「友達と一週間連絡が取れねぇんだが、どうしたらいいと思う爆豪。」
「うるせェ知るか!そんなことで連絡してくんじゃねェー!」
ブツリと乱暴に電話が切れる。
一瞬の出来事、俺は呆けた表情のまま固まって、沈黙の後にスマホの画面を確認した。
「……切れた。」
そこには通話終了、の文字が大きく主張している。通話時間は約4秒程度。今大丈夫か?と聞いてから本題に入ったものの、爆豪は忙しかったようで。電話相手に選んだ爆豪は電話に出て、俺の問いかけを聞くなりワンブレスで句読点すら挟まずにキレながら電話を切った。残ったものはただひとつ、スピーカーの向こうからの通話終了音のみ。ツー、ツー、と無機質に通話の終了を告げている。
「………そうか…。」
忙しいなら仕方ないな、と特段気にすることもなく。無情にも鳴り響くだけのそれに俺は目を伏せ、次の相談者を頭の中で探し始めた。
ここ数日の間に同級生の何名かに電話をかけているが、いずれも家へ行ってみろ、電話しろ、ブロックされてんじゃねえか、等の助言をされるだけで明確な答えは未だ得られずにいる。依然なまえさんとの連絡は不通のままだ。
不安は日に日に質量を増していて、最早その存在感は到底無視出来るようなものではなく、絡みついては歪な音を立てながら俺の心を締め付けている。
なまえさんと連絡がつかないと、違和感を感じ始めたのは4日前のことだった。
事務所近くにハリネズミカフェがオープンした。駅前で配られていたビラを片手にハリネズミのデフォルメされたイラストと静かに見つめ合いながら考える。
以前なら気にもとめなかったはずのカフェに何故関心を向けたかと問われれば、なまえさんのメッセージプロフィールのアイコンがハリネズミだからである。
スタンプでもネズミを多用する彼女は実はげっ歯類が好きらしく、ハリネズミも勿論好きだとそんなことをこの前聞いた。故あってハリネズミカフェが新規オープンするという事実は俺に取っても好都合だったという訳だ。
誘ったら来てくれるだろうか。いや、忙しいかもしれない。と思考を巡らせる。最近は何時だってあの人のことばかり考えている。
ヒーローとしての救助活動を疎かにすることこそなかったが、日常においてはなまえさんのことで頭が埋め尽くされていた。
とりあえず誘ってみるか…。
一か八か来週辺りの予定を確認するべくメッセージを送信する。早く既読にならねぇかな、なんて気分でなまえさんのプロフィール画面のハリネズミを眺める。
好きな動物と本人は結びつくことが多いと何処かで聞いた気がするが、ハリネズミとなまえさんは自分の中で何故かうまく結びつかない。個人的にはレトリバー犬って雰囲気の方が合ってると思う。
なんでハリネズミが好きなのか、今度理由も合わせて聞いてみるか。
そんな風に軽く考えていたのも初めのうちだけで。
数日経ってもまだ既読にならないメッセージを開くたびに心の中に言い表せない不安の種が増えていく。
なまえさんからの返信がこない。
前は遅くても半日以内には、何かしらアクションが返ってきていたにも関わらずだ。
忙しいんだろ、と自身を慰めようとしたが連絡のつかない日が日数を重ねる毎にその思いも薄れていってしまって。
嫌われたか?
