二人きりの世界にこだわる理由

華の金曜日。

週報最後の一文を以上、よろしくお願いいたします。で締め括り、乱暴に音を立てながらキーをタップする。エンターキーを一回とマウスクリックを2回。よっし、終了!


霞んだ目を休める様に遠くへと視線を移して、私は大きく深呼吸をした。



「お先に失礼します、それじゃ先始めてますね!」


週間で無くして、そして今しがた取り戻した元気を声色に乗せて。鬼の形相で各々業務を仕上げる同僚達に一言言い放った。

もう一度言うが本日は華の金曜日である。








「では皆様お疲れ様ということでね。」

出揃った面々の顔を見つめ、部長が乾杯の音頭を取る。掲げられたグラスが頭上を彩って、盛り上がりがピークを迎えた。

「かんぱーい!」

カンッと立て続けに小気味良い音が響いて、各々のグラスに注がれた飲み物が揺れる。光が乱反射し、薄暗い個室内を鮮やかに彩る。

私のグラスと同僚のグラスが互いに交差し、良い笑顔で笑いあうと同時に端に唇を寄せた。


「うーん最高!」


はじめに頼んだビールはグラスと共にキンキンに冷えている。週終わりのビールはやはり他とは比べ物にならないくらいに美味しい。


だらしなく破顔するのが自分でも分かったがやめられないから仕方ない。だって私は飲みの席が嫌いじゃないんだもの。


今日は期初めの一ヶ月、激動の期間を乗り越えた記念の懇親会である。オフィス近くのそれなりに落ち着いたバーの個室にて、普段あまり関わらない他部署の人員もなるべく集めてその数約十数名。懇親会とは名ばかりのどんちゃん騒ぎではあるが、私はこういった場が実のところ結構好きだ。



同様に精神をすり減らしながら駆け抜けた我がデザイナー班も飲み会は割と嫌いではないらしい。
テンションもそれなりに、時間が経つに連れて右肩上がりになっていくことを予想して、私は同僚達との飲みの場に意気揚々と参戦した。



「みょうじさん、今のクライアントどうですか?」

「やっぱり大変?」


話の話題は皆どうしても気になるのか、
やはりオファーを受けた轟さんのことばかりで。


やれ、仲良くなった?だのどんな人?だの、パパラッチに追われるスターって大変だなとつくづく轟さんのことを尊敬する。


答えられる範囲で差し支えない答えを述べていくと、同僚達の目は燦然と輝いていった。




ふとそういえば早いもので轟さんとお仕事をし始めて1ヶ月になるのか、と気付く。

1番初めにお会いした時から随分とフランクに接してくれるようになった、と最近は特にそう思う。

何気なく鞄を覗き、そっと手帳を確認する。
試写会で配られたノベルティのヒーローシールが予定のところに貼られているのを確認した。

週明けにまたお約束を兼ねているのだ。

どうもスーツを選びに行ってからというもの関わる機会が増え、同時にどんどん打ち解けてきてるなと思うことがしばしあるんだよね。まあその中の一つは、あまりに劇的に態度が変化し過ぎてて未だに対応が分からずにいるんだけど。

件の出来事を思い返す。
だめだ、どう対応するべきか分からなさすぎて
苦笑いになってしまう。

きっとあまりに仕事相手だと呼ぶには距離が近過ぎて、自分の経験にないからこそ戸惑ってしまうんだろう。







「ん?メッセージ来てる。」

手帳を取り出したかたわらで、
鞄の中のスマホが朧げに明滅しているのに気付いた。通知は2件。


(画像と、轟さん…?)


