21時のシンデレラコール

昨日私は髪の毛をほんの少し切った。バッサリではなく数センチ程度。自分なりのけじめと、鍵をかけておこうと決めた大事な気持ちの整理の為に。


風呂上り、足取り軽くスリッパを引っ掛け、テレビをつける。心ばかり短くなった後ろ髪をタオルでわしゃわしゃと拭きながらボスンと勢い良くソファへと沈む。

「っはぁーー。」

怒涛の出来事がそろい踏みしていた今週もようやく幕を閉じる。普段なら激務の疲れをバラエティの下らない笑いで癒したり、自分用にご褒美でちょっといい輸入菓子を買ってきたりするのだが、今週は不思議とそこまで疲れてはいなかった。



一重にこの人のお陰だなとスマホを開く。

お風呂に入る前に来ていた通知を確認して、その人からのメッセージを見てみれば、そこには先週までと特段変わりない内容のものが並んでいる。


轟さん、改め轟くんからのもの。
蕎麦アイコンは健在で、一言二言メッセージが本日も届いていた。


「なまえさん、仕事終わったか?

………悪ィちょっと聞きてぇんだが」

「俺のイメージカラーってなんだ?」


続けざまに【ヒーロー・ショート日常使い編】スタンプが一つ。デフォルメされた轟くんが仏頂面で描かれ、吹き出しに「頼む」の文字が入った可愛いスタンプである。


「…いや、自分のスタンプ使うんだ。」

どんな気持ちで自分のスタンプを送ってくるのかと想像すると心底愉快だった。アンバランスかつシュールな内情に思いを馳せる。

にしてもイメージカラーってどうしたんだろう急に。何か聞かれたんだろうか。
何故私に聞いてきたのか一瞬考えてしまった。しかしすぐにそりゃそうだよね、デザイナーだしね、と気付く。

まあそれは一旦置いておくとして…。早速轟くんのイメージカラーについて考えた。



ネイビー、赤、ブルー、ターコイズ…
ターコイズは爽やかすぎるかなぁ。赤…はちょっとだけ違う気もする。じゃあ青系が最適か、と考えれば最適な気はしたが。

(青系って言っても物凄く種類あるし)


ネイビー、インディゴ、セルリアン、ミッドナイトブルーととにかく多い。彼らしい色ってどれだろう。

色相環図や色大図鑑を取り出してきて格闘すること約5分。



うん、でもやっぱりこの色かな。一色やっと選び終えて…というよりも意外とすんなり決まったんだけど。わかりやすいように一緒にカラーページURLも送ってあげよう。



「本日もお勤め終わりました。」

げっそりとした顔で項垂れるネズミのスタンプをチョイス。

「轟くんのイメージカラー、個人的には群青色がいいと思います!


https://www.colordic.org/colorsample/2066

選んだ理由とかも必要ですか?」


送信ボタンを押す。
ポスっ、と軽い音と共に向こうのトーク画面にもきっと表示された筈だ。望む答えになってれば良いけど。とスマホを少し離れたベッドの上に放り投げて、クッションを抱えた。


上司に報告してもう直ぐ5日が経つ。
あの人は、何となくこうなることが分かっていたのかオフィシャルでの振る舞いに気をつけ、過度なお誘いにはのらないことを約束させるだけに留まった。

あくまで仕事関係というものを念頭において行動すれば多くは求めないからくれぐれも気をつけなさい、と。

電話で轟くんからどうしても私と直接話をさせてくれって言われたのは部長だったから、きっとなんだかんだこういう風に収まることが分かっていたんだろうな。



あの後轟さんから、さん付けじゃなく呼んで欲しいとすぐ連絡が入って私はそれを承諾した。同級生でもあるし、仕事仲間兼友人ならば別に何の問題もないと思ったからだ。


轟くんと呼びます、そう返答して彼の返事を待つ。しばし沈黙を挟んだすぐ後に「分かった、俺も…なまえさんって呼んで良いか?」と聞かれた。恐る恐る、という雰囲気を孕んだ声で電話口から問いかけられたので疑問に思いながらも「もちろん、よろしくお願いしますね轟くん。」と返す。

ややあって轟くんの方も「あぁ、よろしくな。」と返された。




「後輩の子も、異性の友人も別にくん付けで呼ぶことに大して違和感はないんだけどなぁ。」

まだ彼にだけはちょっとだけ違和感があって、呼ぶごとに擽ったさに似たこそばゆい感じがする。

きっとただ呼び慣れていないだけなのだ。この付き合いが続けばきっとそのうち級友のように呼び合うことなど造作もなくなる。

そうなることを期待して、これからは個人的なメッセージや仕事以外での相談などは気持ち砕けた言葉使いで接していけたらな、なんて思っていた。

さて、明日は休みだ。先週の土日は熱愛報道のせいで文字通り 死んでいた ので、今回は普通に休日を楽しむことが出来るだろう。

何をしようか、久しぶりに服でも新調しようか、とちょっと楽しみになってしまう。


誰に見せるでもなく笑みが溢れた。あぁ、こうやって変わらない毎日が素晴らしい。そんな奇跡の連続が愛しいと、心から思う。

今の私の心はまるで夏の夜明け空の群青の様に、気分が晴れやかに澄み渡っていた。







ーーーーーーーーーーー

buuuu...
スマホが不意に振動する。何となくだが直感でなまえさんだと思った
机の上に置いたスマホの画面は自動で点灯し、内容表示をしている。みょうじ なまえの表示。あぁ、やっぱりなと頬が緩んだ。