それとも、まさか何か事件に巻き込まれたんじゃ…。と良からぬ考えが次々と浮かぶ。仮に嫌われたにしても彼女はそのままフェードアウトするような人じゃねぇと分かっていたからこそ、別の想定が浮かんで恐ろしくなった。
最近件の強盗ヴィランがなまえさんとこのオフィス近くにも出るようになっちまったし、俺の知らないところで危険な目にあっていたとしたら…。
捕縛出来ずに今まで来てしまっていることを後悔してもしきれない。俺が守ってやれるなら絶対に手を離したりしねぇのに。
返答がなくなり7日が経過しようかという今日。気がつけばいても経ってもいられず自然と足がなまえさんのオフィス前に立ち寄っていた。
来たところで会えるわけでもねぇのに、それでも向かうことをやめられず、そびえ立つオフィスビルのエントランス付近で立ち尽くす。先週も同じ場所に立っていたことを思い出し、不安が更に加速した。
あの日不意に近づいてしまった温もりと香り。頬を染めて真っ直ぐ見つめてきた表情が目に焼き付いて離れない。優しくて、凛とした芯のある香りが鼻をつく度にそれが酷く彼女らしいと思った。
せめてただ忙しいだけなら構わない。
無事でいてくれれば、それだけで。
エントランスを行き交う社員らしき人の群れ。目で追いながらなまえさんを知っているかもしれない人を探す。願わくばあの中になまえさんがいないだろうかとも無意識に願った。
似ている人が通る度その後ろ姿を追うものの、それは似て非なる別人。なまえさんでないと確認する度、幾度落胆しただろう。
勿論そんな都合よく彼女が現れるわけはなく、結局一時間ほど粘った末に諦めて駅へと戻る。
日課になりかけたなまえさんからの連絡確認。改めてもう一度確認するも依然連絡は来ていなかった。
オフィスに辿り着いた時より心無しか背中が重い、ある程度予想出来ていた結果だが、心の何処で期待してしまった所為で、より一層疲労を加速させることになっていた。
事務所まで30分ほどかけて戻り、椅子にかけて俯く。なまえさんのことを考えれば考えるほど袋小路に陥っていく。これ以上はやめておけと勝手にストッパーが掛かったのか。事務所に戻ってきてからは何を考えるでもなく頭の中は何故か空で、ただただ空虚が広がっていた。
そんな中でも耳に彼女の声がリフレインしてくる。貰ったメッセージすら声と表情が脳内補完されて伝わってきた。静寂がうるさいと感じたことが何度かあったが、こんなことは初めてだ。
心配し過ぎて頭がおかしくなっちまったんだろうか。すぐそばにいるような錯覚に陥り、耐えきれなくなったその後は、頭をかかえ耳を塞ぐ。心無しかマシになった気がした。
少しずつ声が遠くなって、やがて完全に消えた。深く息を吸う。静寂と共に冷静な気持ちが戻ってきて、なんとか落ち着けそうだ。
(茶でも沸かすか…。)
スマホの時刻を確認すればもう夜深い。いつの間にそんな時間が経過していたのか。そういえばここ最近ずっと一日が早ぇな。忙しいのもあるが、心配ばかりしてたからか?
スマホをそっと置き、落ち着いてこれからを考えようと立ち上がる。とりあえずお湯を沸かそうと備え付けの給湯室まで向かう。
通路はかなり冷えきっていて冷たい。冬ということもあるが、そういえばそもそも事務所にもあまり帰れていなかった。人の気配や生活感がない独特の雰囲気といったような。そんな感じだ。
「さみい」
意識せず出た言葉は意外、という他ない。寒さに強い自分でも寒さに震えることがあるとは。
急須を部屋まで持って戻りながら、窓の外を見る。暗い街中ではあるが、中心街より更に奥の方に三角形のの灼かな明かりが灯っていた。クリスマスツリーのイルミネーションが設置されると、知り合いが言っていたことを思い出す。
クリスマスか…、12月もすぐだしな。自身の感覚より随分気の早い世間は、寒々しい自身の心とはまるで正反対だ。
急須からはまだほのかな湯気が上がっている。……とりあえず飲むか。ついで茶こしも取りに戻るべく急須を机の上に着地させようとしたその時、不意に机に置きっぱなしのスマホが鳴る。
暫くならなかった着信が入っていた。
電話の相手は みょうじ なまえ。
大きな文字表示が途端現れる。バイブレーション機能と相まって、まるで「気付け」と言われている気分だ。鎮まりきった空間にけたたましく音を響かせ始めたスマホ。
「ーーー!」
考えるより先に電話を取った。湯呑みがタイルの床と衝突し派手に散らばる。窓ガラスにうつった俺の顔は笑えるくらい焦っていた。
そりゃそうか、湯呑みを持っていた手でそのまま電話にで出ちまうくらいには驚いていたのだから。
受話器越しの待ち望んだ声が、湯呑みが割れる音に驚いて「だ、大丈夫ですか?」と遠慮気味に問いかけてくるのは、すぐ後のことだ。