いつだってその先に憧れている

見てるうちに見慣れるだろうとたかを括ってたけど、全然そんなことはなかった。

たまに見事に割れたシックスパックの腹筋に気を取られつつ一気に背中から下までの総丈、背中から腰までの着丈、腰から下までの股下、一通りスムーズに測る。


「134、55、えーと、それから87……」

測り出してからは勢いがついたようで、直前まで動揺しまくっていた心も落ち着きを取り戻していた。




息をついてから立膝で股下を測る。

メジャーは89cmのところで止まっていた。

え?89cm…?間違えたかな、物凄い長さだ。間違いではないかと再度測り直してみたものの、改めて90cmという数字が出てくる。
あれ?なんで?何故か再度測った時の方が数字が伸びている。


90cmというモデルの中でも特に長い部類に入る数字に驚愕した。
神は二物を与えないって言葉を信じられなくなるくらいにこの世界は不平等だ。とりあえず絶対神様何物も与えてる。
轟くんは果たして何物持ってるだろう。採寸を通して、轟くんについてまた詳しくなれました。



「足長いですね。」

「そうなのか?」

「身長の割にすごく長いです、これは現コスチュームが映えるわけだ…。」

「気にしたことなかったな。」


他愛ない世間話も合間に挟みつつ、採寸を進める。この作業は始まってしまえば至極簡単なもの。測るべきところを測って、メモして、測って…を繰り返すだけで終わる。実際今日は採寸室は1時間程度しか予約をしていない。


薄い採寸着から伝わる熱にはなるべく気付かないふりをして淡々とメモに数字を記していく。見れば見るほど一般的な数字とはかけ離れていた彼のサイズ表。本当にスタイルが良い、自分の数字と対比して悲しくなった。




「次下半身行きますね、ちょっと失礼します。キツかったら言ってください。」


次いで渡り幅とふくらはぎの採寸。メジャーを回しキツめに絞った。やっぱがっしりしてるんだな、そういう数字がボディ周りに多く出ている。


そういえば轟くんの個性は右と左の半身で違う属性の攻撃が出るんだったっけ。足も左右で若干の違いがあるかもしれない。

右足と左足の太ももに不審に思われない程度に触れてみると、確かに少し温度が違う気がした。左の方が何か暖かいような…。




「35、49…なるほどね。」

メモメモ…。些細なことも全てが重要だ。
サイジングも気にしていかないと。





さて一体どんなシルエットにしようか…。頭の中はすでに完成形のサイズイメージでいっぱいだ、現行のデザインを大きく変えるかどうするか、それが今現在の悩みどころだった。





勢いを落とさず手首まわりを測って一つ一つ丁寧に計測する。なるべく沈黙や変な間を作らないように。私の意識は正確に採寸することにももちろん向けているつもりだったけど。

一番はやっぱり轟くんにぎこちない態度を見せないよう取り繕うことが最優先になってしまっていて。

先程から頭は数字と轟くんの視線のフラッシュバックとデザインの作画とで入り乱れている。そんなことばっかり考えているようじゃきっとまだまだなんだろう。


今人の心が読める個性持ちの人がいるなら私からは逃げ出すだろうなぁ。それくらいにうるさそうな思考を振り払うべく轟くんの方をふと見上げれば、しゃがんでいた私の方を興味ありげに見ていたようで。

(あ、やばい。)

視線が互いに交わる。


「く、くすぐったかったり痛かったりしたら言ってくださいね。」

「あぁ、」


ぱっと即座に視線を戻し、赤くなり始めた顔を隠す。バッチリ目が合っちゃったよ…。ビックリしておもわず速攻目を逸らしてしまった…。
おかしく思われてたらどうしよう、早く終わらせないとこれ以上はボロが出てしまいそうだ。



項目を次々チェックし終え、のこり僅かとなったサイズ項目に安堵しつつ、次はなんだっけなと書類に目を落とす。




思わず顔が引き攣った。
次はバスト部分の、採寸…いわば胸囲。抱きしめるような形で測らなくてはならない部位。

さすがに総丈や手首、渡りとは違って否が応でも密着しなければならなくなるところだ。

ここまで来てこれはキツい。
採寸にやってきてバストの存在を忘れていたとか洒落にならない。今日も私は変わらずポンコツだったらしい。


轟くんのことになると最近本当調子が狂う。言い訳にしたいわけじゃないが、やっぱ男性スタッフに変わって貰えばよかったかなぁ。と後悔した。




「これ、どうやって測るんだ?」

「緊張するから見ないでください。」


次は胸囲です、と伝えたところ当の本人からはどうやって測るのか、とそんな言葉が返ってくる。気になるのか轟くんの視線は引き続き私の手元に落とされたままだ。


まじまじ見られていると落ち着かないから前だけ向いててくれないかななんて思うけれど。一向に視線は手元と私の顔に集中している。

今から抱きしめますよ、とは
口が裂けても言えなかった。


手を前に回し両腕で挟み込むようにメジャーを一周させる。メジャーが彼の身体を滑っていって、轟くんはメジャーと私の手つきを目で追っている。なんとも言えない雰囲気だ。


お互いになんとなく気まずさを感じ取っている最中、追い討ちをかけるように、私は自分のものではない柔らかな石けんの香りに気付いてしまって。



(あぁーもう、近いし!めちゃくちゃ見られてるし…!)