それは轟さんからのメッセージで。
私は途端に(来たな…)と奇妙な面持ちになった。

きたきた、言ったそばから例のアレだ。
すぐにメッセージ画面を開く。




「みょうじさんに似てねェか。」

その一文と女の子と一緒に写る轟さんの写真が画面に表示された。シュポッ、とスマホからお馴染みの気の抜ける効果音が鳴り響く。


「………うん。」


女の子がぎこちない微笑みで轟さんの横に並んで写る写真が送られていた。雰囲気もぎこちない表情もメッセージにある通り、確かに私に似ている。

いや、似ているけどさ。



実はこうやって数日に1回、轟さんから近況報告を写真と共に送ってこられるようになった。
友達かよ、って同僚に知られたら突っ込まれるんだろうけど。そのメッセージをもらうのが嬉しい反面、返答に困って返すのに時間がかかってしまうのがココ最近の私の悩みなのです。





(可愛いですねって返しとこうかな。いや、でも私に似てるって送ってきてるんだからこの返答じゃ自画自賛になっちゃうよね。)


仕事相手からの身近な近況報告に対する無難な返答って、なんだ。

考えても正しい答えなんてない気がする。


あーでもない、こーでもないと喧騒の続く飲みの席で一人頭を捻らせながら結局、気に止まった(いいですね、ところでどこのお子さんなんですか?)と返すことにした。この返事が正しいのか否か、というのはこの際気にしないことにする。

返信をひと段落させ、画面をオフ。


誰も私が轟さんとメッセージ飛ばしあってるなんて想像もしてないだろうな。言ってないし。
バレたらまた面倒なことになりそうだ。
一人ぼんやりとそんなことを考えながら。
私は同僚に画面を見られていないことを確認して
安堵のため息をついた。






「みょうじさん、彼氏?」

「違いますよ、取り引き先です。」

「またまたー、彼氏でしょ?」

「違います。」


違うの?でも嬉しそうだったよ?と、突然普段あまり会話することがない他部署の男性社員が茶化しながら大ジョッキ片手に近付いてきた。うわ、めんどくさっ。

適当にあしらうことにしよう。


「いい方向にまとまりそうだったので
ちょっとニヤけてただけですよ。」


「そうなんだ。え、じゃあみょうじさんって…もしかしてフリーなの?」


「そうですけど。」


「え、マジか、ラッキー!じゃあ俺行っちゃおうかなぁ!」



うっわ、めんどくさっ!何この人。
程よくお酌が回ったのか、酔いやすいのか、大分出来上がっているようだ。


まだ開始30分くらいしか経ってないですけど…。
能面スマイルで撃退を試みたものの、なんの効果もなく全く立ち去ってくれない。冷たくあしらってもどこ吹く風で更に身体を寄せられた。
ボディタッチが繰り出されたらたまったもんじゃないので何とかして離れようと試行錯誤する。


恋愛模様に首を突っ込まないで欲しいなぁ。
久しくいい仲の男性など存在していないけど、
いざこういう場で酔いに任せて適当に
口説かれることはあまり好きじゃない。


(うーん。)

この無粋な男性社員をどうやって引き離そうか。
考えても最適解は導けそうにないので、
仕方なく近場の同僚に助けを求めようとした刹那。



「みょうじさん、電話鳴ってるよ。」

「えっ?」


なんと部長からの助け舟が出された。
ぶ、部長!スマホを掲げながら私にウインクをする部長。なんとイケてるおじさんなのか…。

「早く出た方が良いよ。」

そう言って部長からバケツリレーのように隣に座っていた同僚から渡ってスマホが手渡される。

会釈をして受け取り「ちょっと失礼します。」と言って個室から離席した。残念そうに後ろ姿を見つめてくる男性は絶賛スルーする方向で。

助かった…部長ありがとうございます。





(あれ、本当に電話かかってたの?)

しかし店の入口でスマホを確認すると、なんと電話は本当に鳴っていたようだった。着信履歴が残っている。部長が気を利かせてくれた訳でもなんでもなく誰かが連絡してきたみたいだ。

その相手は、轟焦凍の、文字。
画面を見てフリーズする。
ちょっとまって理解が追いつかない。



轟さんから、電話?
まじですか、私全然助かってないじゃん。




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