャビネットの上に盆栽があるがそこは気にしない。

名刺交換を終えたあとは、机の上に既に湯のみが置かれていたので、手前の椅子に掛けさせてもらう。続いてヒーロー・ショート、もとい轟さんも目の前に着席した。

「あらためまして、みょうじなまえと申します。」
「どうも。」

とりあえずは黙っていても始まらない。着席と同時に準備していた名刺を差し出すと、轟さんは僅かに戸惑ったような顔をして、「悪い、こういうのあんま無えから名刺作ってねえんだ。」と呟いた。

「大丈夫ですよ、お気になさらず。」
「悪いな。次会う時までに作っとく。」
「いやいや、そこまでしていただく必要ありませんので!」

テレビの中でしか見たことがないその顔が同じ場所で真向かいに座っている。本当に何故こうなったのか、我ながらよく分かんないや。仕事であったとしても、本能的な逃げ出したいという気持ちは止められない。しかしオファーが来てしまった以上はそんなことを言っている場合ではなく。なんとか押さえつけて仕事モードのスイッチを入れる。クライアントの前で頼りない姿を見せるのは私の信条ではないからだ。

「この度はご依頼頂きありがとうございます。さっそく製作に取り掛かりたいと思いますが、まず本日はヒアリングから伺ってもよろしいでしょうか。」

来てしまったものは仕方がない。何のために今日、ここに居るのかを改めて思い出す。今日の目的はプロフィール確認と要望をひとつでも多く描きだすことだった。ならばそこはきちんと仕事をしよう。
気を取り直して、私は使い慣れたデザインノートを取り出し、ファイルに挟まれた書類を手渡す。

「まずこちらはおおまかな作製スケジュールです。約3ヶ月ほど納期をいただきますのでご了承ください。確認頂けましたらご署名をお願します。」

何も言わず轟さんは書類を受け取ると2.3度目を動かしてから記入欄に署名をした。

手持ち無沙汰な時間だったのでまじ…と記入欄を見つめてみる。轟焦凍、と無骨な字が記されていく。あ、ショートってそのショートなんだ。ちょっと意外だ。
でもやっぱり本物のショートだよなぁ…とても似て非なる別人とかじゃないなぁ…。文字からついで顔へとこっそり視線を移す。噂に違わぬ、整った顔だ。見るに、ショートで間違いない。一度は落ち着いたハズの足がまた落ち着きを失っていく。我ながら怯えすぎではないだろうか。

書き終わりを見届けた私は書類を鞄の中にしまって会釈をした。

「ありがとうございます、では個性や必殺技の必要情報から伺っていきますね。」

ああ、相手は今をときめく超が着くほどの人気ヒーロー。人気ヒーローの人気たる由縁に直結するコスチュームをデザインさせてもらえるこんな機会はもう二度と来ないな、そう思い直すほか無いのかもしれない。

やるからには最高の物を作って差し上げねば。しかも相手は直接オファーしてくれたクライアントだし、イケメンだし。ふう、と誰にも聞こえないレベルのため息をつく。腹を括る準備は、整った。


「轟さんは氷と炎のふたつを自在に操る個性をお持ちですけども…」
「悪い、ちょっと良いか?」
「…………………はい、何でしょう?」

腹を括り向き合ったのもつかの間、こちらの言葉を遮ったのは轟さんの方だった。
あえ?なんて間抜けな言葉を飲み込めたのは純粋に凄いと我ながら思う。危うく手にしたペンを落としそうになりながらも視線をノートから戻し轟さんを見ると、意外にも轟さんは私の目を真っ直ぐに見据えて言葉を紡ごうとしている最中で。

何か言いたげな視線に嫌な予感がする。


「実は依頼した時点で決めてたんだけどな。難しい注文になっちまうが……みょうじさんには俺のヒーローコスチュームを自由に作って欲しいと思ってる。」

不意に轟さんが手を顔の前で組みなおした。

「と、言いますと…?」

「デザインとか機能は全部みょうじさんに任せる。それだけじゃ分からねぇと思うから、好きな時に見に来てもらって良い。」

「見に行くってことは……それはつまり、取材ではなく実際に見て感じたままに作って欲しいということですか?」

「そうなるな。」

「恐れ入りますが何故私にそんな重要なことをお任せ頂けるのでしょう?」

「……、とにかく頼めねえか。」

正直無茶振りの仕事を振ってくるクライアントは星の数ほどいたし、他のデザイナーであればもしかすると泣いて喜びながら申し受けるかもしれない案件ではあった。普段なら多分快諾できていた。

相手が強さも顔も超一流で女性人気がずば抜けててガチ恋女子も多い人気ヒーローでなかったらヒーローの仕事っぷり!!!貴重な体験だ!!と私も諸手を挙げて喜んでいたかもしれない。こんなにもプレッシャーを感じず済んだのかもしれない。

思考をフル回転で巡らせている最中、轟さんはすっかり停止してしまった私を心配して「駄目か…?」と尋ねてきた。

ダメ……ってなんだっけ、もうよくわからないがとりあえず私を申し訳ない気持ちにさせる言葉だ。

デザイナーとして栄誉を賜っているにも関わらず受けるか否か迷った心を遠慮なく揺さぶってくる。ダメじゃない、ダメじゃないんだけど…
轟さんの私を見つめる視線が突き刺さって痛いと思ったことは後にも先にもこの時だけかもしれない。


一呼吸置いたのち「分かりました、お任せ下さい。」と返す。我ながらどうしようもなく情けなくて、ぎこちない笑みだった。



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「それでは明後日14時からまたお邪魔させていただきます。」

本日はありがとうございました、と微妙に下がったテンションを悟られぬよう告げるとこちらこそ、と礼儀正しい返事が返ってきた。エントランスまで見送られ、自動ドアの前でもまた会釈。私は会釈の妖精か。

来た時よりも少し重くなった身体を引きずり外に出る。外はようやく日が沈み始めた頃で街は喧騒で溢れていた。時間にして2時間程度の打ち合わせだったのにやけに長い時間あの場にいたような気がする。
 
今日は打ち合わせとひたすらヒアリングのつもりで参上したのに、いざ蓋を開けてみれば直接見て知って思った通りに自由にコスチュームを作って欲しいクライアントに「みょうじさんが都合良い時に来てくれ」とお願いされ、早速次の打ち合わせ日を取り付けられ、連絡が取れた方がいいだろとメッセージアプリのアカウント(個人)の交換をせざるを得ない日でした。

何度も言うけど数日前昇進面談で浮かれていた私にこんな日がやってくるなんて想像がついていただろうか。



通知を切っていたスマホを取り出し画面を覗くと社用グループメッセージに2通の通知が入っている。

1つは上司から、表示された一文は「状況どうですか?」のメッセージ。もう1つは同僚から「ショートの写真撮れそうなら撮ってきて」というメッセージだった。


「うぁ〜〜」

やり場のない思いと困惑でパンクしそうだ。

「お疲れ様です、本日は直帰しますので明日詳細の報告をさせてください。」

素早く返信を上司に返し友人には怒った顔のうさぎのスタンプを1つ。さて、明日から頑張らなければ…と最早帰る気力すら削がれかけている自身を奮い立たせ帰宅ラッシュ真っ最中の駅へと歩みはじめる。

送ったメッセージが既読になったのは数分後のこと。友人からのメッセージだったがどうにも読むことが億劫になってしまって、私はそのメッセージを未読スルーした。
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