とりあえず見ないでください…!と心の中で祈ることしか出来ない。顔が近いことを意識しないように、密着をしたまま表示のサイズを確認する。

「…っ、と…あれ?」


なるべく触れないようにしていた体勢が思ったよりぎこちないせいで数字が見えなかった。
身体を気持ちずらしてもその結果は変わらず。サイドから覗き込んだとしても轟くんの上腕に引っかかってどうしても見えない。
うーん、どうしよう。


仕方なく後ろから轟くんの肩の上から胸元で止めているメジャーを見ることにした。
私より身長の高い彼の肩ら辺から顔を覗かせるためには割と全力で背伸びしなければならず、少し焦る。





(91…センチ…っひぇ!)



ふう、何とか見えた。と安心したのもつかの間。予期せぬ顔の近さに驚いて叫びそうになってしまった。
そう、メジャーに気を取られて気付けなかったのだが、肩に顎を乗せるという行為をはからずともやってしまったお陰で、顔が相手のまつ毛の数まで数えられそうに近かったのだ。


途端フリーズする頭。
轟くんが何を考えているのか、とか私このあとどうするんだっけとか。
そんなくだらないことばかりが身体中の熱と共に巡っていった。思考回路がぐっちゃぐちゃで使い物にならない…!か、考えろ…どうすればこのやらかしを誤魔化せるか、なんとかしないと…!






「なまえさん…?」

「は、……。」


無言の間を終わらせたのはあまりに微動だにしない私を不審に思った轟くんの少しだけ低い声。

真正面から僅かにこちらを振り向き顔を向けようとしている。不意に紅白の髪の毛が頬を掠めた。


私の方へと振り向こうとした際に揺れた横の髪の毛が触れていた。

未だかつて無いほど接近した私と轟くんの顔。息をついてしまえば、唇が触れてしまいそうな、そんな距離感だ。


顔が爆発しそうに熱い。

思考は先程から完全にフリーズしている。まるで使い物にならない。代わりに脳内に痛烈に浮かんでくるのは恋人のように後ろから抱きつく私の後ろ姿でーーー

そして振り向こうと迫る轟くんのお顔。

あ、待って…それは、絶対ダメ。













「動かないで…、ください。」



息をするのを忘れたまま何とか出た言葉は苦し紛れにも程があって、そして随分と、お粗末なものだった。

でも出てしまったものは仕方ないと思う。

あの時私の唇が轟くんに触れてしまうまで、あと数センチもなかった。あのまま振り向かれていれば私は…彼と……その、とにかく危うく案件である。
晴れて出勤出来るようになったのに、また自宅謹慎に逆戻りしてしまう。


唐突にそんなことを言ったせいか、ビクッと轟くんの肩が跳ね、私は顎をぶつけたけれど。その甲斐あってか案件に発展しなかったのは懸命な判断だったと思いたい。というか思う。危なかった、本当に危なかった。


だって不可抗力でそんなハプニングに見舞われようものなら、それこそ彼の元から去ることになっていたかもしれない。

顎は痛い。変わらず痛い。でも自身の仕事はやり終えたのでよしとしよう。







「これで全て採寸完了です。お疲れ様でした……!」

「もう終わったのか、早ぇな。」

「え、そうですか?」


残りの採寸項目をササッと打ち倒し本日の打ち合わせはこれにて終了。あとには欄を全て埋めつくした採寸表が一枚、心なしか輝いて見える。お疲れ様でしたって私にも労わってくれているかのようだった。


私にとっては心身共にドタバタでお見苦しい所すら見せてしまったと反省点だらけなのだが、意外と轟くんの方はそうではないよう。「貴重な経験が出来た、流石プロだな。」と褒めの一択だった。褒めても何もでないけど、褒めて伸ばす方向性なのかもしれない。ありがたく頂戴するとしよう。




轟くんを最初と同じように着替えのためにカーテンスペースへと通してサイドテーブルの椅子へと腰掛ける。

一通り確認を兼ねて目を通した後に、用紙をファイルに挟んで貸してもらった現行コスチュームを見つめた。彼が長年愛した相棒とも言えるもの。


次は、私がつくる番だ。
今ではプレッシャーと高揚感のどちらが強いかと問われれば、高揚感の方が勝っていた。早く私が出来る最善のものを彼に着てもらいたい、そう思う。

(あと、1ヶ月くらいか…。頑張ろう。)


イメージが段々と自分の中でもまとまってきていて、あとはちょっとしたきっかけ次第で完成までそのまま走り切れるかもしれない。

そのきっかけは今日か、はたまた明日か明後日か。積み重なる轟くんとの思い出の中で一つ一つ紡いでいって、それがやがて形になることを祈りながら。

彼と共に戦ってくれてありがとう。そんな意志を込めて私はコスチュームを密かに強く抱きしめた。


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