開けば疲れきったネズミのスタンプ。なまえさんのお気に入りスタンプであることは把握済だ。スタンプを送ってもらえるような間柄になれたことに嬉しさもあるが、別の感情が湧き上がる。


「個人的には群青色がいいと思います!」


URLが一緒に添付されていたので確認してみると、言葉に表すには難しいが、なんとも綺麗な青が表示された。今着ているコスチュームと近い色味だが、少し·····鮮やかな青だ。紫っぽい色が入っているのかもしれない。


「選んだ理由とかも必要ですか?」


取材の際に聞かれた自分を色に例えると?という質問に対して、どう返すかと考えあぐねて何の気なしに聞いてみたことだったが、流石プロデザイナー。想像より分かりやすく答えてくれた。

理由までは取材内容に無かったが、個人的に何でその色なのかを聞きてぇと思う。

先程と同じスタンプを再度。
画面に仏頂面の自分が再び現れる。

送信し終わりスマホを机に置いて、時計を見上げれば時刻は21時を過ぎたところだった。




忙しい人だと分かっているからこそ、なるべく遠慮しておきたいと思う傍ら、少しでもメッセージを送って、何かなまえさんと会話がしたい、と安直な考えに陥る自分がいる。

あの人と友達になるというのは、あの時からすれば救いでもあったが、俺にとっては同時に呪いになっていた。

友人だが、仕事相手。複雑に絡み合う立場。
それだけでも境界線の判断に迷うというのに。


それに加えて、俺はーーーー

(やっぱ、好きなんだな。)


恋慕、この感情に気付いてしまったときからもうずっとどういう風に接していくのが正しいのかが分からない。


自由にやりたいことをやっていてほしい

俺を見て、知って欲しい

遠慮がちに笑う顔が眩しい

真剣に考える横顔が好きだ


控えめに笑う柔らかな微笑みと仕事をしている時の熱い眼差し、真剣な表情。全てが脳裏に焼き付いて離れない、全部俺だけのモノにしてぇ。


(これが友達に向ける感情な訳ねぇだろ。)


ガキでもねぇのになまえさんの言葉や態度に一喜一憂しているあたり、相当重いものを抱えちまってることも重傷だと我ながら思う。



なまえさんには申し訳ないことを言った。いや、コスチュームのデザイン変更を依頼した時から、もしかしたらずっと彼女を雁字搦めに縛り付けていたのか。

彼女は真面目で、そして本当にヒーローが好きだ。この場合の好き、とは好きを向ける表現が、ファンがヒーローに向ける好きではなく職人目線でヒーローに向ける愛情という意味の好きを指している。

製作の手順や思索から考えて、なまえさんは先入観を持たずにフラットな目線からコスチュームの問題点を探るという手法で製作している。従って本来友達として関わっていい人ではない。


だからこそ最初は好きに作ってくれとそう、言った、それなのに。結局自分の都合で友人として彼女本来の製作が出来ない状況まで追い込んでいるんじゃねェのか?


一度かき消された「なまえと呼びたい」という願望をもう一度言い出す勇気がなく二度目ようやく言えたのはさん付けに妥協することだけだった。それでも問題なく了承してもらえたことに俺は安堵した。


なまえと呼び捨てにしようものなら、立場を気にしそうななまえさんのことだ。更に彼女を困らせる羽目になるのは目に見えている。

なまえさん、で落ち着いたのは不幸中の幸いだったか。二人して薄氷の上に立ってんのに変わりはねぇけど、今のところ俺たちの関係は良好に回っている。と思いたい。




「お、」

言うや否や、早速なまえさんから返事が届いた。·····早ぇな。

それなりの長文で選んだ理由がシンプルなトーク画面に一つ浮かんでいる。明記された一句一句を目で追っていきながら、洗練された表現の言葉と自分とを重ね合わせるように想像した。



「もともと轟くんのコスチュームとか個性から青系だろうなと思ってたんですが、
一番しっくり来たのが群青色でした。結構色んなドラマとか本のタイトルとかにもなってるので知ってるかもしれませんね。

群青は夜明け空の色って言われてまして、夜明けの真っ直ぐで強くて優しくて、夜明けと共に希望を感じさせるようなそんな色なんです。氷の青と炎の赤を足した紫っぽい色もちょうど良いかなと思って…。

上手くまとめられないけれど群青って日本伝統の色で日本画とかにも使われてるし、個人的に轟くんにピッタリな色だと思ってます。どうでしょう、参考になってれば良いんですが」



「へぇ…そうなのか。」


思わず感心した。心にふと思いついた言葉がそのまま呟きとなって漏れる。情報量は多いが簡潔にまとめられていてわかりやすい。しかし書き方といい考察といい、どことなくこの返答を見てある人物を思い出す、


…ああ、そうだ緑谷だ。緑谷を彷彿とさせるんだ。ずっと感じていたなまえさんに対する既視感はこれかと納得した。



なまえさんにとって俺は群青なのか。
想像以上に考えてもらってたみてェだ。自分で言っておきながら緑谷ばりの考察が帰ってきたことに照れ臭さを感じる。

この日々が並行に続くことと関係がある日変化すること、どちらが幸せだろうか。
未だ答えは出ないまま。約束の納品期限が刻々と近付く中で、終わりまでに俺自身も最善の選択ができたらと思う。






補足:
群青(ウルトラマリンブルー)…

ラピスラズリ、藍銅鉱を原料とする色
ウルトラマリンブルーと表されるが、
夜明け空や深みのある空色を表現することが多い
ラピスラズリのスピリチュアルにおける効果は危険から守る、邪悪を祓う、進むべき道を示す等

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